第4話 初デート
その後、二人はいつも通り一緒に登校するようになり、そして。
「テスト終了~」
最終日を終えた織姫が、そう言って大きく背伸びした。
「お疲れ」
菜央がそう言って、ポンポンと織姫の頭を叩いた。
「むぅ、子供じゃないもん」
「いやいや、あたしが保護者であんた子供でしょう」
「そんなことないもん~!」
織姫がギャアギャア騒ぐ。
「ま、はれてテストも終わり。後は結果がどうなるかってだけだし、昼一緒に食べて、午後はゲーセンでも行こうか?」
「ゲーセン! 行く行く!」
「あ、でもテスト期間中は制服で遊び行くの禁止だっけ」
「そういえばそうだったね」
「んじゃ着替えて、駅前に12時半に集合で」
「分かった~」
そう言って、途中まで二人は一緒に帰り、それぞれの家へ向かうところで別れた。
「特に決めてないけど、ちょっと肌寒いし、これでも着ようかな」
菜央は家に着くと、ササッと着替えを済ませた。
「お母さん今日は友達とお昼食べてくるから」
それだけ言って、菜央は家を出た。
家を出た菜央は、駅前へと向かう。
「さてと、そろそろ時間だけど」
ジーンズに、上はシャツを下地にピーコートを着た菜央はスマホで時間を確認する。
「お待たせ~」
そう言って、織姫がトテトテと歩いてきた。
「あんた、そりゃ小学生と間違われるでしょ」
黄色のロングスカートに、上はキャラ物のシャツ、その上に寒さ防止でデニムジャケットを着ていた。
「そんなことないよ。私はもう高校二年生なんだから!」
その自信はどこから来るのか……。
菜央は呆れながら溜息を吐いた。
「あー、幸せが逃げて行っちゃう」
「そんなこと言われても……。とりあえずお昼食べてから行こうか」
「はーい」
「何か食べたい物ある?」
「うーん。あんまんは朝って決めてるから……」
「初デート記念にちょっとだけ贅沢していつも遠慮している喫茶店にでも行こうか」
「そ、そうか……今日は初デート」
カチカチになった織姫が言う。
「あ、あたしもちょっとは意識しちゃうけど、いつも通り遊ぶだけなんだから、気軽に行こう?」
「そ、そうだね!」
そう言って、二人はすぐ近くの喫茶店に入った。
「わぁ、お洒落だね~」
中に入った織姫は目をキラキラさせて言う。
「ちょっとの贅沢じゃ済まないかもねこれ……」
そう言って、菜央は引き攣った笑いを浮かべた。
店員に案内され、二人は奥の二人席へと座った。
「どれが美味しいんだろうね」
「んー、多分値段的に全部美味しい……」
メニューを開いた菜央が言う。
「私もメニュー見るね」
「ん? ランチセットは結構お得かも」
「どれどれ?」
「スープとドリンクが一杯付いてくるやつ」
「あー、これか」
織姫はじっとメニューを見る。
「私決めたよー」
「早いな! もうちょっと待って」
「はーい。でもお腹が空いたから早く~」
どっちだよ! と菜央は心の中でツッコミながら、メニューを再度見る。
「よし、あたしも決めた」
「すいませ~ん、注文良いですか~」
織姫が手を挙げて店員を呼ぶと、この喫茶店の店長らしき、年配の女性がやって来た。
「えー、ご注文お伺いします」
「ミートソーススパゲティのランチセット! ドリンクはオレンジジュースでお願いしまーす」
「えっと、あたしはアサリとホタテの海鮮スパゲティ、ドリンクはアイスコーヒーで」
「はいはい」
そう言いながら店員はサラサラと注文票に字を書いて行く。
「良かったねえお嬢ちゃん」
「?」
いきなり声を掛けられた織姫は首を傾げる。
「お姉ちゃんか、ちょっと若いけれどお母さんかい? 今日は誕生日祝いとかかね?」
「ち、違いますよ」
菜央が否定する。
「店員さん、私は高校二年生でこの子も二年生です!」
菜央がそう言うと。
「そうだったのかい? こりゃちょっと失礼だったね。割引してあげるから」
「そんな、悪いですよ」
「気にせんでええんよ。学生さんはお金厳しいの知っとるから」
「は、はぁ。じゃあお言葉に甘えて」
用件が済むと、店員は注文票片手にキッチンへと入っていった。
「むぅ~」
織姫が少し不機嫌そうに言う。
「絶対服装のせいでしょ」
「そんなことないよ~。菜央もオレンジジュース頼んどけばこんなことにはならなかった筈!」
「子供にあげるお母さんになっちゃうじゃん、あたし」
「私はもう高校生だってば~」
「あははっ、はいはい」
そんなとりとめもない話をしていると、先にドリンクが運ばれてきた。
「なんか凝ってそうなオレンジジュースとアイスコーヒーだね」
菜央はジッとグラスを見る。
「味見して確かめよう~」
そう言って、織姫は一口含んだ。
そうして飲み込む。
「いつものオレンジジュースより全然美味しい!」
「コーヒーも香りが違うな、どれ」
菜央も一口運んだ。
「この美味しさでこのお値段、安く感じるね」
そう言って菜央はもう一口飲んだ。
「オレンジジュース美味しいけど、このペースで飲んじゃったら無くなっちゃう。すいませーんお水くださーい」
織姫はそう言って水を貰った。
「これ、薄めたら美味しくないかな?」
「いやさすがに失礼でしょ、我慢しなさい」
そう言って織姫がチビチビジュースを飲んでいると。
「お待たせ。スパゲティだよ」
そう言って年配の女性店長が二つ、皿を運んできた。
「うわぁ、美味しそう! 写真撮ってもいいですかー?」
「構わないよ。お嬢ちゃんは変な事に使うようには見えないからね」
「あ、あたしも」
「それも大丈夫だよ」
店長が離れた後、二人はそれぞれ写メを撮り、そして。
「「いただきます」」
そう言って一口食べた。
「ん~! 美味しい!」
織姫はニコニコ笑顔で言った。
「あたしのもめっちゃうまい、やばい出来るなら通いたいレベル」
菜央も驚いた顔で、二口目を運んだ。
「とと、ジュース♪ ジュース♪」
織姫はオレンジジュースを飲む。
「ぷはぁ、この組み合わせ最高だよ」
「これを割り引きしてくれるって、なんだか気が引けるなぁ」
そうこうしている内に、二人は食べ終えた。
「ご馳走様~、ボリューム満点! お腹いっぱい~」
「あたしも、って織姫」
「?」
織姫は首を傾げる。
「口の周りソースまみれだよ」
「なんと」
織姫はテーブル脇にあったナプキンで口の周りを拭く。
「これでどう?」
「ん、大丈夫」
そうして二人は席を立った。
「すいません、お会計お願いします」
「はいはい、二人で二千円だよ」
「え!?」
菜央が声をあげる。
「ちょ、ちょっと待ってください。確かランチは一人千五百円じゃ?」
「言ったでしょう? 割引してあげるって」
「でも、そこまで安くしていただけるとちょっと悪いような……」
「菜央、ここはそれで良いと思うよ」
織姫はそう言って、千円札を出した。
「じゃ、じゃあ。どうもありがとうございます」
「気を付けて遊ぶんだよ~」
そんな言葉を掛けられながら、二人は店を後にした。
「織姫」
菜央が声を掛ける。
「なんであの値段で良いって思ったの?」
「なんとなくなんだけど、おばちゃん、私と菜央の何かの記念日だって気が付いてたと思うの」
「な、なるほど」
「そう言う気持ちには素直に応えなくちゃ、失礼でしょ? だから私はこれで良かったと思う」
「そうだね。織姫の言うとおりかも」
菜央も納得した様子だった。
「さて、この後は……ゲーセン?」
「うん!」
そう言って、織姫は手を差し出した。
「えっと、織姫……この手は?」
「繋ぐの!」
そう言って、織姫は菜央の手を取った。
「あはは……町中で手を繋いでる女の子をよく見かけるけどさ」
「うん?」
「恋人同士って考えると、恥ずかしいな……って」
「き、気にしないの!」
気付けば、織姫の顔は真っ赤になっていた。
「ま、そうだね。気にしないでいこっか」
そう言って、手を繋いだ二人は歩き出した。
「それにしても」
手を繋いだまま菜央が言う。
「あたし達は恋人って言うより、姉妹とかに見られてそうだね」
「私は大人なのー!」
余った方の手をブンブンと振る織姫。
「はいはい」
「はい、は一回!」
いつもと逆の役回りになったと、菜央は思った。
「あ、そういえば」
「ん? どしたの?」
菜央が聞くと、織姫は菜央をグイグイと引っ張ってある方向へと向かい、そして言った。
「デザート食べてない!」
そう言う二人の前には、車の屋台風のクレープ屋があった。
「あー、そうだね」
そう言って、菜央は織姫と繋いだ手を解いて、鞄から財布を出した。
「菜央、何してるの?」
「ここはあたしが出すよ」
「えっ? どうして?」
織姫が聞くと、菜央は織姫の耳元でぼそぼそと。
「こういうのは、彼氏が出す事多いし」
「あぅ……」
菜央の言葉を聞いた織姫は、急にしおらしくなった。
「さ、好きなの選んで……って格好良く言いたいところだけど、千円までの奴で」
「大丈夫、菜央はもう充分格好いい!」
そう言って、織姫は、んー、とうなりがなら選びはじめた。
「イチゴも欲しい、でも、甘いチョコソースも魅力的……」
そんな風に悩んでいる織姫に。
「やぁ、お嬢ちゃん達、姉妹でお出かけかい?」
クレープ屋の男性店員が言った。
「いや、あの、私達は姉妹じゃなくて……」
「高校生の! こ……じゃなくて友達同士です!」
「あっはっは! 済まないね! そっちの子が小さくってつい」
苦笑する菜央。
「小さいって言わないで欲しいです! これでも高校生なんですから!」
「ほぉ、じゃあこれはどうする?」
「え?」
織姫が言うと、店員はクレープを焼きはじめた。そして。
「イチゴインチョコソース&フルーツ詰め合わせクレープ!千五百円を千円だ!」
「わ、割引ですか?」
「わー! 欲しい!」
「ただし条件がある!」
そう言ってテンションが更に高くなった店員が言った。
「小さいと認めたら!」
「なっ!?」
稲妻が走るような衝撃を受けた織姫、しかし。
「小さい……ううん、けど大きくなる……いや、でも今は小さい」
真剣に認めるか悩んでいた。
「て、店員さん、失礼ですがいくらなんでも」
少しだけ、むっとなった菜央が言おうとすると。
「はい、千円」
店員は弾けるような笑顔で、それを織姫に差し出した。
「え、でも私は小さいとか……」
「さっきのは冗談だよ! 今週はテスト終わりの女子高生で売り上げも上がっててね! ちょっとサービスのついでに、トークで盛り上げてるのさ!」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
菜央は店員に千円札を渡した。
「また来てくれよなっ!」
ビシッと二人を指指して言う店員。
「き、機会があれば」
「またきまひゅ!」
織姫は早速クレープを頬張っていた。
そうして、少し離れたところでベンチがあったので二人は腰掛けた。
「んー、美味しい!」
織姫はそう言って、満面の笑みを浮かべた。
「あたし、彼氏ぽかった?」
「まぁ、そう思ったけど、どうして菜央が彼氏側なの?」
「ちょっとは自分の方向性を考えて見なさい」
菜央が言うと、織姫はクレープを一口食べ、そして。
「……確かに」
とだけ言った。
「私、彼女側なんだね、それで菜央が格好いい彼氏」
そう言って、織姫は菜央の肩に、体を預けた。
「これから、よろしくお願いします」
「……うん」
あむあむとクレープを食べる織姫。
そんな織姫の頭を、そっと菜央は撫でた。
そうして、クレープも食べ終え、二人は目的地に着いた。
「やっとゲーセン着いたね!」
「そんなに歩いてないでしょうが、まぁ、寄り道が多かったのは認めるけどさ」
「うー」
織姫が小さく唸る。
「どした?」
「ちょっと冷えてきた」
季節は秋、しかし、既に外は冬に近い寒さ。
「そうだね、中は暖房付いてるだろうから入ろうか」
二人は自動ドアが開いたので、中に入った。
「いやぁ、いつ来てもここは」
「菜央?」
「UFOキャッチャー多いね」
「だから良いんでしょ、菜央」
「まぁ、あんたの得意分野だし、今日は何を取る気なの?」
「とりあえずアームの力と、景品の重さが……」
「ガチすぎるでしょ!?」
相変わらずの織姫に、菜央はツッコミを入れた。
「まぁ、良いやつを見つけるところからはじめる!」
そう言って、織姫はキョロキョロと辺りを見渡した。
「これ良さそうかも! あ、こっちも! うーん、選びきれない~!」
一人で楽しそうに悩む織姫の姿を見ていたら、菜央はふと口元が微笑んだ。
「織姫、これはどう? このシリーズ、集めてたでしょ?」
「あ! うん! これいいかも、ありがと菜央!」
そう言って笑いあう二人。
「これは織姫の計算だと、何百円で取れそうなの?」
「うーんと」
織姫は打って変わって真剣な目で覗き込む。
「七百円かな」
「いつも通り千円以内だね、じゃあお手並みをみせてもらおうかな」
「任せて~」
そう言って財布を出した織姫はまずおまけで一回多く出来る五百円を入れた。
「まず、ここをずらして」
一回目。
「次に、こっちにちょっと引き摺って」
二回目。
「あとは徐々にこちら側へ……」
そうして五回終えた織姫は。
「菜央、あと二百円で取れるよ!」
そう言ってまた財布から二百円取り出す織姫。
「最終調整でこうかな?」
「ほんと、織姫はUFOキャッチャー得意だよね」
「うん! はい、これで取れ……ましたっ!」
下のカゴから景品を織姫は取り出した。
「じゃあ、次は?」
「えーと、バッティングやる! 今日こそホームラン打つの!」
「バッティング……ここ安く打てるからね~、あたしも久々にやろうっと」
そう言って二人は、敷地内のバッティング場へ移動した。
敷地内と言っても外。織姫と菜央は、それぞれ防寒着を脱いだ。
「まずはあたしから」
「菜央~、頑張れ~」
「球速は百キロ、球数三十っと」
設定した菜央は、硬貨を入れようとして、一旦手元を止めた。
「そういえば今のホームラン景品は何?」
「えーっと、あ、これの色違いがあるよ」
そう言って、織姫がぬいぐるみを抱きながら、手を振った。
「じゃあ、ペアになるように頑張らなきゃね!」
菜央は硬貨を入れて、バットを振り上げた。
そうして、一球目が飛んでくる。
キィン!
小気味よい音と共に、打球が飛ぶ、しかし、精度が悪かったのか、飛距離はそれほどではなかった。
「まだまだ!」
十、二十、と打ち続ける菜央。
「あと三球か……」
「頑張れ菜央ー~!」
織姫がそう言って菜央を応援すると、菜央はそれに応えるように。
「これで!」
キィィン!
その打球はホームラン判定の枠に見事に入った。
「やった! 菜央すごい! かっこいー!」
「そんな、大袈裟な」
そう言って気を抜いた菜央。
ボスっと、残りの球が飛んで来て、キャッチャーネットで止まった。
「油断した!」
「私のせいだ! ごめんなひゃい!」
結局最後の一球も打てず、菜央は打席から出た。
「ふぅ、暑い暑い」
「良い運動になった?」
「うん、あ、景品貰ってくるね」
「はーい」
そうして何事もなく、景品を貰った菜央。
「織姫の取ったピンク、あたしが取ったオレンジ」
「私ピンク好きだから、このまま分けて良い?」
「もちろん」
菜央がそう言うと、織姫は持っていたぬいぐるみと、防寒着を菜央に手渡し。
「私も打つぞ~!」
そう言って、備え付けのバットを持ち上げる。
「ふぁぁ、ふぬっ! ぬっ! お、重い」
「こっちの軽めのやつにしなよ」
そう言って、菜央が別のバットを手渡した。
「これなら何とか振れそう!」
「じゃあ、球速は一番遅い八十で」
菜央が設定すると、織姫は打席に立った。
第一球。
「ふーん!」
織姫は大きく振るったが、空振りだった。
「面目ねぇ……」
「もっとバットを短く持って!」
菜央が織姫に指導する。
「こ、こう?」
「そうそう! そのまま! ピッチングマシーンの球はあまりぶれなから、場所を覚えて、織姫の得意分野でしょ」
「そ、そうだ! 私頑張る」
そうして十球ほど。
「ダメだ~、当たらない~、あぅ」
全て空振りだった織姫。
「諦めちゃダメだよ! 織姫、集中して!」
「うん! 次こそ」
そう言って、織姫が振るうと。
コキン、と僅かに掠めた。
「菜央! 当たったよ!」
「良い調子良い調子!」
そこから先の球も、掠める程度だが当たり続けた。
「あと二球か、織姫、疲れてない?」
「つ、疲れた……」
「じゃあ、ここでおしまいに……」
「出来ないよ! 菜央が教えてくれたんだもん! せめて一回くらい!」
「……織姫」
織姫は目を尖らせて、ピッチングマシーンの方へと振り向いた。
そして
ギィン!
ぼてぼてのゴロだったが、織姫は球を打ち返した。
「最後も!」
しかし、最後は振る速度が遅れ、空振りに終わった。
「あ~、疲れたよ~」
そう言って、近くのベンチに座った織姫。
「お疲れ様、そしてよく頑張ったね」
菜央はそう言って、織姫の頭を撫でた。
「あれでも、一応当たり?」
「うん、あんた運動苦手でしょ? 当てられただけでも上出来!」
そう言って、菜央は右手でグッド、とポーズした。
「えへへ」
織姫は笑顔だった。
「ちょっとだけど汗かいちゃったね」
「うん、でもまぁ大丈夫だよ!」
織姫がそう言うので
「まぁ、確かにそうだね」
そう言って、二人はちょっと体を冷やしてから、店内に戻った。
「なんだかんだで結構時間経ってるね」
スマホを取り出して、時間を確認した菜央が言った。
「じゃあ次で最後!」
「次って、何?」
「こっち!」
そう言って菜央を引っ張る織姫。
「……プリクラコーナー?」
「そう、記念日の写真撮るの!」
「あはは……あたしプリクラは苦手」
「うぅ……ダメなの?」
ウルウルと上目遣いで、織姫は菜央を見る。
「しゃーない。可愛いお姫様の頼みだしね」
「やったー! って、お姫様!?」
菜央の言葉に、織姫が驚いた。
「……自分で言って恥ずかしくなって来た」
カァ、と顔が赤くなる二人。
「とりあえず入ろう入ろう!」
そう言って二人は再び防寒着を脱いで、プリクラの機械の中に入った。
「菜央、六百円だって」
「お、ちょっと安いじゃん」
「そうなの?」
首を傾げる織姫。
「ん? もしかしてあんた」
「私プリクラ初めて!」
元気よく手をあげて織姫が言った。
「おいコラ」
「あぅ!」
チョップを受けた織姫。
「あたしもそんなに来たことないんだから、説明を良く聞くしかないね」
「うんー、菜央三百円ある?」
「あるよ」
二人で折半してコインを投入した。
「なるほど、写真に文字とか絵を描けるんだね」
「そこも分かってなかったんだ……」
呆れる菜央だった。
「まぁ大丈夫だよ! 菜央、撮影始まっちゃう!」
そう言って、織姫は菜央の腕に絡みついた。
「絶対こういうことしてくると思った」
そう言いつつ柔らかな笑顔で、菜央はカメラの方を向いた。
パシャ。
一枚目の撮影が終わり、残り二つとなった。
「次のポーズ……」
「次は普通に二人でダブルピースで行かない?」
「菜央が言うなら!」
そうして無事、二枚目の撮影を終えた。
「菜央、最後は?」
「これだよ!」
そう言って菜央は、織姫をお姫様だっこした。
「えぇ! は、恥ずかしい!」
「ほら撮影始まるよ! カメラの方に向いて!」
そうして何事もなく撮影を終えた二人は、移動する。
「ここで、色々書くんだねー」
ペンを持って座った織姫が言う。
「そうそう、三分以内に」
「け、結構急がないといけないね」
一枚目には、菜央と織姫が二人で書いた。
記念日! 仲良し!
そんなシンプルな文字を、二人で書く。
「菜央は二枚目書いてー、私が三枚目書くから」
「? 別に良いけど」
菜央はそう言って、二枚目を選択して、そして見た。
「……」
菜央はササッと、筆を走らせる。
「あたしは出来た、織姫は?」
「出来たよ」
と、ここでそろそろ終了の合図が鳴る。
「二枚目、周りに装飾付けとくか」
そうして菜央が一加えして。
「出てくるよ!」
プリントが出てくる場所で、織姫がわくわくして待っていた。
「うん、あ、落ちてきた」
菜央が言うと、織姫はそれを取り出す。
「えへへ、菜央が二枚目に色々書いてくれてる」
「そういうあんたの三枚目は?」
「これこれ」
そう言って、菜央にプリントを差し出す。
織姫 彦星 だけど二人はずっと一緒
「織姫、これって?」
「私の名前、それからお父さんお母さんが私の名前について考えて付けたから、彦星みたいな、いい人に巡り会えます様にって」
そう言う織姫は、少し不安そうな顔をしていた。
「どうしたの、ちょっと顔が……」
「ホントに、ずっと一緒に居られるかな?」
スカートの裾をきゅっと握り締めて、織姫が言った。
「大学を卒業して、仕事に就いて、日本では同性婚は出来ないし……そう考えると、ちょっと怖い」
小さく震える織姫。菜央は、そんな織姫を。
「大丈夫だよ」
そう言って、優しく抱きしめた。
「心配要らない、あたしは織姫の傍に居続けるから」
「うんっ」
菜央の言葉を聞いた織姫は、笑顔に戻ると。
「お返し!」
そう言って、菜央の背中に手を回した。
「抱きしめあいだー!」
「あははっ、やっぱり恥ずかしいね」
そうして少しの抱擁の後、二人は離れた。
「じゃあ、今日は帰ろう!」
「その前にこれを切り分けないと」
菜央はそう言って、織姫もそれに従い、そして駅前で二人は別れた。
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