第20話 おバカ貴族とヘルメス

ヘルメスを解放した数日後。

渓谷の片隅でひっそりと開店した『ヘルメス商店』は、初日から奇妙な熱気に包まれていた。


「さあさあ、見てらっしゃい! 東の都から仕入れた珍品だよ! 今なら破格だ!」


並べられている商品は、全てマリエ達によって別の街から「調達」されてきた盗品だ。

だが、そのまま売れば足がつく。


そこでカサルが風魔法による研磨と塗装を施し、新品同様の『わけあり商品』として再生させていた。原価はもちろんゼロで。


ヘルメスは市場調査を重ね、怪しまれないギリギリの安値で商品を捌いていく。

リヒャルトラインが偽造した『特別商業許可証』──魔法で無駄にピカピカ光る胡散臭い代物──のおかげで、役人の検問も煙に巻いていた。


だが、この街の「先住者」たちは甘くなかった。


「おい、てめぇ。ウチのシマで挨拶も無しに商売とは、いい度胸だな」


開店から三日目の夕暮れ。

地元のゴロツキ数人が店を取り囲み、商品を泥だらけのブーツで蹴り飛ばした。

風呂敷の上に並べられた商品が、砂利の中に散らばる。


「……あーあ。売りもんにならなくなっちまうでしょうが」


ヘルメスはヘラヘラと笑いながら、蹴られた商品を袖で拭った。


「ああん? ナメてんのかコラ!」


ドゴッ、と鈍い音が響く。

ゴロツキの拳がヘルメスの顔面を捉え、彼は地面に無様に転がった。鼻から血が噴き出す。

だが、ヘルメスは商品の入った袋だけは腹の下に抱え込み、決して離さなかった。


「へへ……痛くも痒くもねぇな。ここはあっしの城だ……不当に入り込んできたお前らが悪い……!」


「ざけんじゃねえ! 」


男達の激しい暴行は続いた。

だが、ボコボコに殴られながらも、その目の光が失われることはなかった。

かつて渓谷の地下牢で燻っていた時の虚ろな目はもうそこにはない。野心に燃える商人の目が男達を睨みつけていた。


(……ほう。金のためなら痛みも厭わないか。合格だ)


遠くの屋根の上から見ていたカサルは指を鳴らす。

突如として突風が巻き起こり、ゴロツキたちの足元をすくって転倒させた。「な、なんだ!?」と狼狽える彼らに、カサルは姿を見せず去っていく。


助けるのは一度だけ。あとはヘルメスの実力次第だった。

立ち上がったヘルメスは、血を拭うと、怯むゴロツキたちに向かってニヤリと笑った。


「へへ……見たでしょう? あっしのバックには『風の魔女』がついてるんでさぁ。お前さんたち、タダで帰すのも忍びねぇ。詫び賃代わりに、この『幸運の壺』……特別に半額で売りつけてやりやすよ」


恐怖と話術でゴロツキを客に変える。それがヘルメスのやり方だった。それに恐れをなしたゴロツキは、不気味な男を相手にしていると知り、雇い主の下へ逃げていった。


「ハッハッハッ! 毎度! ありがとうごぜえました! 」





それから数週間。



 ヘルメスの見た目は劇的に変化していた。カサルに指定された緑のシャツに茶色の作業ズボンを着用し、歯はピカピカに。無精髭も剃り落とされ、髪型も整えられた。

 そこにはもう薄汚れた泥棒の姿はなく、清潔感漂う三枚目の商人が立っていた。


「旦那……次はいつ会えるんですかい」


 そんな立派な商人となったヘルメスの呟きは虚空に消える。

 カサルとの連絡手段は、店の敷地にポツンと置かれた長方形のポストだった。一日の売上を入れれば、中の気球が膨らみ、風に乗って自動的に航空船へ運ばれる仕組みになっている。


 翌朝には、新たな商品盗品が空から降ってくる寸法だ。ヘルメスは荷物の搬入時にのみ、カサルの影をそこに感じていた。

 そんなやり取りが続いてしばらくのことだった。


店長オーナー、景気はどうだ」


 ある夜、カサルが様子を見にひょっこり下界に降りてくると、ヘルメスは硬貨の詰まった袋を抱えて擦り寄ってきた。


「だ、旦那! おかげ様でボチボチ生活できるぐらいには! 」


 見えない尻尾を振るヘルメスは、今日の分といって手渡しで硬貨の袋をカサルに渡そうとした。


 しかし彼はそれをヒラリと躱すと、その袋をポストに入れるよう指した。金には極力触れない。彼のポリシーの一つでもあった。変わりに彼は帳簿をドレスの裾から取り出した。


「謙遜するな。帳簿はオレも見ている。相当稼げているはずだろう」


「それが……へへ、実はこの敷地に店を出したいんです」


「店ならあるだろう」


 泥のついた風呂敷を指さしてカサルは問う。


「いえ、ちゃんとした店舗を構えたいと思いまして。その資金を溜めてるんです。やっぱり風呂敷のままじゃあ舐められますから。一軒しっかりした店を出せば、もっとデカい商売ができまさぁ」


「ほぉ。……店を構えれば倉庫も作れる。在庫管理も容易になるというワケか」


「へい。そんなもんですから、最近はもうずっと貯蓄と言った感じでして」


「いや、貯めるな。金は回してこそ増えるものだ。……自分で商品を買って、それを売りに出してみろ」


「旦那、そうは言ったってあっしには伝手とかありやせん」


「はぁ~……馬鹿者。それぐらいオレを頼れ。ココに大発明家がいるだろう。風の靴はこの前怒られたから作ることはせんが、似たような便利な物を作ってやる。それをオレから仕入れて売れ」


「良いんですかい。旦那働くのは嫌って言ってたからつい……」


「発明は労働ではない。趣味だ。つまり、オレは働いていない。いいか? そういうことだ」


「へ、へい。分かりやした!」


(……屁理屈だなぁ。アンタよく分かんねえ人だ)


 そんなカサルだったが、現実問題として彼にも金を稼がなければならない理由があった。


 『宿題』である風の靴の回収。結局あの後ヘルメスは風の靴を回収できず、行方不明になっていたところ、とある強欲な商人が手にしたという噂を彼は耳にしていた。


 彼は例え盗品であっても、金を払って買った自分の物であると主張し、返す条件として提示された金額が、銀貨40枚という革のブーツ一つにしてみれば破格値を出されていた。


 それは景気のいいエルドラゴの鉱夫が稼ぐ二ヵ月分の給料に相当する額だ。


 マリエにねだれば、はした金として一瞬で解決する額だったが、それでは「ヒモ」としてのプライドが許さない(もう十分にヒモだが、カサルなりの美学があった)。


 自分の尻拭いは、自分の才覚で稼いだ金で行う。それが貴族の矜持だ。


「いいかヘルメス。お前が潤えば、オレも潤う。……この数週間の根性、見させてもらったぞ。後は例えどんな手を使ってでも、この地位にしがみつくんだ。良いな? 」


カサルにとって目の前に立つ男は、正真正銘、金の生る木だった。


「へい。もちろん。ぜってえココは譲らねえ。この土地はあっしのもんです」


 力強く頷くヘルメスにカサルは満足すると、航空船へ帰って行った。

航空船で魔法のスクロールを確認すると、No.1の項目『男の改心』という文字が薄れかかっている。


 あとは金を稼ぎ、靴を買い戻すだけだ。


 カサルは工房に籠り、不敵な笑みを浮かべて新たな図面を広げた。


「さて、大惨事にならない程度に便利な道具を作って売るとするか」


加減をミスすれば、すぐさまエディスが飛んでくるのが目に見えていた。


「抑えて、なるべく不便に……あえて不便に……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る