第4話 ー いなくなれよ ー

* * *


■ 体育館裏・1年生たちの密談


体育館の裏側。

1年生たちがリーダー格の男子を中心に、ひそひそと集まっていた。


「朝霧、絶対に“朝比奈先輩に助けを求めた”んじゃないですかね?」

「だよな。ムカつくんだけど」


リーダーが立ち上がり、地面につばを吐く。


「……気にくわねぇんだよ、あいつ」


「このままじゃ、俺たちがやばくね? いじめの件、ちくられたら」


リーダーは肩をすくめ、笑った。


「ちくる前に“消せば”いいんじゃねえの?」


その言葉に、周囲の1年生たちはぞくりと背筋を震わせた。


* * *


■ 土曜・梅田


紗良と彼氏


土曜の昼下がり。

梅田の街はいつも以上に

にぎわいを見せていた。


紗良は、彼氏の隣を歩いていた。

彼氏はスーツ姿で、ブランド物の腕時計をちらつかせながら話し続けている。


「でさ、俺の会社の先輩がさ〜」

「いや〜マジでバカなんだよアイツ」

「俺の方が絶対センスあるよな〜」


紗良はため息をつき、うつろな目で別の方向を見る。


彼氏「なあ、沙羅聞いてる?」

紗良「あー、うん……聞いてるよ」


彼氏はふと紗良を見て、内心ほくそえむ。


(ほんと綺麗だよな……俺マジ勝ち組じゃね?)


そして唐突に紗良の肩を抱き寄せ、キスをしようと顔を近づけた。


「やめてよ!」

紗良が彼氏を強く押し返す。


彼氏「何だよ、俺ら付き合って1年なんだぜ? 手も繋がせてくれない。キスもなし?」


紗良は冷えた目で言う。

(……なに、この人。なんで私はこんな人と……)


ふと、空へ視線を向ける。


(……悠斗くん、今、何してるんだろ)


頬がわずかに赤くなり、自分で驚く紗良。


* * *


■ 学校・下校時間


悠斗を呼び止める影


帰り支度をしていた悠斗は、心の中でそっと呟いた。


(今日……沙羅さん、来てるかな。公園で……会えるかな)


想像するだけで頬が熱くなる。


その時――

「朝霧〜、ちょっと手伝ってほしいもんがあるんだけど」


その声に肩が跳ねる。


「……う、うん」


1年生たちの背中を不安な目で追いながら、悠斗はついていった。


その様子を、クラスの女子(めがねの子)が心配そうに見つめていた。


(やだ……嫌な予感がする)


* * *


■ 屋上



屋上に出た瞬間、煙草の匂いが漂った。


リーダーが無表情で煙草をふかしていた。

悠斗は一歩後ずさる。


逃げようとするが、後ろから腕を掴まれる。


「逃げんじゃねえよ“ヒーロー気取り”が」


リーダーの拳が飛ぶ。

悠斗の頬にぶつかり、身体が揺れる。


「てめぇ、朝比奈先輩にちくったよな?」


「ちが……僕は、何も……」


「嘘つけよ!」


腹に蹴りが入り、悠斗は苦しそうにうずくまる。


その様子を見て、1年生たちはクスクス笑っていた。


屋上の端まで追い込まれ、胸ぐらを掴まれる。

風が強い。


「……マジでお前の存在、むかつくんだよ」


そして――


「お前さ、もういなくなれよ」


強く押された。


その瞬間――

遠くから見ていた女子生徒と男子生徒が、目を見開いた。


「……っ!」


* * *


■ 夜・学校周辺


救急車のサイレン


カラオケ帰りの真尋と友人たち。


「なあ、学校、なんか騒がしいな……」

「救急車とパトカー、めっちゃ来てるぞ」


真尋は、胸の奥に冷たいものを感じながら駆け出した。


校内に入り、その光景を見た瞬間――

顔が青ざめた。


血の気が引いていく。


* * *


■ 夜・公園


沙羅、違和感


沙羅はいつもの公園でランニングしていた。


(……悠斗くん、今日来てないんだ)


胸が締めつけられるように寂しい。


そこへ、スマホが震えた。


「もしもし、おにい? どうしたの?」


電話口の真尋の声が震えていた。


『……沙羅……あいつが……朝霧悠斗が……屋上から落ちた』


紗良の顔から血の気が引く。


スマホを落とし、その場に崩れ落ちた。


震える唇で必死に涙をこらえながら――

すぐ立ち上がり、全速力で走り出した。


(どうして……悠斗くん……!)


* * *


■ 病院


再会


病室には、ベッドで眠る悠斗。

隣には心配する両親と真尋。


息を切らしながら沙羅が駆け込んでくる。


「おにい……悠斗くんは……?」


真尋は優しい声で答えた。


「……命に別状はない。木にひっかかったのが幸いしたみたいだ」


沙羅は崩れ落ちるように座り込む。


「……良かった……ほんとに……」


悠斗の母が沙羅に近づく。


「沙羅さん? いつも……悠斗がお世話になってます」

「“すごく綺麗な人で、今日も会えた”って……嬉しそうに話すんですよ」


沙羅は顔を赤くし、胸が熱くなる。


真尋は、母の言葉を聞きながら……胸がぎゅっと締めつけられた。


そして母は涙をこぼす。


「制服をよく汚して帰ってきて……怪我が増えていって……

 いじめられてるんじゃないかって、毎日ヒヤヒヤしてた。

 でも……悠斗は“笑顔”で大丈夫って……

 見守るしかなくて……私……親失格ね……」


沙羅の目にも涙が溢れる。


その時――

一人の女子生徒が病室へ。


「朝比奈先輩……」


めがねの女子だった。


彼女は震える手でスマホを差し出す。


「……見てほしい動画があるんです」


動画には――

悠斗が1年生たちに囲まれ、殴られ、

そして落とされる瞬間が映っていた。


沙羅は口を押さえ、涙がこぼれる。

真尋は拳を震わせながら怒りをこらえた。


「……よく、見せてくれたね。

 その動画、俺に送ってくれるか?

 君は……削除していい。巻き込みたくないから」


女子生徒は涙をこらえながら頷いた。


* * *


■ 病院前


決意


女子生徒が帰ったあと、

沙羅は涙を流しながら真尋に訴えた。


「おにい……私……悔しい……!」


真尋は妹の涙を初めて見るような表情で、「ああ」と答えた。


「沙羅は……悠斗と、その両親のそばにいてやれ」


沙羅は頷き、涙を拭う。


病室を出た真尋は、深い怒りを胸に進む。


病院の外には、真尋の友人たちが立っていた。


「聞いたぞ……朝霧くんのこと」

「真尋、お前一人で行く気だろ」


「お前と沙羅ちゃんにとって大事な人は、俺たちにとっても大事な人だ」


真尋の胸がぐっと熱くなる。


「……ありがとう。

 じゃあ――行くか」


7人の影が、ゆっくりと歩き出した。


* * *


* 第4話 完 *

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