第2話 一年越しの大打撃
翌年の十一月三十日。
昭人にフラれて一年経っても、まだ私には恋人がいない。
いっぽうで昭人は私と別れてすぐ付き合った女と結婚するらしく、恵ではない友達から聞いた時、地味に大ダメージを受けた。
よりによって、誕生日の前日に!
恵は私に気を遣って言わなかったんだろうし、昭人にいたってはもう関わりがないから報告する義理もない。
でも学生時代からの付き合いだから、当時の友人と連絡をとれば嫌でも噂を聞く。
(……どうしてこうなったの……。しかも明日、私の誕生日なんですが)
私は心の中でブツブツ呟き、放心状態で知らないバーに入る。
勤務している食品会社、篠宮ホールディングスは日本橋に本社がある。
私は仕事のあとにヤケクソになってステーキを食べ、とにかく飲もうと思って目についたバーの向かったのだった。
私はカッパカッパとお酒を空け、気が付けば四十がらみのマスターにぐだぐだと絡んでいた。
「最悪じゃないです? 友達みんなから、どう思われてるか……」
顔を真っ赤にさせた私は、うぐうぐ泣きながらマスターに訴える。
マスターは黙って聞いてくれていたけれど、不意に私の後方に視線をやった。
「ん?」と振り向こうとした時――、後ろから誰かにガッシ、と頭を掴まれた。
「ふぇっ!?」
なにごと!?
「おい、いい加減にしろ。いい恥さらしだ」
舌打ちして私の頭を解放したのは、速見部長だ。
「……なんれ部長がここにいるんれすか」
私は呂律のまわっていない声で尋ね、トロンとした目で彼を睨む。
「ここは俺の行きつけだ」
部長は私の頭をグシャリと撫で、マスターに向かって「こいつの会計をお願いします」と言って財布からカードを取り出した。
「やぁ……。わらしが飲んらんれすから、わらしが払うんれす。人の金をとるな!」
「……バカか。とりあえず水を飲め」
そう言って部長はマスターにチェイサーを頼んで私に飲ませると、溜め息をついて私の肩を抱き、グイッと立たせた。
「……馴染みの店で飲もうと思ったら、部下がくだ巻いてるなんてどんな巡り合わせだ」
彼はボソッと呟き、会計を終えて店を出ると、大きな通りまで私を抱えて歩く。
やがて部長はタクシーを拾うと、私を後部座席に押し込んだ。
「おい、住所は?」
「んん~……」
眠たい。
私は目をシバシバさせながら、自宅の住所を運転手さんに伝える。
部長は私を送ってからそのまま家に帰るらしく、後部座席に乗って「出してください」と告げた。
タクシーはネオンが輝く夜の東京を走り、私は冷たい窓に額を押しつけ、車窓の景色をぼんやりと眺める。
バーを出る前にしこたま水を飲まされたからか、だんだん酔いが醒めてきた。
「……だって、女として見られないって言われたんです」
我ながら、何が「だって」なのか分からない。
「誰に」
部長の口調はいつもこうだ。
質問をする時も、語尾を上げない。
温度の低い声で淡々と尋ね、大体の答えに対し「そうか」と頷く。
だからこの人、よく「怖い」って言われている。
なのにまったく取り合わず、自分を良く見せようともしない。
見た目は悪くないし、収入だってあると思う。
その気になれば女性を取っ替え引っ替えできるのに、まったく女っ気がない。
その上こんなに素っ気ないんだから、「勿体ないなぁ」と思う時がたまにある。本当にたまに。
男性の先輩の話では、行きつけの小料理屋があるらしい。
そこの美人な女将さんと仲がいいらしいけれど、男女の関係ではないとか。
だから彼の女性関係は、まったく謎のままだ。
『部長って案外ゲイなんじゃない?』
社員の中には、そう噂する人もいるほどだ。
そんな事を思い出しながら、私は愚痴を吐く。
「……彼氏……だった人にですよ。高校生から付き合っていた人から、『もう女として見られない』って言われたんです。私が……そのー……。えっち。……断っていたから、それが嫌だったみたいです」
「一年前にフラれたんだろ? いい加減忘れろよ」
無責任な事を言われ、さすがに腹が立つ。
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