第22話・青空と雲
「……話はわかった」
一連の流れを聞いた父さんは、そう言った。神妙な
面持ちの者ばかりの中で、子供たちは不安に包まれて
いた。クローケの研究、マルトの目的、孤児達の
行く末、スコイルの処遇……僕に解決できなかった
問題を、父さんはどう落としどころを見つけるのだろ
うか。何やら父さんはザッカーさんとも話をして
いる。
「まず、この件で1番被害を被ったのは、息子である
エディを攫われ、危険に晒された我が家だ。この場
は一家の主である俺、ボリスに仕切らせてもらう!
異論ある者はいるか?」
父さんは通る声で、周囲に問いかけた。無論、
意義を唱えるものはいない。マルトの屋敷庭で執り
行われる私刑案発表に多くの者が固唾を飲んでいた。
「まず、刺傷を負って倒れているスコイルの者達。
お前たちはエディの誘拐に実行犯として関与し、
家の敷地で乱闘も起こした。直接的な加害という
見方では今回の中で最も重い罪だ」
実行犯と指示役……前世ではほとんど同じ罪の重さ
とされていた気がする。ただ、偏りとしてはやや
実行犯の刑罰が重くなる傾向があるので、その考え
方はこちらでも同じなのだろう。
「よってお前達は、動ける程度まで神官の治療を受け
次第、直ちにリサイドから去れ!家族がいる者はそれ
も含めてだ!今後リサイドやハディマルで見かけた
場合、ここにいるハディマルの者たちは問答無用で
粛清する。いいか」
タンブルを含む数人が物言いたそうに顔を顰める。
如何に一般の村人とはいえ、この人数で各々手に
凶器となり得る農具や調理道具を携えていれば、
数人の不良集団など目ではない。凄む村人に構成員は
怯み、渋々と頷く。所謂追放というものだろうか。
本人のみでなく家族も巻き込むというのは一見
厳しいようで、家族の分離を防ぐと考えたら温情
とも取れる……判断が難しいところだ。
「次に、ジーク。それとそれに付き従った者。そこに
並びなさい」
ジークさんを筆頭に、3人の下を向いたメンバー
が並ぶ。ジークさんだけは、正面から父さんの目を
見ていた。
「お前たちは確かにスコイルの一員として、先程
の者たちと同じ罪を犯した。だがこの場で対立し、
構成員が屋敷内に入る事を止めた功績は認める。
よって……」
父さんは、並んだメンバーの1人を拳で殴り
飛ばした。突然の事に目を丸くする残りの者。
次々と吹き飛ばされ3つの体が横たわったところで、
ジークさんの番になった。
「歯ぁ食いしばれ」
岩同士が衝突するような轟音と共に、ジークさん
の体が舞った。他のメンバーと同じく、思い切り
振り上げた拳が綺麗に頬を殴打していた。先に
殴られていた1人が頬を抑え、言う。
「え……これだけ……ですか?」
父さんは今しがた4発振りぬいた拳を緩め、
「これは半分だ」
と言った。鉄拳制裁という言葉がある。しかし、
知り合いの、しかも懇意にしている人の息子を
公衆の面前で殴るというのは、精神的にも堪える
だろう。父さんの顔はどこか悲しげだった。
屋敷の中から、服の半分脱げかけたマルトが
駆け出してきた。その姿を見た孤児達はおぞましい物
を見る目で、恐怖に引きつっていた。
「ワタシの家の前で何してるんです!?って、なん
です!?この人集りは!クロちゃん!なんだか知ら
ないけど全部やっつけちゃっ……ぶっ!!」
クローケの足蹴が、マルトの腹に突き刺さった。
「契約満了とお伝えしたはずです。あなたも静粛に
私刑を受けなさい」
悶絶するマルト。意識を失ってはいないようだが、
口の端から胃液とも唾液ともつかないものを垂らし
腹を抑えている。
父さんはクローケの方を見て言う。
「クローケ。お前は実行犯の筆頭、及び危険な実験
によってエディを傷つけようとした。未遂ではある
ものの、スコイルの連中のようにはいかない」
「……承知しております」
丁寧に頭を下げるクローケ。この辺りの洗練された
所作は貴族出身のなせるものか。
「お前もリサイドから去れ。そして今後、マルトとの
接触を完全に禁止する。もしその動きがあれば、
容赦はしない」
「……それだけ……ですか?」
「勿論違う。お前は"研究を辞める"事を許さない。
何かしら人にとって魔術を有効活用する道を模索
し続けろ。ただし、人体の負担が最小限になる方法
を探せ。世の中には魔法が使えず苦しむ者や、自ら
の力を制御できずに悩む者もそれなりの数いる。お前
はそれらを救う為に全力を尽くせ。それが"エディを
攫った実行犯として"の罰だ」
クローケの顔が驚きに満ちる。思っていた結果と
あまりにも乖離した宣言に混乱しているようだ。
「ですが、それではあまりにも……」
「軽いと思うか?まだ残っているから安心しろ」
父さんは倒れているマルトを見下ろし、言った。
「マルト。お前は今回、直接的にエディに何かを
した訳では無い。だが確実に不安や恐怖を与えた
張本人で、誘拐の指示役だ。……そこの子達。もし
この男に石を投げたい者がいれば、今しなさい。
君たちにはその権利がある」
孤児たちは顔を見合せている。少しの間黙って
いたが、全員が父さんの目を見て首を横に振った。
「なぜだ?良いのか?」
孤児の1人が1歩前に出る。全員の代表のように
絞り出すように言った。
「この人は……食事と居場所をくれました」
村の人々が、息を飲む。僕はやりきれない気持ち
になった。皮肉にも、セリカの言った通りだった。
命が天秤の片皿に乗っている。その事実の重さは、
確かに何物でも対皿に乗り得てしまう。
「そうか……これは、提案だが。ハディマルに、一軒
家を建てようと思う。空いてる土地……聖堂の隣
辺がいい。村長フー。構わないか?」
村人の中からゴソゴソとフーじいさんが現れる。
ごく短く、「よいぞ」と言って、また人混みに消えた。
「マルト。お前はハディマルへの接近を禁止する。
そして、エディ誘拐指示の罪は、ハディマルに新た
に建設される"孤児達の家"の建設、及び運用に必要な
資金の提供を要求する。この土地での沽券に関わる
ような嗜好を自ら律するなら、それだけでいい」
「はぁあ!?なんでワタシが!?」
「気に食わないならもう少し考えようか。少なくとも
今より良くなることは無いぞ。2度と子供に被害が
出ないよう去勢されるのと、子供たちから"パンを
くれるおじさん"と認識されるの、お前はどちらが
良いんだ?」
「ぐ、ぐぬぅ……」
……なるほど……僕は舌を巻いた。流れるように
事を進めていく父さんの姿は、いつもの豪快で快活な
それとはまるで違う。手練の交通整理を見ている
ような鮮やかさを感じた。
「クローケ。お前が研究をしている証拠として、定期
的に孤児達の家で治療と、失った神経の修復を試み
なさい。勿論大きな痛みを伴う事は許さない。これは
実験ではなく治療と捉えろ。子供達の警戒心は、自ら
時間をかけて解いていけ。いいな」
「なるほど……承知致しました」
クローケは改めて頭を下げる。彼にとっては、
これ以上ない温情だろう。リサイドからの追放は
マルトとの接触を途絶させる意図もあるわけか。
「最後に、ジーク率いるスコイルの諸君。お前達は
孤児達の家の管理、子供たちが自立できるまでの
世話全般、マルトの行動監視及び資金の受け取り役
を課す。……これが、残りの半分だ。わかったか?」
ジークさんの周りに3人が集まる。全員がやや
困惑した面持ちの中、ジークさんは正面から父さん
の目を見て、言った。
「……謹んで、お受けいたします」
・
・
・
晴天に浮かぶ雲を眺めながら、僕はベティの背に
揺られていた。行きとは違う穏やかな揺れに、今更
襲ってきた眠気と戦いながらジークさんの胸に背を
預けている。若草の匂いを乗せた風は、少し埃っぽく
なっていた鼻を洗うようだった。
「……疲れたろ。寝てても良いぞ」
「いえ、大丈夫、です」
父さんの淀みない采配。あれはまだまだ僕には
到底真似できそうにない。勿論全てが解決したか
と言えば、そうとも言いきれない事もある。だが、
あの場で、あれ以上の解を出せと言われても代案が
見つからないのも確かだ。
「……でも、良かったんですか?友人の事……」
「ああ。あれはボリス一家には関係の無い、オレたち
の問題だからな」
あの後、父さんに促されジークさん達はクローケ
に対する処罰を決めた。友人を屍人に変異させられた
という事は、間違いなく殺人に当たる。本来なら
許されざる事だ。だがジークさんは仲間の3人と
1人1発ずつクローケの顔面に拳を叩き込み、今後
ハディマルを訪れる際必ず友人達の墓に参る事を条件
に手打ちとした。
「……クローケを殴り殺した所で、それじゃそこで
終わりだ。あいつには自分の犯したことを忘れずに
生きて償い続けさせる。……それに、オレたちが
罰を与えるなんて、それはそれでおかしな事なんだ。
あいつらの言いなりになってたから、あんな結果に
なっちまったんだしな」
確かにそうかもしれない。でも、報復が基本の
私刑において、ジークさんの判断はかなり成熟した
倫理観だと思う。
「……あいつ達の墓、作ってやらねぇとな」
「……そうですね」
やりきれない顔のジークさん。ただ、それは単なる
悲哀ではなく、これまでとこれからを重く受け止め、
呑み込むための苦しみによる表情だと思う。残されて
いた屍人の亡骸……というのも変だが、全て村の一角
に埋葬する流れとなっている。
僕たち2人を先頭に、ハディマルの人達も荷台で
列を成して帰路に着く。振り返るとリサイドの外壁
は高く登ってきた日によって金色に輝いていた。
『しっかし、派手に殴られたようじゃな、ジーク』
ダガーからかうように言う。
「……ん?なんか言ったっすか、ダガーさん」
おちょくりに対する反撃だろうか。……にしては、
ジークさんが不思議そうにダガーを覗き込んでいる。
『ジーク……お前また、波長がズレてきとるな』
「え……?ジークさん、本当に聞こえないんですか?」
彼は頭を掻きながら困った顔をした。
「いや、なんか微かに聞こえる気はするんだが……
何言ってんのか良くわかんねぇというか……」
……マルトの屋敷突入時、彼は確かに、ダガーの
言葉に反応を返さなかった。無言の了解とも取れた
が、その実態は、これだったのか?
「ダガーさんの声聞こえないのは、ちょっと寂しいな。
仲間はずれみたいじゃねぇか」
『よう言うわい。慕ってくれる仲間はおるのじゃろ』
やはり声は届かない。
「……でかい迷惑かけたな。本当にすまなかった。
ダガーさんにもそう伝えてくれ」
「はは、本人聞こえてはいますから」
「あっははは、そうだったな」
迷惑……確かにそうかもしれないが、それだけじゃ
ない。むしろ彼がいなければ今頃どうなっていたか。
考えるだけでも恐ろしい。でもここで「いいえ」と
答えるのも少し違う気がして、僕は少々話を逸らす
ことにした。
「それはそれとして……そういえば、屍人に噛まれる
と屍人になっちゃったりするんですかね?」
「はぁ?何言ってんだお前。んなわけないだろ」
「はは、そうなんですね」
僕の中ではゾンビの印象が強くて、そんな偏見
があった。そうであれば、父さんは大丈夫そうだな。
そう。一旦は大丈夫。おそらくエディはこれから
魔法も倫理観も成熟して、立派に家族を守れる
弟になる。孤児達も明るいハディマルの空気で
陽を浴びて育つはず。ジークさんは、新生スコイル
としてハディマルとリサイドを守り、フーじいさん
いや、村長はきっと、変わらずにふいごを回してる。
……あと、心配事があるとすれば……セリカ。
僕はひとつ心に決めた。ダガーに動ける身体を
与えるには、この土地だけでは不十分だ。上半身
で振り返り、ジークさんに手を合わせて、先程の会話
からはなんの脈絡もなく、言った。
「ジークさんごめんなさい!多分僕、お仕事の手伝い
できないです!」
・
・
・
「「「た、旅に出る!!?」」」
一家の3人が大声をあげる。予想通りの反応とは
いえ、その声量に耳がキンとする。
あれから数日経ち、団欒の食卓は少しだけ落ち着き
を取り戻した。汚れ破損したテーブルや椅子は村の中
で余っていたものを譲り受け、勝手口は真新しいドア
が嵌った。まだ所々に修復が追いついていない部分も
あるが、すぐになんとかなるだろう。
「……どうしたの?急に」
心配そうな母さんと、目が飛び出るほど見開いた
父さん。エディは単純に、よくわかっていない
ようだ。
「突拍子もなく聞こえるよね。ごめんなさい。……でも
少し前から考えてたんだ。僕の目標は、この土地に
留まっていては叶わない。それは確実なんだ」
『デニス……お前……』
「目標ってなんだ?父ちゃんにもわかるように話して
くれ。驚きすぎて髭が抜け落ちるかと思ったぜ」
外れかけた顎をはめ直すように、父さんが言った。
確かに、急に自分の子供がこんな事を言ってきたら
驚くのも無理はない。でも、僕は
「約束、したんだ。ダガーに身体を与えるって。
僕はその方法を探すために、世界を巡りたい」
両親が顔を見合せている。
「あ、えと、今すぐってわけじゃないよ!今のまま
だと、まずどこに向かって良いかも分からないし!
だけど、近々。村を発とうと思います」
沈黙の後、父さんがテーブルを叩く。
「……わかった!行ってこい!」
「あなた!?」
「惚れた女との約束だろう!それくらい守れなくて、
何が男だ!俺は許す!ガッハッハッハ!!」
惚れた……女?何を言ってるんだ、この人は……
『デニス……親父は何を言っとるんじゃ……?』
「ごめんなさい、よくわかんないです……」
おかしな理屈で納得してくれた父さんに対し、
母さんは冷静だ。僕と同じ呆れた顔で父さんを
見ている。頭を抱えてため息をひとつついた後、
優しく諭すように言った。
「デニス。旅に出るなら、色々準備が必要でしょ?
後で何が必要なのか。書き出してちょうだい」
「……許してくれる、ってこと?」
「父さんは言い始めたら聞かないのよ。あなたも
知ってるでしょ?……ただし、気が向いたら手紙
くらいは寄越しなさい。あと、辛かったらいつでも
帰ってくること。良いわね」
これを言える両親が果たしてどれ程居るだろうか。
皮肉にも、セリカに言われた言葉を思い出す。
僕は……恵まれてる。
「……ありがとう!準備できて、出発の目処立ったら、
また報告するね!」
僕は玄関から飛び出し、上を見上げた。風に乗り
一様に流れる雲が、ちぎれ、合流して、形を変える。
僕はこの先に広がる世界に思いを馳せて、日に向けて
手を突き出した。滑って、転んで、そして僕は
これからようやく立ち上がる。
空はどこまでも、青かった。
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