第-7話 チェンジ・ザ・ワールド

深夜にも拘らず、ヴェズィラーザムの本邸には明かりが灯っていた。

子供にとって安住の場所であるはずの家を前にして、カサルは扉の前で足を止める。

この屋敷に、自分を心配する人間などいない。


仮にいたとしても、それは『カサル個人』に対してではない。彼に纏わりつく肩書きか、あるいはその中枢に埋め込まれた『異端核ルグズコア』に対する心配だ。


それでも彼がこの巣へ戻るのは、諦観ゆえではない。


酷く歪んではいるが、彼自身もまた、この邸とヴェズィラーザムの血に誇りを持っているからだ。


(……あれから、もう十年近くになるか)


カサルは夜風に吹かれながら、かつての決断を反芻する。

生産効率を最優先する工場のように、この家は優秀な「製品カサル」だけにリソースを注ぎ、未加工品を廃棄しようとした。


だが、カサルという天才は、そのシステムに致命的なバグ──「落馬事故による知性の欠落」という嘘を仕込んだ。


親の愛を、子供である自分が調整してやる。

優秀な兄が壊れれば、親は予備の部品である弟に投資せざるをえない。

それはカサルにとって、自分が解き明かした難解な哲学書に比べれば、児戯に等しい簡単な計算式だった。


結果、彼の目論見通り、全てが変わった。

会いに来たいと言っていた学者は潮が引くように消え、友人を自称していた人間も去った。


家族の目は冷ややかな視線へと変わり、使用人すらも媚びを売る相手を弟に変えた。

両親はここぞとばかりにサブプランとして存在した弟ザラを持ち上げ、そこに愛情と教育を注ぐようになった。自分達の代で没落などあってはならないからだ。


その過程を、頭に包帯を巻いた幼き日のカサルは、自室のベッドの上でゆったりと寛ぎながら眺めていた。


『クククッ……頑張っておるわ』


風が運んでくる弟の活躍に耳を澄ませながら、カサルは豆のスープを啜ったものだ。

極上の一杯を味わうように。


かつて弟が啜っていたその味は、彼が普段口にしていた香辛料の入った肉料理とは比べ物にならないほど素朴で、しかし温かい味がした。


あれから九年。

弟は立派に育った。両親の期待に応え、家を支える実力者となった。

カサルの「調整」は成功したのだ。


「……だが、それももう終い時か」


カサルは小さく呟くと、重厚な扉に手をかけた。兄としてやり残した最後の後始末を済ませるために。




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