本の虫短編集
花火虫
第1話初恋
——私には好きな人がいました。
その人を初めて好きになったのは小学一年生の頃でした。
友達であった女子児童達から「ぶりっ子」と 呼ばれて、無視され始めた私は悲しくて悲しくて、放課後の誰もいない校庭の片隅にあるブランコで一人泣いていました。
すると、「どうして泣いてるの?」といつの間にか隣のブランコをキィキィいわせて同じクラスの男子が、俯いて泣いていた私の顔を突如として覗いてきました。
私はびっくりしながらも、友達に無視されて 遊びの約束にも誘われなくなった、と嗚咽まじりに語りました。私の拙い話をうんうん、 とときおり相槌を交えて聞いていた彼は、ゆ らゆら揺らしていたブランコから、すくっと立ち上がり、まるでタンポポが咲いたかのような暖かな笑顔を浮かべてこう言いました。
「じゃあ僕が友達になってあげる!」
その言葉はまるで魔法のように私の心にゆっくりと染み渡りました。きっとあれが淡い恋の発芽だったのでしょう。
私は知らず知らずの内に、こくんと頷き、差し伸べられた彼の手を取り始めました。 それからは夢のような日々が待っていまし た。
休み時間はいつも一緒にゲームや漫画につい てお喋りをし、昼休みは校庭でブランコの二 人乗りをして遊び、放課後は手を繋いでお互 いの家まで帰りました。
本当に幸福な毎日でした。
でもその夢はシンデレラにかけられた魔法だ ったのです。灰被りが綺麗なドレスとガラス の靴を履いて王子様と踊れるのは0時まで。
馬鹿な私はそのことに気づきもしませんでし た。
小学校高学年になったある日のこと、私はた またま同じクラスになったクラスメイトの男子にいわゆる告白というものを受けました。 もちろん私は断りました。
だって私には愛する人がいたのです。もう休 み時間にお喋りすることもなく、昼休みは男子とサッカーに興じ、放課後は手を繋ぐどころか別々に帰るようになっても、私の唯一は 彼だけでした。
次の日、学校に行くと私の靴の中に折れた鉛筆が入っていました。
そして教室に入った途端、昨日告白してきた 男子が「死ね!」と叫びながら私に向かって汚れた雑巾を投げてきました。
それだけではありません。私の机にはゴミ箱 から拾ってきたのであろうゴミが所狭しと詰められ、机の表面は彫刻刀でビッチ、淫乱、 売女などと卑猥な文字が彫られていました。 呆然とする私をクラスの女子達がチラリと見たかと思うと、クスクス笑いました。他の男子も私に向かって死んじまえ! 臭ぇんだよ! キメー!などと言ってきました。
そんな有象無象の雑踏の中に彼がいました。彼は黙って私を見ていました。
嗚呼、彼だけは私のことをちゃんと見ていて くれている。他のクラスメイト達が雑菌のように扱う私のことを、唯一無二の女の子だとちゃんと認識してくれている。もう手を繋ぐ ことはなくなったけど、心はいつまでも繋がっているのだ、と私はなんの根拠もなく確信しました。
するとその思いが通じたかのように、彼と目が合いました。
そして、彼はかつて私を救ってくれたあのタ ンポポのような暖かな笑顔でこう言いました。
「死ね」
私が一番大好きだった笑顔で、私の唯一は私 の死を願いました。
だから、私はこの手紙を書き終えたら、命を断とうと思います。これは私の恋文でもあり、遺書でもあり得るのです。
死ぬ直前にも、彼の笑顔は、彼の言葉は私の 心に突き刺さっています。私を救ってくれた笑顔はもうこの世にはない。なら、私の生きる意味もないのです。
さようなら、愛しいあなた。来世ではどうか もう一度手を繋いでくださいね。
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