第4話 おバカ貴族と運命の歯車

 航空船から、瓦礫と共に二つの影が投げ出される。


 カサルは舌打ちと共に、風を纏って空へ踊り出た。


「風よ! オレに従え!」


 暴れる気流をねじ伏せ、カサルはまず一人目の影──屈強な男の元へ肉薄する。


 意識を失った男の体を風の膜で包み込み、落下速度を強引に殺して空中へ縫い留めた。


「次ッ!」


 本命は、その後ろから落ちてくる小さな影だ。


 風魔法で加速し、カサルは垂直落下の只中で少女に追いつく。

 その体を抱き留めようと腕を伸ばした──その瞬間だった。


(……ッ!?)


 カサルの全身に、おぞましい悪寒が走った。

 視界に飛び込んできたのは、少女の豊満な胸元。腕に伝わる、内臓を圧迫するような生々しい肉の感触だった。鼻をつく甘い匂いと、生温かい体温が、脳裏の奥底に眠る『あの女』の記憶を暴力的に引きずり出した。


(クソッ……こんな時に!)


 拒絶反応で指先が震える。胃液が喉元までせり上がる。

 だが、理性という名の杭が、カサルの腕を少女に縛り付けた。


(……ええい、ままよッ!)


 カサルは引きつった顔で少女を抱き寄せると、ほとんど墜落に近い軌道で地上へ突っ込んだ。

 ドォン! と風の塊が石畳を叩く。

 着地の衝撃を魔法で相殺しきれず、カサルは膝をついて荒い息を吐いた。


「ぜぇ、はぁ……。危うく呼吸困難で死ぬところであった……」


 顔面蒼白で、口元を押さえるカサル。魔女たちが慌てて駆け寄ってくる。


「カサル様!? 大丈夫ですか!?」


「顔色が真っ青ですわ! 」


「……触るな」


 差し伸べられた手を、彼は拒絶した。


「戯け。オレがこれしきのことで……」


 カサルは震える足で立ち上がり、虚勢を張って髪を整えた。


「領民を……いや、人を救うのは貴族の義務である」


 強気な態度を示す彼に魔女たちは呆れたが、安堵の色を浮かべて彼を見る。

 カサルは乱れた呼吸を整えながら、魔女たちを置いて横たわる二人の元へ歩み寄った。


 屈強な男の背中には、隣国軍の認識票タグと刺青。


 そして少女の手の甲には──

「おい、この女……泥棒だぞ‼」


 野次馬の一人が叫んだ。少女の手には、盗人の証である罪人の紋章が刻まれている。

 だがカサルが注目したのは、少女が固く握りしめている掌サイズの球体だった。

 脈打つ金属の球体。内部で幾層にも重なる幾何学模様。


(……馬鹿な。異端核ルグズコアだと!? )


 魔法使いの変身道具にして、国家機密級の戦略兵器。

 なぜ薄汚い盗人が、国を揺るがす『兵器』を握りしめているのか。


「占い師め、コレが運命だとでも言うつもりか? ……これではもはや呪いではないか」


 カサルは野次馬の視線を遮るように屈み込むと、素早い手つきで異端核ルグズコアを自らの懐に収めた。


「怪我人だ。二人とも治療しろ」


 カサルの言葉に医者は驚きを隠せない。


「女は罪人ですがよろしいのでしょうか?」


「後で罰を受けるから治療は結構です、とでもこの女が言ったか? 」


 カサルの声から、道化の色が消えた。絶対零度の理性が、医者を射抜く。


「目の前に命がある。ならば救う。医者のルールはそれだけのはずだ。そこに『損得』だの『保身』だのという不純物を混ぜるな。命をはかりにかける傲慢は、神だけに許された特権だぞ」


「ひっ……!」


「……と、父上が言っていた気がするがオレにはよくわからん! フッハッハッハッハッ!……だからさっさと治せ、藪医者」


「は、はい! ……ですがカサル様、我々だけで罪人を治したとあっては、後で魔女様に何と言われるか。どうかご同行願えませんか」


 カサルは懐の『異端核』の硬さを服の上から確かめた。

 本音を言えば、一刻も早く邸に持ち帰りこの玩具を解析したい。だが、もしこの少女が目覚めて「私が持っていた玉がない」などと騒ぎ出せば、それこそ面倒なことになる。


「っぐぬ……分かった。お前達だけでは心もとないというのなら仕方あるまい。連れて行け」


「ハハァ~!」


 その道すがら。

 胸に埋め込まれた『異端核』が、トクントクンと脈打った気がした。


(……お前達も不安なのか? )


 カサルは胸元を抑え、空を見上げる。

 先ほどまで古龍が暴れていた空には、いつの間にか分厚い暗雲が立ち込め、今にも泣き出しそうな色をしていた。

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