学校の美少女二人は俺にだけ距離感バグってるらしい
ぬるるてらら
第1章
第1話 プロローグ
五月。葉桜がぽつぽつ残り、街路樹は鮮やかな新緑に染まり始めていた。
春の匂いが薄れて、代わりに少し湿った初夏の風が店の自動ドアの隙間から入り込んでくる。
高校二年になって一ヶ月。クラスにも慣れて、友達グループも固まり始めて、みんなゴールデンウィークに遊びに行く計画で盛り上がってるらしい。
——それに対して俺、葛木龍一はまるで関係ない。
今日もバ先の中古ショップのレジ台に立ちながら、次に買うべき2007年のガラケー名機についてぼんやり考えていた。
青春?
友達とどこかに行く予定?
そんなもの、ガラケーのアンテナほどにも立っていない。そんなことを考えていると、閑古鳥が鳴いているこの店にお客さんが来たらしい。
「……買い取りお願いします」
どん、とカウンターに置かれたのは、大きなスケッチブック、折りたたみ式のイーゼル、パレット、絵筆の束。
画材道具一式。それも、素人でも分かる――ちゃんと絵をやってた人のもの。
顔を上げると、同じ歳くらいの女が立っていた。どこか見覚えがあるような……多分同じ高校の生徒。
長い髪が少し揺れて、光を吸い込むみたいな綺麗な瞳――間違いなく街で見たら絶対二度見するタイプだ。
しかし、なんでこんな綺麗な子がこんな店に……
「こちら、タブレットで同意と署名お願いしますー」
いつもと同じ説明をしていると、目の前の少女は泣くのを必死に我慢している人間の顔をしていた。
「……その、大丈夫……すか?」
「大丈夫。気にしないで」
少しだけ、冷たい声。
触れられたくないところを触れられた、と言いたげな。打ち込みが終わったタブレットを確認して、俺は整理券を渡して画材を裏へ運ぶ。
型番が分からない道具も多い。検索しながら地道に査定する。
電卓を叩きながら、あれほどの道具を手放すってどんな気持ちなんだろう。パレットを裏返して状態を確認しながら、ふと思う。
こうして“誰かの使っていたもの”に触れるのは、俺は嫌いじゃない。
このバイトを始めた理由も、結局はそこだ。
中三のときから、最新のものよりも使われてきた痕跡のあるものがなんとなく好きだった。
人に言うのは恥ずかしいから、誰にも言ったことはないけど、ガラケーをいじってると、前の持ち主の時間が、少しだけ手のひらに残る気がする。あと普通にかっこいい。
「お待たせしました。査定金額はこちらになります」
タブレットには 3700 円。頑張って値をつけた方だ。もっとも、手放す本人にとっては高いのか安いのかは分からない。でも彼女は呟く。
「……思ったより、高いのね」
そして、まるで自分に言い聞かせるように目を閉じると、
「売ります」
その一言は、何か大事なものと決別するようだった。
◇
閉店後、俺はバックヤードで画材一式を見つめていた。
「お疲れ、葛木。……お前ガラケーの次は画材コレクションか?」
店長の片岡さんが笑いながら肩を叩いてくる。店長ガチムチだから軽く叩かれるだけでも肩が痛いぃ。
「ち、違いますよ! なんか……その……えっーと」
俺が言葉につまずいていると。
「ふぅん。画材かぁ、売れないし在庫落ちする前に買っとき。従業員価格でええから」
「え、ええっ……」
――そして、気づいたら買っていた。
本当は“SONY 2007 年モデル”を迎える予定だったのに。でも、画材が売れにくいのはほんと、時間が経てばそのまま廃棄。だけど、なんとなくそんな結末は買い取った人としても嫌だな。
……ま、文化研究部の部室に置いて、暇な時に描けばいいか。
そう思いながら袋を持ち上げると、絵筆の先がほんの少しだけ震えた気がした。
◇
翌日俺は一人寂しく高校に残って、文化研究部の部室の机にガラケーをひとしきり並べて鑑賞会をやっている。
ちなみに昨日の画材は、机の上に放置してる。結局絵なんてわかんねぇ!なんで買ったんだ。
「ンー! やっぱりこの試行錯誤感漂うガラケーは素晴らしいなぁ。一機一機に企業の努力と想いが詰まって……!今の無個性アイポンにはない魅力……俺が求めてるのはこういう個性が――」
うん、我ながらきもい……誰もいない部室でふと我に帰る。
――高二になって一体お前は何をしているんだ……?
そう、机の上のフィーチャーフォンたちが話しかけてきているような気がする。
「……片付けるか」
ガラケーを片付けた後、心地よい夕方の風が吹き込んでくる。
それがなんだか心地よくて眠たくなる。俺は古びた3人がけのソファーに横になる。
ソファに体を埋めて、次に購入する予定のガラケーの回想をしてても、次第に高校に進学してからの記憶が思い浮かぶ。
正直何もない高校生活だ、高校も結局単調な日々。
『葛木くんって良くも悪くも普通だよね』
中学の時にクラスの女子に言われたセリフが何故かフラッシュバックする。
なんだよ普通って……心の中でため息をつくと、心地よい風に頬を撫でられて重くなる瞼をそっと閉じる……
――――――
――――
――
……なんだか、甘い匂いがする……なんかこう……香水とかじゃない……抱きしめたくなるような。
俺は寝ぼけて目を閉じたまま手を伸ばすと、もにゅっと、あたたかくて柔い何かに触れた。
その瞬間思わず目を開けると、ソファーで横になる俺を冷めた目つきで見ている綺麗な女がいた。
「……えっ?」
俺は見知らぬ顔……それも、見たことのないような美しい顔の……いや違う! 昨日の客だ!!
俺は開いた口が塞がらないのに、彼女は俺の目を覗き込んだまま表情を変えない、思わずその瞳に引き込まれそうになる。
「……触り心地はどうかしら?」
静かなのに底知れぬ恐怖を感じる声なのに端正に整った顔で微笑む。
俺はハッとして手を引っ込める、手にジンジンとあの感触と温度が残ってる。
「よ、よかったです……」
「ふーん、そうなんだ。それより、君……なんで私の画材がここにあるの?」
俺は気まずくなって顔を逸らすと部室のドアは開けられていて吹奏楽部の練習している音が聞こえてくる。
しまった、換気でドア閉め忘れて……この不埒者が俺の城に。って、心臓バクバクすぎて頭回らねぇ……落ち着け俺……!
「え、いや、普通にいい道具だったからだよ……! それに安く買えたし――」
「ふーん、安くねぇ?」
「うそうそ! 違います! ちゃんと適正で買った!」
彼女は冷たくそう言うと微笑むが目は笑っていなかった。その顔に思わず俺は冷や汗をかく。彼女はそんな俺を見下すように見る。
「てか、お前こそ……人の寝顔覗き込んで! 俺は画材なら手放さないぞ、使い倒してやる」
俺は皮肉を込めてぎこちなく笑い返すと、彼女は表情を変えずに浮世離れした美しい顔を近づけてきた。
俺は彼女と至近距離で目が合うが全然嬉しくない。可愛いけど目力やばすぎる。
「……ふふ、あなたほんっとうに面白いわね……名前は?」
「え? か、葛木 龍一っす…………」
無理無理無理無理、圧やばすぎだろ、やっぱ女子って怖い……
俺は彼女の視線に耐えられず顔を背ける。
「ふーん、そ、じゃ、葛木くん……」
「はぃ」
「……口は慎んだ方がいいわよ。……それに、胸の次は脚チラ見しすぎだよ?」
彼女が耳元で低く囁くと、思わず背筋が震える。
バレてたのかよ……目何個ついてんだよ!
彼女は不意に俺から離れると、挑発するようにスカートを悩ましく揺らす。「ほら……また見てる」目を細めて俺を見ると窓に手を置き外を見る。
「っ……ほんとなんなんだ」
俺はそう呟き立ち上がると、儚げに外を見つめる彼女から離れて帰る準備をする。
チラリと彼女に目をやると、しっかりと校則通りに着こなした制服姿だがそれが逆に彼女のすらっとした長身とモデルのようなスタイル、特にすらりとしながら肉厚のある太もも――
くっ、何考えてるんだ俺は! あんなことされた後じゃ心臓がもたない……こんな奴と一緒にいれるか! 下手したら豚箱送りだ! 撤退撤退!!
「ねえ、葛木くん……?」
俺がリュックをガサゴソしていると彼女は声をかけてくる。
「っす……」
「……この場所、私も使うわ。明日から、よろしくね」
………ん??
「つまり部に入るって事……?」
「ええ、でも、あなたと同様部活活動はしないわよ」
彼女は俺を見透かすように見ながらそう言うと、窓から少し体を乗り出して外を見る。
いや待て待て、唐突すぎるだろ!?俺は思わず天井を仰ぐ。
ふと、彼女に目をやると、ゆらゆらと外を眺めていた、どこか危なげで高所恐怖症の俺は思わず足が浮くような感覚になる。
「ちょ……危ないって」
「……怖がりなのね」
彼女は馬鹿にするようにそう言うとさらに身を乗り出して外を見る。
俺はその姿に思わず目を覆う。
マジでなんなんだよ……
俺は壁際に移動して壁に背をつけながら彼女をヒヤヒヤしながら見ていると、彼女は小馬鹿にするように微笑みを浮かべ続ける。
すると、少し強い風が吹く、彼女は片手でで目を擦るとふらっと体勢を崩しまった気がした。
「――っ!」
ひえっ! 変な声が出てしまって次の瞬間には体は動いていた、気がついたら俺は彼女を後ろから抱きしめていた。咄嗟の動きで足を机にぶつけたからだろうか、遅れてドサっと背後からリュックが落ちる音がしてくる。
彼女の体は柔らかく、しなやかで、なんだか良い匂いがした。
「……その……離してくれるかしら」
「……あ、はい」
俺は素直に彼女の身体を離す、まだ手に彼女の感覚が残り心臓が高鳴っているのが分かる。
彼女は俺を振り向き、少しムスッとした顔をすると、さらりと俺から距離を置く。
「あなたって、大胆なのね……見かけによらず」
「……別に、気がついたら、うん、ゴメンナサイ」
「ふふ……いいのよ、へんたいさん」
彼女はそう言うとそのまま鞄を取って長い綺麗な黒髪を靡かせて部室から出ていった。
俺は一人部室に残こされる。なんだかまだ彼女の匂いが鼻腔でくすぐり続けている。
「……え、あっ……」
足の小指の痛みを感じながら呆然と立ち尽くしていると、風で揺れるカーテンに顔を覆われた。
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