第5話 おバカ貴族と銀髪の空賊
外の
「うっ……ここは……」
少女が目を覚まし、辺りを見回す。鼻を突く薬液の匂いと白い天井。自分が治癒院にいると悟ると、壁にもたれて腕を組む金髪の人物に視線を向けた。
「あの……誰?」
「
風に舞う銀髪と、宝石のような青緑の瞳を持つ少女が、
(……綺麗な人。お人形さんみたい)
そう混乱している少女をよそに、カサルは足を組み換え、簡潔に経緯を話した。
航空船から落ちたこと、自分が助けたこと、そして……。
「何を盗んだかまでは
カサルが黒いドレスの袖から
瞬間、少女の目の色が変わった。痛む体も忘れたように、奪い取ろうと手を伸ばす。
「返して……!」
寸ででカサルがそれを遠ざける。彼女の目には、『これ以外何もいらない』という異様な執念が宿っていた。
「まあまて。命の恩人の前だぞ。名前ぐらい明かしたらどうだ?」
「マリエ……リーベ。それより、それ……!」
「マリエか。何ゆえ異端核を欲しがる? 亡命か、競売か?」
ふるふると首を振るマリエ。祈るように呟いた。
「それがあれば……私も魔女になれるから」
「魔女だと?」
カサルは鼻で笑った。
「よそうことだ。この等級の核では、お前は魔女にはなれん」
「どういうこと? 貴女、何か知っているの?」
カサルは溜息をついた。話してやる義理はない。だが、その無知ゆえの純粋さが、かつての自分と重なり少しだけ哀れに思えた。
「訊いてどうする。どうせお前は死刑だ。国家機密を盗んだ泥棒は、例外なくな」
「死刑……まあ別にそれはどうでもいいよ」
だだ状況を飲み込めていないのではとカサルは一瞬思ったが、不意に目が合った彼女の瞳を見て理解した。彼女の眼は死の恐怖を凌駕した渇望に満ちているように見えたからだ。
「だったら……どうせ死ぬなら最後に教えて? どうして私は魔女になれないの? ねぇどうして? 」
(……こいつもまた、魔道に魅入られた愚者か)
「……いいだろう。冥土の土産に絶望をくれてやる」
カサルは重い口を開く。
「異端核への適合率は、等級に反比例する。その核はおそらく6等級。適合率はおよそ一万分の一だ。それ以外は化物になるか反応すらせん。……その意味が分かるな?」
「一万分の一……。でも、それじゃあ数が合わない。街にいる魔女たちは?」
「……それが、一万分の一を引き当てた運の良い連中だ」
歯切れの悪いカサルの答えに、マリエは食い下がる。
「違う。何か確率を上げる方法があるんでしょ? そうなんでしょう?」
「……だとしたらなんだ? それを教える理由がどこにある」
「お願い! 教えて!」
「もう十分だろう。……異端核は国に返還しておく。残りの時間は
カサルは会話を打ち切り、木の扉に手を掛けた。これ以上話せば、隠している「真実」に触れなければならなくなる。
「待って! じゃあ最後に一つだけ……! 名前! 貴女の名前を教えて!」
背後からの懇願に、カサルは一度だけ足を止めた。
貴族が平民、それも罪人に名乗ることなどあり得ない。だが──。
「……この地の領主が息子だ。覚えておけ」
カサルは黒いスカートを
残されたマリエは、閉ざされた扉を見つめ、呆然と呟く。
「領主の……息子? 息子って……男の子?」
脳内を巡るカサルとの会話、その凛とした声音。
少年のような雰囲気の少女だとは思っていたが、まさか本当に男の子だったとは。マリエは驚き、自然と口元を手で覆った。
「男の子だったんだ……。すっごく可愛かったな……思わず見惚れちゃった」
死刑が迫っているというのに、彼女は口元を緩めて再びベッドに身を沈める。
「ふふふ……運命の出会いかも。私の方が年上なのかな。だったら私がお姉さん? もっとお話ししたかったなぁ……また会いに行っちゃお……」
マリエは楽しげに独りごちると、シーツの下でカチャリと小さな音を立てた。
彼女の手首から、頑丈なはずの鉄の手錠が、まるで玩具のように外れて滑り落ちる。
彼女の手には、いつの間にか抜き取っていた一本のヘアピンが握られていた。
「さてと。……まずは、このお部屋から出ないとね」
マリエは悪戯っぽく笑うと、音もなくベッドから降り立った。
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