第2話 第二の星を求めて
宇宙船アギトに乗って、どれほど漂っただろう。
光年の感覚は、もはや私には薄くなっていた。永遠を生きる身には、数十年も数百年も、ひどく曖昧になる。だが、アギトの7人の乗組員は違った。彼らには寿命がある。彼らには日々がある。彼らには終わりが、ある。
死んでいき、赤子が生まれて、それをただ私は見ていた。
私はそれを、羨ましいと思ってしまった。
アギトの船窓から広がる星々は、幼子の瞳のように瞬き、宇宙の底まで静寂が流れていた。時折、遠くのパルサーのパルス音が、船体を通して鼓動のように響く。
新たなガイアを求める旅は、静かだが確実に進んでいた。
「法王様」
声をかけてきたのは、副長のユリアンだった。透き通るような白銀の髪を後ろで束ね、厳格な瞳をしている。彼はかつて“聖審官”だった。信仰が科学へと統合された後の時代でも、彼のような古い宗教的情熱を持つ者は稀だった。
「観測班が、居住可能域でエネルギー異常を発見しました。小型ワームホールの残滓と推定されます」
「ワームホール……誰かが通った跡、ということか?」
「はい。それも、近い時代の技術です。私たちと同等、あるいはそれ以上かと」
私の胸に、久しぶりに“疼き”が走った。希望か、不安か、寂しさか、自分でもわからない。だが、確かに心が揺れた。
「座標を」
ユリアンは手元の携帯ホロに星図を映し出す。そこには、淡い黄緑色に光る星雲が漂い、その奥に小さな星が瞬いていた。
「第二のガイアの候補。名はまだありません」
「行こう」
私は短く答える。それだけでよかった。永遠を生きた者の言葉は、しばしば長さを失う。必要なことだけを言う癖がついた。
アギトは静かに、しかし迷いなく進路を転じた。
◆
到着までに七か月かかった。
宇宙船の中では、日常が流れていた。乗組員たちは笑い合い、喧嘩し、酒を飲み、夢を語り、眠る。その一つ一つが、私には宝石のように思えた。あの植物の王女が残したガイアモンドよりも、ずっと尊いものに見えた。
「法王様は、眠らないんですか?」
声をかけてきたのは、航法士のティナ。年若い少女で、緩くウェーブした赤毛を揺らしながら、コクピットにいつも座っている。無邪気で、優しい笑みをよく浮かべる。
「眠っても死なず、死んでも眠らない。それが不死というものだ。休息の意味が薄くなる」
「それでも……夢は見たいと思いませんか?」
ティナの言葉に、私は黙った。
夢。
かつて私にも、夢があった。妻と暮らし、子どもたちの成長を見届け、王として星を治め、老いて死ぬという、あまりにも普通の夢。
それがいつからだろう。 不死という牢獄の中で、すっかり砂のようにこぼれ落ちた。
「今は……見たいのかもしれんな」
ティナは笑った。柔らかく、星の光のように。
「じゃあ、第二のガイアで、見られるといいですね。新しい夢」
私は返事ができなかった。
◆
三ヶ月後、アギトは候補星の軌道に入った。
その星は青かった。驚くほどに。深く、澄んだ海を持ち、雲はふわりと巻き、極には淡い光がかかっていた。かつてのガイアに似ている――そう感じた。
「法王様、生命反応あり。しかし……奇妙です」
「奇妙?」
解析班のカシアンが、眉を寄せている。
「生物はいますが……その大半が“人型”です。でも文明の痕跡がない。建築物も、都市も、電磁反応も疎ら。まるで……」
「まるで?」
「……まるで、“誰かに作られた箱庭”のようです」
私は胸の奥で、何か冷たいものが広がるのを感じた。
そのとき、船体に“音”が響いた。
叩くような、軽いノック音。
宇宙空間でノック音などあり得ない。
乗組員全員が凍りつく。
ノックは続く。コン、コン、と穏やかだが確かに。
アギトの外殻モニターが、自動的に外部カメラの映像を映し出した。
そこには――
人型の、白い影がいた。
宇宙空間を漂いながら、指先でアギトの船殻を軽く叩いている。
髪は風もない空間で揺れ、額には――
宝石が光っていた。
それは間違いなく、ガイアモンドの輝きだった。
そして、白い影はゆっくりと微笑んだ。
その唇が、かすかに動く。
言葉は聞こえなかったが、確かに読めた。
「久しぶりだね」
私の背筋に、永遠の冷気が走った。
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