噂になっている訳ありなモノたちが集う小さな喫茶店

武 頼庵(藤谷 K介)

第1話 たまり場







 常連さん曰く――


「いつ行っても人がいたためしがねぇのに、まったく潰れそうな気配がねぇ」

「店の中は、よく言うと落ち着いた雰囲気。悪く言うと暗いんだよな」

「時々だけど、ほかに客がいないのに、なんかの気配がするんだよ」

「あそこは


 なんて話だったり、こういう話が良く耳に入ってくるのが、高校3年生になって始めたバイトで働いている、じいちゃんが始めた喫茶店のことだったりする……。


からぁ~ん


「いらっしゃいませぇ」

喫茶店の入り口にあるカウベルが鳴り響いて、一人のお客さんが入ってくる。音に反応して声を上げるが、この時はまだどんな人が入ってきたのかはわからない。


「あら? 俊介君、今日もバイトなの?」

「はい!! 今度から毎日入ことになったんですよ」

「そうなのね。じゃぁ毎日でも来ちゃうかな?」

「ほんとっすか!! いやぁ助かります。正直……」

 カウンターの中から入ってきたと思われる人の話に乗って返事を返し、カウンターの前の席に腰を下ろした時点で初めて誰なのかが分かるのだけど、その人の顔はこの喫茶店で働くようになってから何度も見た顔だった。


 俺はカウンター越しから店の中をぐるりと見まわし、お客さんの前でその視線を止める。


「奈恵さんが今日初めてのお客さんなので」

「あらら」

 クスリと笑う奈恵さん。


「いつものお願い」

「はい」

 返事を返してカウンターのまた奥にいるじいちゃんへと視線を向けると、じいちゃんはすでに用意していた豆を挽き始めていた。




 俺が住む町は東北地方にある片田舎にある。

 町の主な産業といえば、観光業ということになるんだけど、観光業といってもその場にとどまってもらえるようなものがあるわけじゃない。

 というのも、テレビで紹介してもらったことで人気になり、やがて全国へと広がった『食べ物』が観光の目玉になっている。


 昔から地元では日常的に来ていたものなんだけど、その歴史は意外と古くて、始まりの店はすでに100年を越える歴史を持っている。


 その店が元祖として有名なんだけど、町の中ではその店が始めたメニューが広がり、今では小さい町ながらもそのメニューを出す店が100店舗以上もある。

 

 そんな町の中で、意外とあるのが喫茶店。少ない数のお店があるのだけど、そんな少ないお店の中の一つが、高校3年生になった俺、瀧澤俊介たきざわしゅんすけのじいちゃんが経営するこじんまりとした喫茶店だ。


 じぃちゃんは地元では知らない人がいないくらいの大工の棟梁だったんだけど、小さいころに飲んだコーヒーが忘れられないということで、父さんが生まれて成人するとすぐに棟梁をやめ、退職金を使って土地を買い大工仲間とともに一緒に建設したのが、今も続いている喫茶店である。ばあちゃんも時折手伝ってはいたんだけど、おれが高校に入学する直前に病でこの世を去ってしまった。


 それからしばらくはじぃちゃんも気落ちしちゃったみたいで、店を閉めていたんだけど、備品の入れ替えをするためにお店に行った時からなぜかやる気が戻ったみたいで、それからは一人でお店を切り盛りしていた。


 俺も小さいころからじいちゃんの喫茶店によく通っていたし、ばぁちゃんと仲良く二人でお店を切り盛りしていたのを見てきたので、将来は喫茶店を開きたいなという夢を持つきっかけにもなっていた。


 父さんが後を継ぐのかなと思っていたんだけど、父さんは全くそういうことに興味がないらしく、じぃいちゃんの物づくりの血を引き継いだのか、町で大きな機械生産工場に勤め、今も遅くまでモノ作りに励んでいる。母さんはばぁちゃんが亡くなって人手が足りないときに、喫茶店を手伝っているんだけど、そののんびりとした性格が接客業に向いているのか、お客さんの話し相手として人気になって助かっているとじいちゃんが笑顔で話していた。


 俺も、地元の高校へと進学するために受験に励んでいた時期を挟んで、じぃちゃんの喫茶店で手伝ってもいたし、高校では部活に励む生徒がいる中で、おれはじぃちゃんからコーヒーの入れ方を習う都いう毎日を過ごした。


 それから2年になるけど、今では俺が入れたコーヒーのファンも数人いてくれるが、まだまだじぃちゃんが淹れたコーヒーには追い付けそうにない。


 今も目の前でおいしそうにコーヒーを飲んでいる奈恵さん――柊奈恵ひいらぎなえさんという――も、おれが淹れたコーヒーも旨いと飲んではくれるけど、じぃちゃんがいるときは、おれじゃなくじぃちゃんが淹れたコーヒーを注文する。


「奈恵さん」

「なに?」

「今日はそれだけでいいんですか?」

 時計を見ると午後19時に針が差し掛かろうとしているところだった。


「う~んどうしようかな……。コンビニのお弁当とかも飽きてきたしなぁ」

「何か食べます?」

「じゃぁここで食べちゃおうかな」

 うきうきと目の前にあるメニューに手を伸ばし、勢いよく開いて「どうしよう……」と悩み始める。


「おすすめは?」

「もちろんオムライスっすよ」

「あはははは。それは俊介君の特異な料理でしょ?」

「だヵらお勧めなんっじゃないっすか」

「なるほど」

 くすくすと笑う奈恵さん。それにつられて俺も笑ってしまった。


「えっと、じゃぁその――」


からぁ~ん


 ちょうど注文をしようとしたとき、入り口のカウベルが鳴ったのでみんなの視線が入口へと向かう。


 するとドアはしっかりとあいたはずなのに、誰かが入ってきたという姿が見当たらない。


 奈恵さんとじぃちゃんがおれの方へと視線を移した。

 そうして何かを期待するように目を輝かせる。


「はぁ~……」

 俺は大きくため息をつき、ドアの方へと視線を向けると、ゆっくりとグラスをとり、水を注いでからトレーに乗せてカウンタの外へと歩き出した。


「今日も来たのかよ。お前ら……」


 そうして誰も座っているように見せないテーブル席へ、コップを3つおいていく。


すると置かれたカップが不自然に浮き上がった。それも3つ同時に。


「まったく……。いいか? 来るのは良いけど何もするなよ? 特にお客さんがいるときには絶対だぞ!? お前たちのせいでいろいろ噂になってるんだからな!!」


 誰もいないはずのテーブル席に向けて、おれがきつく言い放つ。一見すると俺の頭がいかれているようにも見えるこの光景だが、カウンターにいるじぃちゃんも奈恵さんも、おれに向けて変な目線えお向けることも、何かを言ってくることは無い。


 

  二人は知っているのだ。


 俺に入ってきたモノたちの姿が見えているということを。

 俺は人間では無いものが視えているということを――。

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