織姫の彦星様
ちびねこ
第1話 織姫と菜央
「ふあぁ……」
大きな欠伸と共に、天野織姫は起きた。
「むにゅ……あと五分」
そう言って織姫は、布団に再び寝転がる。
ピンポーン
玄関の呼び出しが鳴る。
「むにゃ……」
ピンポーン。ピンポンピンポン。
鳴り止まない呼び出し。
「うっさいなぁ……誰だろ」
重い瞼を擦りながら、織姫は起き上がり、そして玄関へ向かう。
と言ってもワンルームの個室、玄関はすぐそこだ。
「はいはーい、どなたですか」
ガチャリと、織姫は鍵を解いたドアを開けた。
「どなたじゃないって! 織姫! 時間見てみなさい!」
「ふえっ? 時間?」
まだ少し寝ぼけているのか、織姫は左右を見渡し、そして時計がないことに首を傾げた。
「はい、これ」
「ありがと、菜央」
そう言って笑顔でスマホを覗き込む。
「…………」
段々と、織姫の顔が青ざめていった。
「ひゃああああ! 遅刻しちゃう~!」
そう言って、織姫は急いでUターンして。身支度を始めた。
顔を洗って歯磨きまではして、栗色の髪の寝癖の整えは諦めた。
「用意出来たよ菜央~」
そう言って、『伸びる予定で買った』サイズを一つ多めに取っておいたダルダルの冬用セーラー服を織姫は着終えた。
「まあ……いつもの時間よりちょっと遅れたけど、今からならコンビニ寄ってもお釣り来る時間か。じゃあ朝食はコンビニで買おう」
ショートヘアでキリッとした目つきの少女。日比谷菜央はそう言った。
「えへへ~、あんまん食べる~」
戸締まりを終えたところで、織姫は菜央に抱き付いた。
「あたしはあんまんじゃない」
「ふえー、スキンシップ失敗」
「そんな大袈裟な、手ぐらい繋いであげるからさ」
そう言って差し出した菜央の手に、織姫は両手を乗せた。
「織姫、歩くのにそれじゃ、駄目でしょ?」
「分かってる! 冗談冗談! 片手~、えへへ」
二人は手を繋いで、この秋の季節に、通学路に出た。
「あんまん~、あんまん~♪」
ご機嫌な様子で歌う織姫。
「恥ずかしいから、あんまり大声で歌わないでね?」
「大丈夫~、あんまん~♪」
そんなやり取りをしている間に、目当てのコンビニに着いた。
「今日はイチゴミルクにするよ」
「あたしはカフェオレ」
織姫と菜央はそれぞれ飲み物を取る。菜央は朝食を選ぶために、弁当コーナーを見だした。
「私先に買ってくるね」
「はいはい、いってらっしゃい」
そう言われた織姫は、レジの台の上にイチゴミルクの容器を置いて。
「あんまん二つ、く~ださい」
そう言って笑みを零した。
そうして軽く袋詰めされて、織姫は無事会計を済ませた。
「買ったよ~。あんまん」
「見りゃ分かるって、あたしは見ての通り並んでることでしょう」
いつの間にか、朝ご飯を求めてやって来た学生や社会人で、レジには列が出来ていた。
「じゃあ私は外で一つ目のあんまん食べてるね~」
「ゴミ落とすんじゃないよ」
「分かってるって!」
そう言って、織姫はコンビニから出た。
「さてと……」
織姫はガサゴソと小さな袋を漁る。
「勉強前の頭に、糖分を補給!」
そう言って、織姫は一つ目のあんまんを手に取った。
「熱っ、あつつ……」
そう言いながら、織姫はあんまんをその小さな手で二つに割った。
気温がそれなりに低いので、ふわりと湯気が立つ。そして甘い匂い。
「ふーっふーっいただきます、あむっ」
織姫はあんまんを頬張って。
「ん~おいひい!」
にこやかな笑みが思わずこぼれた。
「やっぱりこの季節はあんまんだね」
「あんたいつでも食ってるでしょ」
会計を終え、コンビニから出てきた菜央がツッコミを入れた。
「そんなことないよ、春は桜餡があるし、夏は……」
そこまで言って、夏に特にない事を織姫は思い出した。
「ごめんなしゃい、あんまんはいつもの食べ物、ただの好物です」
「素直でよろしい、と。ゆっくり歩きながら食べようか」
菜央にそう言われた織姫は、ゆっくりと歩みを進める。
「しっかし、あんたは」
「?」
「高校二年だっていうのに全然背が伸びないわね」
ピシィ、と織姫の頭上に落雷が落ちる。
「私はこれからが成長期! 菜央より高くなるもん!」
一応こんな脳天気で、マイペースな織姫でも、身長はずっと気にしていた。
「えーっと、確か百四十……」
「わー! 聞こえない! 言わない! 見えない!」
「見ざる言わざる聞かざる? 日光東照宮だっけ」
「私のは順番めちゃくちゃだけど多分そう!」
「まぁ、まだ希望はある……かな?」
どこか悲しげな顔をしながら、菜央はおにぎりを頬張った。
「絶対菜央より高くなるもん!」
そう言ってつま先立ちで歩き出す織姫。
「ちょ、危ないって……」
「あっ、わっ!」
バランスを崩した織姫を、慌てて菜央が支えた。
「全く言わんこっちゃない」
「面目ねぇ」
少ししょぼんとしている織姫。そんな織姫の頭を、菜央は撫でた。
「大丈夫だって、身長だけが人の取り柄じゃないんだから」
そう言うと、織姫は少し溜めた後。
「勉強!」
そう言った。
「あはは、それはあんたに敵わないわ、確かに」
「テストで百点取る秘訣を教えてあげる?」
「……なんとなく分かったけど言ってみて」
「あんま……」
「よーし、ちゃっちゃと学校行くか」
「無視するな~!」
再び歩き出した菜央の背中を、織姫は引っ張った。
「いやこのままだと遅刻するけど……」
「はっ、今の時間は!?」
スマホで時刻を確認した織姫。
「まだ歩いて間に合うじゃん、じゃあ二個目のあんまんを食べながら行こう」
「冷めたらあんまり美味しくないしね」
そうして二人は、学校に着いた。
「おはよ、織姫、それと菜央」
「おはよ~」
クラスメイト達と挨拶を交わす織姫と菜央。
織姫は教壇の目の前の机の椅子に腰を降ろした。
菜央はその隣に腰を降ろす。
「しっかし……」
イチゴミルクをストローで飲んでいる織姫を見ながら、菜央は言った。
「相変わらずすごい寝癖だねあんた」
「元々若干くせっ毛なんだけど、放置するとこんなことに~」
てへぺろ、と舌を出す織姫。
「ほら、こっちに背を向けな、ちょっと解かしてあげるから」
「いつもありがとう菜央~」
高校二年で知り合った二人は、まだ一年と経って居ないと言うのに、とても仲が良かった。
「あいだだだ!」
「ごめん、ちょっと櫛の通りが悪いから力んじゃって……」
こんなやり取りもいつも通り。
「ま、こんなもんかな?」
「どれどれ」
整えられた髪を見るために、織姫は立って鏡を見た。
腰まで伸びた栗色の髪は、あちこちが重力に逆らって飛び跳ねている。
「むむ、いつもより癖が強い」
もみあげの髪をクルクルと手で巻きながら織姫が言う。
「ストレートパーマとかかけると良いんじゃない?」
「えー、前にも言ったでしょ~、お金掛かるじゃん」
「そうだったね、仕送りでちょっと遊ぶお金があるくらいだっけ」
去年の四月、織姫は単身でこの女子高に入学した。
「あんときはびっくりしたな、入学生代表とは……」
「全教科満点だったからね」
「有名進学校でも良かったんじゃないの?」
ここも偏差値がそれなりに高い高校ではあるが、まだまだ上はある。
「あんまり遠いと、お父さんとお母さんが心配するし」
「あー、なるほどね、ごめんちょっと無礼だったかな……」
「そんなことないよ、だって」
織姫はその場で一度くるりと回った後。
「菜央と出会えたから!」
「……聞いてて恥ずかしい」
若干赤面する菜央、それを見て織姫は首を傾げた。
「え? 変な事言っちゃった?」
「無意識なのが余計……」
そんなやり取りをしていると、丁度ホームルームのチャイムが鳴り。担任が入って来た。
「じゃあ私は勉強モードに入ります」
「はい、後でお世話になるからね」
そうして、二人は教壇の方を向いて座った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます