第3話 ー 俺の知り合い ー


* * *


夕方の校門横。

3人の男子に囲まれ、悠斗は何度も殴られていた。


拳が頬を打つたび、地面に血のしずくが落ちる。

抵抗しない。それでも殴られる。


「やめてよ…」

思っても口には出せない。


その光景を――偶然、沙羅が見てしまった。


沙羅「あなたたち、何してるの!」


鋭い声に、男子たちはビクッと肩を震わせた。


「やべっ…!」

逃げていく足音だけが残った。


地面に倒れ、鼻血を流す悠斗。


沙羅は慌てて駆け寄った。


沙羅「大丈夫!?」


悠斗「……大丈夫です」


起き上がろうとした瞬間、ふらつき、その場に倒れ込む。


沙羅は震える手で自分のハンカチを取り出し、

悠斗の鼻にそっと近づけた。


悠斗「だ、だめです…!汚れちゃいます!」

必死に立とうとするが足がもつれてまた倒れた。


その様子に沙羅の胸がきゅっと痛む。


沙羅は迷わずスマホを取り出した。


沙羅「…おにい、すぐに来て」


* * *


――保健室。


柔らかな薬品のにおい。

白い天井。

ゆっくりと目を開けた悠斗の視界に、

沙羅と真尋が並んで立っていた。


真尋「あ、気づいたな」


沙羅「良かった…」


悠斗「あ、すみません!」

慌てて上体を起こそうとする。


沙羅「まだ寝てた方がいいよ」

そっと肩に手を置く。


その瞬間、悠斗は沙羅の制服に血がついている事に気づいた。


悠斗「……ごめんなさい。僕のせいで、制服…」


沙羅「あぁ、これ?ぜんぜん大丈夫。洗えばすぐ落ちるよ」


優しく微笑む沙羅。

その微笑みが逆に苦しくなる悠斗。


(どうしてこんな人が…僕なんかに優しくしてくれるんだろう)


真尋が静かに切り出す。


真尋「何があった?」


悠斗「い、いえ!何も…!みんなと…じゃれあってて…腕が当たって…」


沙羅「そんな風には見えなかったけど?」


悠斗は焦って視線を落とした。


悠斗「ぼ、僕…教室戻ります。本当にありがとうございました!」


深く頭を下げ、走って保健室を出ていった。


残された真尋と沙羅は、しばらく黙ってその背中を見つめた。


* * *


――夕方・朝比奈家。


沙羅「おにい…今日のこと、どう思う?」


真尋「間違いなく、ターゲットにされてるな」


沙羅「…何とかならないの?」


真尋「お前がそんなこと言うなんて珍しいな」


沙羅は、少し頬を赤らめた。


沙羅「ちょっと、気になって…」


真尋は妹の表情を見て、静かに息を吐いた。


真尋「……分かった。調べてみる」


沙羅の横顔が、ほんのり嬉しそうにゆるんだ。


* * *


――夜・公園。


沙羅(心の中)

(今日…来てるかな)


ランニングの足を止め、公園を見渡す。


いた。


街灯の下、愛犬を連れてゆっくり歩く悠斗。

泣き腫らしたような目。


沙羅は知らず知らずに歩み寄っていた。


沙羅「こんばんは」


悠斗「あっ…今日は本当にありがとうございました」


沙羅「顔の腫れ、まだ残ってるね」

そっと触れようとした瞬間――


悠斗はドキッとして体を固めた。


悠斗「あの…沙羅さんって、高校生だったんですね」


沙羅「え?」


悠斗「すごく大人っぽくて…綺麗で…てっきり年上かと…」


その言葉に、沙羅の頬が赤く染まった。


沙羅「……な、名前、聞いてもいい?」


悠斗「ぼ、僕は…朝霧 悠斗(あさぎり ゆうと)です」


沙羅「私は、朝比奈 紗良(あさひな さら)。そして今日一緒にいたのが兄の真尋(まひろ)」

沙羅の声はどこか甘く、柔らかかった。


(さら…沙羅さん…名前まで綺麗だ…)


沙羅「本当に大丈夫?無理してない?」

覗き込むように顔を近づける。


悠斗(心臓が…やばい…)

「だ…大丈夫です!」


沙羅「困ったことあったら言ってね。お兄ちゃん、同じ学校なんだし」


悠斗「はい…ありがとうございます!」

顔を真っ赤にして、愛犬と走り去る。


沙羅はその背中を見つめ、静かに胸に手を当てた。


沙羅(心の中)

(ゆうとくん…)


その名前を心の中で、そっと何度もつぶやいた。


* * *


――翌日・1年C組付近。


真尋が廊下を歩いていた。

その存在感に、女子生徒たちがざわめく。


「待って、あれ朝比奈先輩じゃない?」

「かっこよすぎ…」


真尋「なぁ」


声をかけられた女子生徒は、一瞬で緊張した。


「は、はいっ」


真尋「このクラスに…朝霧悠斗っているよな?」


「あっはい、あっ、でも、さっき体育館へ行きました!」

女子の声は震えながらも必死。


真尋「そう、ありがと」

柔らかい笑みに女子たちは顔を真っ赤にした。


* * *


体育館に近づくと、怒号が聞こえてきた。


「動くなよ、的から外れるだろ!」

サッカーボールを蹴る音。


的にされ、必死に耐える悠斗。


真尋の眉がピクリと動いた。


次の瞬間、

蹴りを放とうとした男子学生が――真後ろから蹴られた。


「いってぇ!誰だよ!」


振り向くと、真尋が立っていた。


真尋「お前を的にしてやろうか?」


男子「あ、朝比奈先輩…!?」

彼らの表情が一気に青ざめた。


真尋「なぁ、こいつ――俺の知り合いなんだわ」


低い声。

怒りを押し殺したトーン。


真尋「次に手を出したら…お前ら全員、ぶっ潰す」


男子たちは泣きそうな顔で頭を下げ、逃げていった。


真尋「ったく…」


ようやく悠斗の前にしゃがむ。


真尋「大丈夫か?」


悠斗「あ…はい…あの、ありがとうございます」


真尋「困ったらいつでも言え。妹に頼まれてんだ」

優しく笑う真尋。


悠斗の胸に、小さな温かい灯りがともった。


(僕なんか…守ってくれる人が…いるんだ)


遠くで、その様子を睨みつける1年のリーダー。

地面に“ちっ”と唾を吐いた。


その音が、不吉な影となって落ちていく。


* * *


――この後、二人の身に迫る“大きな事件”。

その予兆に、誰も気づいていなかった。


* 第3話 完 *


* * *

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