ハンサムくんとわたしの好きな色
花野井あす
なかよしさん
わたしの家にはハンサムさんがいる。
ハンサムさんは、わたしがみっつのときやって来た。新しいママがおっきなカバンと一緒に連れてきた。その日以来ずっと、わたしは彼に夢中。
わたしはハンサムさんのおめめが好き。
きらきら、きらきら。綺麗なおめめ!
青く透きとおったそれは、夏のお祭りのびいどろ玉。あるいはママの宝石箱できらめくサファイアの色。
きらきら、きらきら。宝石のおめめ!
わたしはすっかり、ハンサムさんに夢中。なん分、なん時間だって眺めていられる!
ふとわたしは不思議に思った。
ハンサムさんのおめめは綺麗な青。でも、わたしのおめめは真っ黒。ぶっさいくな真っ黒。わたしのおめめもハンサムさんみたいな青いおめめだったらいいのに。鏡に映るわたしを見て、わたしは悲しい気持ちになる。悲しくて悲しくて、とっても重たいため息をつく。落ちこんでいるわたしを見て、パパと新しいママは顔を見合わせる。それから、パパも新しいママも小首をかしげる。
「どうしたの、ゆっこちゃん」
ゆっこちゃん、はわたしのニックネーム。ゆっこちゃん、てパパが呼んでいるのを、新しいママも真似して、ゆっこちゃん。みんなみんな、わたしを「ゆっこちゃん」て呼ぶ。わたしはこのニックネームをとっても気にいっている。ゆっこちゃん。わたしの大好きなお名前。
わたしはお気に入りのニックネームを思うと少し胸のなかが晴れたような気がして、ニコニコ、ウキウキ、新しいママのおめめを見る。でも失敗。せっかくの楽しい気分がすっかり憂うつになってしまった。
新しいママのおめめは、ペリドットのライトグリーン。ハンサムさんがお空の色なら、新しいママは原っぱの色!なんて素敵なんでしょう。わたしはわたしのおめめの真っ黒くろがひどく
「パパ、新しいママ。どうしてわたしのおめめはこんなにも不細工なの。真っ黒くろ。ちっとも澄んでいなくて綺麗じゃないわ」
「あらそんなんことないわよ、ゆっこちゃん。ゆっこちゃんの深い黒色。ママはとっても大好きよ」
「パパも好きだぞ。パパとおそろいの真っ黒!」
わたしはほっぺたを膨らませる。パパはわたしとおそろいなのが嬉しくて、綺麗だから嬉しいわけじゃない。真っ黒くろ。真っ黒くろ!わたしの心も真っ黒くろ!
でも新しいママは違う。
きっと傷つけまいと、
「ねえ、新しいママ。ハンサムさんのおめめはどうしてあんなにも綺麗なの?」
新しいママはきょとんとして、それから細くて白い指先をほっぺたにあててクスリと笑う。困ったときに見せる、新しいママのお決まりの癖。わたしはそんな新しいママの仕草をとっても可愛らしいと思う。
新しいママは優しい声で言う。
「きっとパパに似たのね」
「パパ?ハンサムさんのパパってどんなひと?」
「パパもとってもハンサムさんだったのよ。澄みきったクリアブルーの目をしたハンサムさんだったのよ」
「素敵!」
やっぱりとっても羨ましい。どうしてわたしのおめめはこんなにも醜いのかしら。わたしも、ハンサムさんや新しいママみたいな、綺麗な宝石がほしい。ほしくてほしくて、たまらない。
わたしはじっとハンサムさんを見つめる。
ハンサムさんもじっとわたしを見つめる。
にらめっこだ。いち、にい、さん、し。するとハンサムさんはとっても困った顔をして、ぷい。わたしの勝ち!勝利にわたしはひとりでバンザイする。でもすぐにまた、落ち込んでしまう。ふと窓に映るわたしのおめめが、お前は心まで真っ黒くろなんだと
わたしはだんだん、きらきらしたものを見るのが嫌いになる。窓に鏡、宝石、びいどろ玉。そしてハンサムさんの綺麗なおめめ。きらきらしたものは、わたしをひどく惨めにする。きらきらしたものは、わたしを真っ黒くろにする。
そんなある日、わたしがむっつのお誕生日を迎えた日、新しいママがおいで、と手まねいた。
「ゆっこちゃん、こちらへいらっしゃい」
そこは新しいママのドレッサー・ルーム。ハンサムさんと出会ったころ、わたしは新しいママの宝石箱を見るのも大好きだった。わたしは宝石箱を見るのがとっても恐ろしくて、うつむきながらお部屋へ入った。ハンサムさんはいない。いるのは、綺麗なペリドットに優しい微笑みをのせた新しいママだけ。
「なあに、新しいママ」
「ここへお座りなさい」
そう言って指し示したのは、ドレッサーの前の椅子。お姫様みたいな、きらきらした背もたれ付きの椅子。わたしはその椅子に座って、きらきらする鏡を見るのがとても恐ろしかった。うつむきながら、そろそろと座った。
「ゆっこちゃん。ママはね、ゆっこちゃんの黒いおめめがやっぱり、大好きよ」
「わたしは嫌い。とっても嫌い」
わたしは唇をとがらせて、ぎゅっと手をにぎる。新しいママは優しい。その優しさが時にはひどく残酷に思えてしまう。だって――こんなにもわたしが醜く、惨めなのだと思い知らされるんだもの!
「そんなこと言わないで、ゆっこちゃん。ごらんなさい。こんなにも綺麗」
新しいママはそっとその細くて白い両の手をわたしのほっぺたに添えて持ちあげる。するとわたしの真っ黒くろが鏡の向こうから見つめ返す。じっと見つめ返す。新しいママの原っぱのライトグリーンも見つめ返す。わたしたちは鏡の向こうのわたしたちと、にらめっこをする。でも今度はわたしの負け。だんだん悲しくなって、目をそらしてしまう。
「新しいママのおめめのほうがずっと綺麗。宝石みたいに、きらきらしてる。でも、わたしのおめめは汚い。泥水みたいに汚い」
だんだん、だんだん、こみ上げてくる。
どうしてわたしのおめめは真っ黒くろなの?
どうしてわたしはこんなにも――醜いの?
新しいママの両腕がそっとわたしをぎゅっと抱きしめた。あったかい。そのあたたかさに、わたしはぼろぼろと大粒の涙をこぼした。
「新しいママ。わたし、綺麗になりたい。宝石みたいにきらきら、綺麗になりたい」
すると新しいママは、子守唄をうたうみたいに、とっても優しくて静かな声で言った。
「ゆっこちゃん。真っ黒、というのはね。仲間はずれがいない、ということなのよ」
仲間はずれがいない。わたしはその意味がわからなくて、新しいママを見あげた。
「どういうこと?」
「真っ黒は、みんなのお色を集めた色なの。仲よしの色。みんなと仲よしってとっても素敵じゃない?」
みんなと仲よし。みんなってどれくらい、みんななのだろう。わたしは新しいママの腕をぎゅっと掴んで聞いてみる。
「……パパや新しいママとも仲よしさん?」
新しいママはゆっくりとうなずく。
「ええ」
わたしはさらに問う。
「窓や鏡や宝石やびいどろ玉や、お空や原っぱや……ハンサムさんとも仲よしさん?」
新しいママはにっこり、大きくうなずく。
「ええ」
素敵!
なんて素敵!
わたしはそれまでずっと胸のうちをぐるぐるぐるぐる渦巻いていた嫌な気持ちが吹き飛んで、真っ青なお空のしたで春風が原っぱの上をさっと通り抜けるような、そんな心地になった。真っ黒くろ。みんな仲よしの色!
するとちょうど、ハンサムさんが新しいママのお部屋へやって来た。やっぱりわたしを夢中にさせる、綺麗なサファイアの青をしている。でもちっとも妬ましくない。わたしはハンサムさんのもとへ駆け寄って、ぎゅっと抱きしめた。
「わたし、わたしの真っ黒なおめめが好きになったよ、ハンサムさん!」
ハンサムさんはにゃあん、と鳴いて頬づりした。
ハンサムくんとわたしの好きな色 花野井あす @asu_hana
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