第3話 第一試験「生存迷宮」①

階段を降りると、そこは巨大な石造りの建物。

壁には無数の扉、床には謎の魔法陣。

――どうやらこれが、王国が用意した“勇者候補の第一試験”らしい。


「ま、まじか……。これ全部クリアすんのか……?」

俺は後ろに並ぶ他の勇者候補たちを見た。

みんながみんな同じ顔で必死そうにしている。いや、必死じゃないやつもいる。

「ふーん、100人も集めて落とす気満々か……」

思わず舌打ち。死にたい気分がさらに悪化する。


石の床が光り、巨大な声が響いた。


「勇者候補諸君! 第一試験、生存迷宮を突破せよ!」


「……生存迷宮? そのまんまのネーミングだな」

俺は天を仰いだ。死にたいのに生き延びろとか、どこのサディスティック王国だ。


迷宮の扉が開く。

百人の候補者が一斉に駆け出した。

俺はしばし停止。


「ちょ、まて……転生してすぐに迷宮ダッシュとか、冗談だろ……」


目を見開きながら、俺もとりあえず扉をくぐった。

中は薄暗く、石造りの壁に苔が少し生えている。

床には所々、謎の魔法陣が光ってチラチラと揺れていた。


「うわ……めんどくせぇ……」


慎重に足を進める俺の前に、早速小さなモンスターが現れた。

サイズは小指ほどだが、動きはやたら俊敏。

――こいつ、いきなり俺を狙ってる。


まあいい、さあ俺を攻撃しろ。

この見るからにザコモンスターに殺されるのは癪だが、このクソめんどい試験から出られるならそれでもいい。(正直、痛いのは嫌だけど)


「ほら来いよ……俺はもう、やる気ゼロだぞ~~……」


小指サイズのモンスターが、キィッと鳴いて飛びかかってくる。

素早い。鋭い牙。

――はいはい、どうぞどうぞ。噛めや刺せや殺せや。


その瞬間。


ピカンッ!!


狙ってもないのに、俺の身体から光が弾けた。


「は?」


モンスターは光にぶっ飛ばされ、壁に激突してそのまま煙になった。


「……あ? なんだ今の」


頭の中に、爺さんの声がよみがえる。


『おぬしには最低限の加護を与えてやろう』


「最低限ってレベルじゃねぇだろ……勝手に自動防御すんなよ……!」


つまり俺は“攻撃されたいのに攻撃されない”状態らしい。

完全に罰ゲームだ。

俺に対して、この仕様は悪意しか感じない。クソジジイめ。


と、床が突然光りだした。


「あ?」


次の瞬間。


ボンッ!!


俺の足元の魔法陣が爆ぜ、俺は二メートル三メートルほど吹っ飛んだ。


「いってぇぇぇ!! 身構える時間もくれねぇのかよ!!」


壁に背中を打ちつけてうずくまる俺。

しかし、また身体が勝手に光り、ダメージはすぐに消える。


「……いや回復すんな。死なせてくれよ……」


そこに、


「大丈夫ですか?」


俺は顔を上げた。


そこにいたのは、青いローブを着た少女だった。

年は十四、十五くらい。背丈は低いが、目だけは異様にキラキラしている。


「……は?」

思わず言葉が漏れた。


少女は俺の手を取り、にこっと微笑む。


「あなたも勇者候補ですよね? 一緒に行きませんか?」


「……は? なんで?」


「だって、危ないじゃないですか! 一人だと死んじゃいますよ?」


「いや死にてぇんだよ俺は!!!」


思わず叫んでしまった。

少女はきょとん、と目を瞬かせる。


「えっ……勇者候補なのに……死にたいんですか?」


「そうだよ。なんなら今すぐ死ねるならココで死ぬわ。」


少女は困った顔をするどころか、なぜか感心したように頷いた。


「すごい……! 逆の発想ですね!」


「すごくねぇ、褒めんじゃねぇよ!!」


マジで話が通じない。


「それにしても……あなた、何度も光ってましたよね?

 もしかして……すごい強力な加護を受けてます?」


「知らねぇよ。勝手につけられたんだよ。」


少女は羨ましそうに俺を見る。


「……いいなぁ」


「は? どこがだよ」


「だって、自動で防御も回復もしてくれるんですよね?

 そんなの……めちゃくちゃチートじゃないですか!」


「やだよそんなチート。死ににくくなるだろ」


「そこなんですけどね、私……あなたを守ります!」


「逆!! なんで!?」


少女は胸を張って言った。


「死にたい人を死なせないように全力で守る──

 そんな勇者候補、かっこよくないですか!?」


「そんなジャンルねぇよ!!」


なんだこの子。

頭おかしいのか?


と、そのとき。


ズズズ……ッ!!


迷宮全体が揺れた。

天井から砂が落ち、奥の方から巨大な何かがゆっくり動く気配。


少女が表情を引き締める。


「……来ます! 大型魔物です!」


「いや来んな!! ん?違う、来い!!」


少女は杖を握りしめ、俺の前にぴょんと飛び出した。


「大丈夫! 私が守ります!!」


「だから逆だって言ってんだろ!!邪魔すんな!!」


思わず叫ぶ俺。

なんで俺の死にたい願望を無視して、守ろうとするんだ。


少しもめていると大型魔物が現れた。

体長は俺の背丈の三倍。鋭い爪と牙、そして赤い瞳。

――うわ、完全に殺す気満々だ。


少女は杖を振り、魔法陣を描くように光を飛ばした。

「炎よ、私から敵へ――!」


「おい、止めろ! 俺に攻撃させろ!!」


少女の魔法が魔物に当たる。

だがダメージは少ない。

魔物は間髪入れず襲ってくる。


よし、さあ俺に攻撃してこい。

俺は少女の前に出て魔物の攻撃を受ける体制をとる。


魔物の攻撃が当たる。


その瞬間、俺の身体が勝手に光った。

光に押されて魔物は壁に激突、ぐったりと動かなくなる。


「……はぁ? またかよ」


「クソジジイ……最低限ってレベルじゃねぇだろ、まじで……」

心の中で毒づきつつ、少女の方を見ると、目を輝かせて喜んでいる。


「すごい……! まさにチート……!」


「やめろ、褒めんなって……俺は死にたいんだってのに!」


俺は愕然としつつも少女に手を引かれ迷宮の奥に進む。

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