第9話 おバカ貴族と戦化粧

「それで……どうやって魔女になるの?」


 あまりに単純な疑問を、マリエはカサルに問いかけた。異端核に選ばれることで魔女へと至ることは理解したものの、具体的にその選定基準がどのようなものか、彼女には想像もつかないのだ。


「いきなり核心に触れるのも悪くはないが、その前に一つ聞かせて貰おうか。お前はどういう魔女になりたいんだ? 目標のようなものがあるなら聴いておきたい」


 カサルは、マリエが研究成果を踏み荒らさぬよう、地面に散らばった図面を片付けながら問いかける。


「特にないなぁ。なんとなぁーく魔法使いになれたらなぁって」


「……呆れた女だ。国の保管庫に忍び込んでまで手に入れた異端核ルグズコアだというのに、肝心のその中身ちからには興味がないのか?」


「うん。なんか『魔女に向けられる視線』が、良いなぁって。あ、それに私魔女ですって言えるのも、カッコイイよね」


 ニコニコ話すマリエに、カサルは頭痛のする思いだったが、逆にその単純さは彼にとって好都合だった。


「なるほど。つまり手段や使える魔法に関係なく、【魔女】というカテゴリに入ることさえできれば目標は達成というわけだ」


「そうだね。魔法の杖を持って~、箒に乗って空をびゅーんって飛ぶんでしょ。気持ちいいだろうなぁ~」


「……言っておくが、杖を持ったまま箒に乗ることは推奨しない。手綱を握ったままペンで文字を書くようなものだ。効率が悪いし、事故のもとだ」


「事故とかあるんだ」


「棒に跨り空を飛ぶものだからな。バランスを崩せば、たとえ三十センチの高さから落ちただけでも骨が折れる」


「むー……なんか現実を突きつけられてる気分……」


「紛れもない現実だ。───話が脱線した。魔女になる方法だが、10等級……つまり最下級の魔女になるなら、七割がた、どうにかなる」


「本当に!? 私が残りの三割の方っていうオチはないよね……」


「ああ。それはない。最下級の魔女になる条件は『顔』だからな」


「顔……? 不器量はダメって言う……」


 カサルはそこまで言ったマリエの頭にゲンコツを加えた。


「一時的に異端核が好む顔になれば、どんなに元が悪くとも適合することはできる。具体的に言うと”美人風”になればいい」


 そしてその場合、顔が崩れれば魔法は使えなくなる、ということも付け加えてカサルは説明した。


「まあでも、ご存知の通り───私は美人ではあるよ 」


 まるで既知の事実とでもいうように顔に手を当て決めポーズをとるマリエに、謙虚の二文字は存在しなかった。


「……否定はせんが、異端核によって求める顔の条件が違う。今まで学園で何人か見てきたが、十等級の異端核は大体が『垢ぬけた丸顔の少女』を好む傾向にある」


「ふぅん……じゃあ私はダメじゃん」


 マリエは気落ちしたように視線を落とす。


 その表情の中で一際カサルの目を引いたのは、宝石を思わせる巨大な青緑の双眸そうぼうだった。

 色素の薄い眉の下に潜むその瞳は、世界の闇を煮詰めたような狂気を孕み、カサルの理性を彼方かなたから覗き込んでいた。


 長い睫毛が影を落とし、瞬きのたびに闇が弾ける。それは抗いがたい引力となって、カサルの視線を吸い寄せていく。

 あやうくその深淵に飲まれかけたカサルは、ばつの悪さを誤魔化すように頭を掻き、重い溜息を洩らした。


「……まあ待て、早まるな。コレがどういうことか分からないのか。『化粧』で異端核は騙せるということだ。丸顔だろうと角張った顔だろうと、鏡を見た時に『それっぽく』映ればそれでいい」


「異端核って目でもついてるの? 」


「いいや。だが、こいつらは見ている。……正確には、宿主の『自己認識』を読み取っているというのがオレの仮説だ。鏡を見て『私は条件を満たしている』と脳が誤認すれば、核との波長が合う。オレが女装をしているのも適合率を高めるためだ」


「へぇー、なんか難しいけど、騙せばいいってことね?」


「そういうことだ。そして面白いのが、この化粧の種類によって、十等級の異端核でも共鳴する魔法が違うということだ」


「自分の使いたい魔法に合った化粧をするってこと? 」


「原理的にはな。例えば雷系統の魔法は、目の縁を赤く彩るような『病弱で退廃的な化粧』を好むが、それが似合わない人間も大勢いる」


「あ、私、そういう不健康そうなお化粧なら得意だよ!」


 そう言ってニマーと笑うマリエにカサルは溜息をつく。


「再三にわたり言っているだろう、早まるなと。それ以上の異端核と適合するかも知れんというのに、十等級ごときと適合するのはオレが許さない。一度適合した異端核を取り外すのは、莫大な金と命の危険が伴うからな」


「えぇー……なんでも良いから早く魔女にして欲しいなぁ……」


「黙って最後までオレの話を聴け」


「しょうがない。聞いてあげるかー」


(コイツは本当に……)


 そうカサルは思いつつも、自分の知識をひけらかすのは気分がいいので、しばらく好きに言わせておくことにした。

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