第3話・綺麗で奇妙な魅惑の短刀

 エディの魔法が開花してから少し経ち。今日は

父さんの仕事は休みらしく、朝から騒がしい声が

響いた。


「デニス!起きてるか!エディも、出かけるぞ!」


 出かける?こんな早くから?


「起きてるよー。エディはまだ寝てる」


「ザッカーさんのせがれさんがな、用事のついでに

馬車の荷台に乗せてくれるって話になっててな。

隣町まで行くぞ。久々の遠出だ!準備しろー」


 また随分と急な。母さんは既にパタパタと色々準備

をしている。僕やエディの出かける用意といえば、

服を着替えて靴を履く程度だ。ザッカーさんの息子

さんといえば、ジークさん。親子で荷運びの仕事を

している家庭だったはずだ。


「どうしたの?急に。今日出かけるなんて話、

無かったよね?」


「ガッハッハッ。当たり前だ!隠してたからな!」


「え?なんで?」


「今日はお前の誕生日だ!内緒にしておいて驚かせて

やろうと思ってな!」


 そうなのか。誕生日を忘れていたと言うより、把握

しにくいと言った方が正しいかもしれない。元いた

世界のようにカレンダーなんて便利なものはなく、

村長が毎日小石をひとつずつ家の前に積む。村人は

それを見て大体の日付や季節を把握するのだ。1年は

大体360日と、元の世界と大差はない。手伝う工房

が村長さんの家の隣である関係で、日付の確認役は

大抵父さんだ。


「今日はお前の欲しい物をひとつ買ってやろう。

おっと、あんまりべらぼうに高い物は却下だぞ。

常識の範囲でな。お前ならわかるだろ?」


「わかってるって。ありがとう。……あ、でも、多分

僕にだけ物を与えたらエディがごねると思うから、

何かお菓子でも買ってあげられないかな」


「まぁ、別にそれは構わんが……今日はお前が主役の日

だからな。それは忘れるなよ」


 うん。と頷き、僕は服を着替え始めた。今の時間

から馬車で行くとなると、隣町のリサイドに到着する

のはおそらくお昼頃だろう。母さんが編みかごに簡単

な食事を用意しているので、昼食は荷台の上で摂る

事になるだろう。


「兄ちゃん、眠い……」


「ごめんな、リサイドに着いたら父さんにお菓子

買ってもらおうな」


「リサイド!お菓子!着替える!」


 一気に目が覚めたようで、エディはシャカシャカと

大袈裟な動きで着替えを始めた。あらかた全員の支度

が終わったところで、図ったように蹄と車輪の音が

響いた。人の良さそうな青年がこちらに向かって手を

振っている。


「ボリスさーーん。お待たせしましたーー」


 ジークさんは馬を落ち着かせるように宥めている。

この村ではそこそこ早い時期から家の仕事を手伝う

ことが多いため、遊び仲間は意外と限られる。少し

年齢差のあるジークさんとは久しぶりに会った気が

する。


「悪いなぁ、頼んじまって。今度1杯奢るぜ」


「あはは、すんません、オレ酒苦手なんすよ」


「ありゃ、そうだったのか。がははは」


 4人が荷台に乗せてもらう。僕は小さくお辞儀して

「お世話になります」と言った。


「デニス君、そんな改まるなよ。もっと気軽に、な」


「は、はい、ありがとうございます」


「あっはっはっは、硬ったいなぁー!まぁいいや。

じゃ出発しますね。乗り心地最悪で揺れるんで

みんな気をつけてくださーい」


 馬車は、ガタゴトキィキィと音を立ててゆっくりと

進み出した。少し進んで、ふと思った。


(これ、車輪滑らせたら、少しは馬が楽かな)


 車輪自体を滑らせてしまうと横滑りが怖い気がする

ので、車輪の軸に向けて《滑れ》と念じてみた。

相変わらずガタゴトと揺れるが、キィキィという軋む

音は消えた。……多分、気持ち程度の変化だろうな。


「ジーコ君だったか?聞いてくれよ!うちのエディ

がな、この歳でもう魔法が使えてな!」


「ジークっす。エディ君すごいっすねぇ。うんうん。

でもボリスさん、ここ何日かでもう既に、木に成る

実の数程聞いてますよ、オレ」


「そうだったか?すまんすまん、自慢したくてなぁ」


「オレに直接言ったのは初めてかもっすが、ボリス

さん声デカいっすからねぇ。よく聞こえてくるん

すよ。エディは天才だー!って」


 ケタケタと笑いながらジークさんは誇張して父さん

の真似をして言った。


「あれ、そういえばボリスさん斧持ってきたんすね」


「まぁな。雨が降りそうなら帽子を持って家を出る

だろ。それに、ここ最近嫌な噂も聞くからな」


「それもそうっすね。備えるに越したことはないっす」


 この世界には、野生動物のように魔物が存在する。

野生動物と野生魔物の境界線はかなり曖昧だが、何か

しら分類自体はあるらしい。人里にはあまり出て

こないし、もし姿を現した場合は村の力自慢達に退治

される。前世ではよく人里に熊や猪が降りてきて駆除

された、なんてニュースをよく見ていたが、それと

似たような事がこの世界でも日常的に行われている。

この街道は草原の中を突っ切る形で伸びており、魔物

の発生も度々報告されているらしい。父さんはそれを

警戒し念の為薪割り用の手斧を持参したようだ。


「そういやエディ君は火を起こせるんでしたっけ。

デニス君はどうなんすか?」


「デニスも凄いのよ。物を滑らせることが出来るの。

もう私助かっちゃって。重いものでもなんでも

こう、すいーっと動かせるのよ。特に家事とか

模様替えの時に凄くありがたくて……あらやだ、

私親バカみたいね」


「物を、滑らせる……?それは魔法なんすか?」


「魔法かどうかは、ちょっとわからないです」


 不思議そうな顔をするジークさんに僕は答えた。

正直本人もこれが魔法かどうかはよくわかって

いないのだ。


「いやぁしかし、凄い子達っすね。オレなんか

なーんも出来ねぇから、親父にあーだこーだ

言われて毎日耳がいてぇのなんのっすよ。

この前も親父のやつ、オレは馬車は良いけど

馬に乗るのが下手だのなんだのって……」


 ……あれ?急に睡魔が襲ってきた。朝が早かった

からだろうか。でも普段と起きる時間自体は大差

ないだろうし……



……などと考えてるうち、どうやら僕は眠りに落ちて

いたらしい。体をゆらされ起きた時には、既に遠く

にリサイドの街が見えていた。


「デニス、起きた?お腹すいたでしょ。

ちょっと食べておきなさい」


「んー、ありがとう」


 サンドイッチ状の軽食を手渡され、寝ぼけ眼

のままそれを口に運んだ。薄い燻製肉と葉野菜

だけのシンプルなものだが、シンプル故の調和が

生まれてとても美味しい。


「もう少しで着くからな、ベティ。あと少し

頑張ってくれ」


 馬に向かって語りかけるジークさん。それに

返事するように、馬のべティは鼻をぶるるる

と鳴らし、耳をパタパタっと動かした。


 まだ少し重たい疲れを感じるが、街が近づく

のと共に体も回復してきて、街の入口に到着

する頃にはすっかり元通りになっていた。


 荷台から降りると、ジークさんは言った。


「帰りも送ってきますんで、用事終わったら

ここに集合って事にしましょう。べティと馬車は

一時的に預けておきますが、まぁオレの用事

の方が早く終わると思うんで待たせることは

ないと思います」


「ありがとうジード君。帰りも頼むよ」


「ジークっす。うっす」


 彼はべティの手綱を引いて街入口横の厩舎の

ようなところに連れていった。


「さて、じゃ先にお菓子を買いに行くか。行くぞー

エディ!」


「わーい」


 父さんはエディを連れてさっさと街に入って

いった。全体的に大きな石を積み上げたような

外観のリサイドは、城壁のように街の周りを塀で

囲い、魔物などが侵入しにくい作りになっている。

少し遅れて、僕と母さんも入口の門をくぐった。


「デニス。あなた馬車の上で力使ってたでしょ」


「あれ、気づいてたの?」


「そりゃそうよ。あなたが寝ちゃった直後に、

馬車の車軸が軋み始めたもの。少し長い時間

使ってたから疲れちゃったんじゃない?」


 そうなのかもしれない。多分エディの魔法を見て

僕も何か役に立とうと少し躍起になっていたの

かもしれない。母さんの察しの良さに驚く。


「無理に役に立とうとしなくていいのよ。それは

過度になると、そのうち自分が苦しくなるわ」


 貧乏くじを自分から引きたがる、みたいな事は

前世で言われてた。でも多分、今世で役に立ちたい

のは、本心だと思うのだが。認めてくれる人がいる。

それに、応えたい。


「でもありがとね。きっとお馬さんもちょっと

楽だったと思うわよ」


「うん、……どういたしまして、なのかな」


 父さん達は既にだいぶ先に居て、もう目的の

お菓子屋を物色しているらしい。この街の店は

建物の中にも無くはないが、その多くは屋台のよう

に表に簡単な屋根と陳列棚を並べた様式だ。


 エディがお菓子の入った小ぶりな麻袋を店主から

受け取った時、ちょうど僕らは合流した。


「さぁ!次はデニスの番だ。何がいい?好きなものを

選べ。がははは」


「うん。少し見て回っていいかな」


「もちろんだ!」


 この街はそこそこ入り組んでいる。あまり人の

寄り付かない路地もあるらしく、大抵そのような

所への入口には樽や木箱に腰掛けた目つきの悪い

人達が睨みを効かせている。関わらなければ何も

問題ないのだが、前世のコンビニ駐車場に溜まる

学生集団のようで、視線を合わせるのは憚られる。


 特に宛もなく少し歩き回りいくつか屋台を通り

過ぎ、……ふと声をかけられた気がした。そこは

少し古い道具や装飾品の並ぶ店だった。やや目の

くぼんだ店主が無愛想に座っており、煙管のような

喫煙具をふかしている。


 僕は吸い寄せられるように、棚の一角に置かれた

短刀に近づいた。


「お、剣か。それもいいかもな。鍛冶屋の息子らしい」


「危なくないかしら?」


 後ろで両親が話し合うのをよそに、僕はその短刀に

釘付けになった。やや反りのある片刃の刀身。包丁

など料理に使う刃物以外は両刃が多い中、鍔のある形

で片刃は珍しい。全長は僕の肘から指先くらいで、

そう長くは無い。柄は空のように澄み渡った青色で

見る角度によって少し水色のようにも見える。控えめ

に左右に伸びた鍔の真ん中には少し大きめの紫の宝石

が収まっていた。


「おぅ、ボウズ。その剣が気に入ったかい」


「はい……なんか、すごく綺麗で」


「そいつぁ見た目の割に安くしてある。どうにも

少々いわく付きでな。色々廻ってうちに流れ着いた

品だが、持ち主達がなーんか気味悪がるんだよ。

こんなに綺麗なのにな」


「そうなのか?少し変わってはいるが、俺には結構な

業物に見えるぜ?剣を見る目にはちっとばかり自信が

あるんだ。ちょっと見せてくれ」


 父さんはその短刀を手に取り、その瞬間表情が

激しく凍りついた。


「お、おい店主さん、こりゃなんの冗談だ。信じ

らんねぇ重さだ。こんなもん、どうやったって

振り回せねぇだろ……!ダメだ、持ってらんねぇ」


「そうか?そんなに重いとは思わんが。アンタ

見た目より非力なんじゃぁないかね」


「バカ言うな!俺は毎日槌振り下ろしてんだよ!

現代の鍛冶王様を舐めんじゃねぇ!」


「……アンタ、言うに事欠いて何抜かしとるんだ。

司祭様にアタマでも見てもらえ」


 この剣、重いのか。


「やめとけデニス。お前じゃ無理だ」


「そうかな?店主さんはこれを毎日ここに並べている

んでしょ?なら持ち上がらないのは不思議だよね。

……店主さんちょっと持ってみていいですか?

父さんがこんなに言うなんて、どのくらい重いのか

気になってしまって」


「おお。いいぞ」


 片手で持つ前提の短めな柄は、手に吸い付く

ようにつかみやすい。滑らかな表面は滑り止め

など一切ないのにその緩やかな曲線のせいか

滑る気がしないほどしっかりと握れた。グッと

力を入れ……羽のように軽く・・・・・・・持ち上がった。


「え……?軽い……」


「で、ででデニス……???おいおいおい、

どうなってんだこりゃ」


「ハーッハッハッハ。親父さん、息子をからかっちゃ

いけねぇよ。ボウズびっくりしてんじゃねぇか」


 ……違う。からかってるんじゃない。父さんは

本気だ。これは僕を驚かせる演技なんかじゃない。

その証拠に、僕が短刀を持ち上げた後でも驚いた

表情が依然として変わらない。父さんはそんなに

演じられるほど器用ではない。


「ねぇ父さん。試しに僕からこれ受け取ってみて」


 くるりと柄を父さんの方に返す。「お、おう、」

と恐る恐る柄を握るのを確認し、僕は刃から手を

離した。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぁ!」


 やっぱりおかしい。僕の手が離れた瞬間、

父さんの顔が苦悶に満ちた。やっぱりものすごく

重く感じているらしい。持つ人によって、重さが

変わる、あるいは重さが違って感じるのかな。


 いわく付き、現におかしな現象が起きてる。

多分両親はこんな妙な物を息子に与えるとなれば

不安になるだろう。でも、僕の中の何かが、

御しきれない好奇心が、意思を追い抜いていた。

前世では踏み出せなかった足が、前のめりに1歩

進み出る。


「父さん!僕……これが欲しい!」

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