第3話 騎士の動揺


 若き騎士団長シオン・アルカスは、今、人生で初めてかもしれない、奇妙な脅威に直面していた。


 敵国のスパイであれば、捕らえて情報を引き出せるため有用。暗殺者であれば、取り押さえて地下牢に放り込めば解決。


 しかし、この匿名で届く贈り物は、どうすればよいのか。毎日毎日、飽きもせずに届く。


 最初にこれが届いたのは、数日前のことだ。

 業務に追われ、夜遅くまで残業していたシオンの机の上に、小さな小包が置かれていた。上質な麻布に包まれ、中身が透けて見えない。警備体制を考えると、騎士団の正式な納入業者か騎士団内部の人間でなければ、ここに物を置くことは不可能だ。


 シオンは僅かに警戒しながら、小包を開けた。中には、琥珀色の小さな飴と、手書きのメッセージカードが入っている。飴からは甘い香りが漂っている。


 メッセージカードに目を通し、彼は困惑した。何かの暗号だろうかと考えたが、それにしては率直すぎる言葉だ。

 最後に添えられた銀色の剣の絵は、彼が普段身に着けている騎士団長の紋章によく似ている。


「これは、なんだ……」


 彼は動揺しながら、飴に目を向けた。差出人が分からない贈り物。絶対に口に含むべきではないということは分かる。分かる、が。


 彼は、飴は一つ口に入れた。理由は分からない。ただ、この送り主に敵意がないということだけは伝わってきたからだろうか。甘いものが無性に食べたかったからだろうか。


 強烈な甘さが口内に広がる。それと同時に体中の疲労が一気に和らいだ。彼は眉を顰め、警戒心を強めた。この送り主は、彼の好みと彼の状態を把握して、この贈り物を送ったということになる。


「団長、失礼します」


 扉が叩かれ、副団長のハンスが入ってきた。彼はシオンの友人であり、親しく話をする仲でもある。シオンは素早くキャンディの包みを隠し、顔を引き締めた。


「団長、また残業ですか。顔色が優れませんよ。無理をなさらないでください」

「問題はない」


 ハンスが心配そうに尋ねたが、シオンは首を振る。


「それより、騎士団内部で外部からの怪しい届け物や、不審な動きはなかったか?」


 ハンスは首を傾げた。


「特に報告はありません。業者の出入りは常に厳しくチェックしています。何か気になることでも?」

「いや……問題がないなら、いい」


 シオンは差出人が分からない贈り物のことをハンスに話さなかった。普段の彼であれば話しただろうが、疲れていたからだろうか。




 その贈り物は、その後も増えていった。

 彼が長年悩まされていた古い戦傷用の薬。公で手に入る薬よりも、遥かに効能が高い。その次は、王都では採れないはずの珍しい種類の花。花言葉を調べてみたら、「あなたの努力は無駄ではない」というものであった。


 そして最近は、シオンが個人的に集めている古書に関する情報が、さりげなく届くようになった。それは彼が何年も探していた、失われた古代の戦術に関する一部の情報だった。


 自分の私生活、個人的な趣味、そして人には見せていないはずの弱点まで、完全に把握されている。

 警戒心と動揺が、彼の心臓を締め付けた。


「これは、私を試しているのか?」


 贈り主の意図が掴めない。敵意を持っておらず寧ろ好意のようなものを感じ取れるが、その動機が読めないのだ。こんなにも情報を持ちながら、なぜ正体を明かさないのか。明かせない理由があるのか。


「もし何かを要求するつもりならば、もしくは私を操ろうとしているのであれば、その時は……」


 彼は小箱の包装を強く握りしめた。騎士として人々のために生きる彼は、個人的な感情で揺らぐわけにはいかない。


 しかし、彼の疲労と孤独が重なる時、絶えず送られてくる心のこもった贈り物と常に添えられているメッセージカードが、彼の冷え切った心を確かに温めてしまうのだ。


『いつまでも、あなたの剣が、希望の光でありますように』


 彼は、あのメッセージの言葉を思い出す。彼を完璧な存在としてではなく、人間的な努力と孤独を抱える一人の男として理解し、そして心から応援しているであろう存在。


 彼は初めて、贈り主に会いたいと、心から願った。

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