拝啓、私の宝物を奪った皆様へ

御金 蒼

拝啓、私の宝物を奪った皆様へ

 片想い相手が幸せである事?

 それは人命よりも大事な事なの?




 冬。7桁の数字を見つけ目を輝かせる私と、


「「「わ゛ああぁぁあん!! 落ぢだぁああ!!」」」


 見事に桜散った3名。


「いや先生言ってたじゃん。あんた等の内申点じゃ無理って」


 呆れて言えば、まず噛み付いてきたのは双子の妹のりん。双子だけど2卵生だからあまり似てない。


「うるせェやい! 普通科なら全問鉛筆転がして受かるかもしれない確率はゼロじゃ無いでしょ!」


『かもしれない』確率はゼロじゃ無くても、受かる訳無いだろ。


「小1から正月の御神籤ずっと大凶なのよ私! 此処で一気にこれまでの運が行熟されて向くって思うでしょ!」


 聞いてて可哀想な気持ちしか湧かないアホの子は、親友の雲雀ひばり

 華やかな美人で性格も良い子なんだが、時々頭が残念なのだ。


そらと恋人繋ぎで通学して、お昼休みに弁当の食べさせ合いしたかったのに!! 学校全体からおしどり夫婦認定されてみたかったのに!!」

「恥ずかしいから一生口閉じてな」

「辛辣! でも惚れ直す!」


 最後、イケメンのくせに話すと残念な男は、最近彼氏になった京紫朗きょうしろうだ。何故私を好きになったのか、正直まだ理解出来ていない。


「まぁ、滑り止めはちゃんと受かってるから良いじゃん」

「良くない〜! 空はこれから寮生活で資格取得の有るから、あんまり会えないじゃん!」


 泣いて抱きついてくる凛の頭をポンポンと撫でるが、深刻に悲しむ事でも無いんだよね。

 私の受かった香峯こうみね高校は山の中だけど、普通にスマホで連絡取り合えるから。


「長期休暇の時はちゃんと戻るし、Limeもスルーしないからさ。……とりあえず二人共、私の男が浮気した時すぐ教えてくれると嬉しいな」

「俺は『私の男』発言に歓喜すれば良いの? 浮気すると思われてる事に悲しめば良いの?」

「任せて! 私見た目は良いから、ガードになるわ!」


 雲雀のそういう自分の容姿を熟知している所、大好き。


「よっしゃ、凛には無理だから任せた」

「任された」

「未来の義妹ちゃん、俺泣きそう」

「未来の義兄よ、戦力外通知された私も泣きそうだよ」


 そんなやり取りの後、笑い合う私達。


 こんな風に笑い合える日がすぐ終わるだなんて、この時は想像もしていなかった。






 2年生に上がり、夏季休暇で帰省した日。

 雲雀達と連絡が取れない事を不思議に思いながら、自宅マンションに辿り着こうかという瞬間。

 凛が上から降ってきた。


「━━━━へ?」


 血溜まりと、不自然に曲がった首。

 剥き出しになった脳みそに、血溜まり。


「凛ッ!!」


 救急車を呼んだ。

 お母さんとお父さんにも連絡した。

 正直、これ以上どうしたら良いのか分からなくて、うわ言みたいに「助けて下さい」って口にしていたけれど、数時間後にソレは終わった。


 凛が死んだのだ。8週目……だったらしい。






 私は電話をかけた。


「先生、執行条件を満たしました。これより課外実習に移ります」




 ***


(side:辻村 琥太郎)


「あ、転生してるわ」


 春染はるぞめ高校。通称、春高の入学式で、俺は前世の記憶を思い出してしまった。

 前世は派遣社員で、過労で死んだ。

 そんな俺が転生したのは、就職する前に流行ったハーレム物のラブコメ漫画『縁結びの神様に滅茶苦茶好かれて困ってる』だ。


 ……あの頃は気にならなかったが、熱が冷めると腹立つタイトルだ。

 婚活に苦戦してた前世の姉貴がよく「『困ってる』じゃ無ェわ。要らねェなら私にくれよそのご縁に恵まれる力をよぉ」と殺気立っていたのが今更にして分かる。


 転生した俺は悪役でも勿論主人公でも無い。

 モブAこと辻村 琥太郎つじむら こたろうだ。

 つまり普通に高校生して、ゆるゆる楽しく主人公と可愛いヒロイン達のそれなりに面白いラブコメ学園生活を見学するだけで良い美味しい立場だという事!


 入学式の日は、そんな甘っちょろい考えだった。


 俺は、この日に大事な事が抜けたのだ。

 この世界は、紙面上の物語では無く、全員が良い面も悪い面も持つ人間だという事を。






 ━━翌年。


天堂 琉疾てんどう るいとです。去年の3学期から生徒会長やってるから、知らない人は居ないよね?」


 この物語の主人公、天堂。

 1年の頃同じクラスでは無かったが、俺は既に、コイツが大嫌いになっていた。いや、常識が頭にある奴は、男女問わず皆コイツが嫌いだろう。

 だが、誰もコイツの行動を止められない。後ろ盾が強すぎるのだ。


 漫画で読んでた時は、普通に良い奴だと思っていた。

 が、まず天堂がしたのは、入学早々に虐めを受けていた女子生徒の救出劇。

 俺はその女子と同じクラスだったので、その事件を間近で目撃した。こんな話を始めれば、俺は虐めを傍観していた静かな加害者扱いされかねないが、を言いたい。

 その女子は、虐められていなかった。

 元々その女子が一人の男子に突っ掛かったのだ。

 その女子と件の男子は、幼稚園の頃ご近所さんの謂わゆる幼馴染だった。

 うん、これは漫画で知ってたぞ。漫画ではツンデレヒロインだったのだ。だが漫画と違う事が、この直後起きた。


「アンタ、どーせ口下手拗らせて友達も彼女も居ない童貞なんでしょ? アタシの下僕ゲボクになるなら、まぁ……彼女になってあげても良いけど?」


 女子のセリフである。聞いた全員がドン引きした。いや、お前何様だよ? あとその男子はモデルやってる? ってくらい背が高いし、普通に話せるイケメンだった。だから当然、


「俺、可愛い彼女が居るから!」


 そりゃもうお日様ですか? ってくらいの眩しい笑顔で返した彼に、女子は糞で出来た高いプライドが傷付いたらしい。自分が虐められているという噂を垂れ流し、自作自演を始めた。

 正直、信じる奴は居なかった。が、


「お前! 口下手だった事をバラされたからって、人を使って美未果みみかを虐めるなんて! 糞野郎!!」


 天堂アホがやって来た。

『ミミカ』って誰だっけ? あぁ、傍若無人とツンデレ履き違えて失敗した性悪か。

 担任が出席とる時呼ぶ苗字しか知らなかったわ。

 直後、バキッと音がした。

 突然の事に俺も、周囲も頭が真っ白になってイケメン男子━━黒原 京紫朗くろはら きょうしろうが殴られるのを眺める事しか出来なかった。


 一番近くで見ていた奴らが止めに入って説明するも、天堂は男の話を一切聞かない。女子の話は聞いたが、渋々といった様子が丸出しだった。


 だがソレは、始まりに過ぎなかった。


 その後、何かと天堂達は黒原に突っ掛かるようになった。


 ①友達が出来ないと悩む女子が居れば、黒原が女子友達、月宮 雲雀つきみや ひばりに頼んで女子グループから遠ざけているからだと言った。

 実際は、その女子が死ぬ程人見知りで、誰に話しかけられても無視して逃げるからだった。あと天堂は、月宮に告白みたいな事して振られていた。


 ②部活に出られなくなった女子が居れば、黒原と月宮が彼女に怪我をさせたんだと言い出した。

 実際は、美術部員のその女子が、先輩の作品を盗作し、罪を同じ部の物静かな子になすりつけようとして退部させられたのだ。


 ③これが一番最低だった。この学校でも1、2を争うマドンナ━━豊咲 凛とよさき りん。彼女が天堂に振り向かない理由が、黒原と付き合っているからだという噂が流れた。

 豊咲は違うと言い張っていたが、じゃあ「天堂の彼女になれ」と、その頃には10人近くになっていた狂ったハーレム女子達が豊咲を囲んだり、豊咲と天堂を二人きりにしようとしていた。彼女の友達や、そこまで親しくは無いが、可哀想で見ていられなかった同じ教室の俺達もガードし始めた。

 担任達だって注意をしていた。

 しかしハーレムの中に、学校の理事長の娘と、凄いインフルエンサーが居て、凡人には何も出来なくなった。


「邪魔をするなら、お父様に言って学校に居られなくしてやりますわ」

「ボクが配信すれば〜、どんな嘘も本当になるんだよ? この意味、分かるよね♡」


 豊咲は天堂と行動を共にするようになった。

 彼女は始終暗い表情で、時折腰を抱かれたり髪を触られたりしている時の表情が本当に泣きそうで、こっちまで気分が悪かった。


 これが、普通の思考をしている奴なら天堂を嫌う、奴のやらかしのほんの一部。

 いや……正確には、彼奴のハーレム女子達が実行犯で、彼奴は『こうなったら良いな』『ああなれば嬉しい』くらいの希望を呟いているだけ。ソレをしろと教唆した訳では無い。だが、暴走して叶った願望を当然の如く享受していて、タチが悪い。


 黒原と月宮は、まだ諦めていないらしい。教師に掛け合い、豊咲の両親にも話して、そろそろ転校の手続きまで行きそうな事を、密かに聞いた。


 ━━あともう少しの辛抱だ、豊咲。


 だが数ヶ月後、二人は行方不明になり、その数日後、豊咲は飛び降りて死んだ。




 ***


(三人称)


「━━ていう話をさぁ、聞いた訳よ」

「う゛……ぁ」

「何か言えや。舌は引っこ抜いて無いんだからさ」


 ガンッと打ちつける。


「ンギャアアアア!!」


 天堂の指を、釘と金槌で木製の床に打ち付けた音と、悲鳴。

 一本一本、10本とも釘で打ち付けられ、掌もおびただしい量の釘で縫い付けられている天堂。

 衣服は逃亡防止のため脱がされており、足の腱は鋸で切られ、両肩まで外されていた。


「……ミ、ミカは? アサ、ノや……ユミ、は?」

「糞アマ集団? 心配しなくても、身体が動かなくなるお薬打ち込んで、身体をゆっくり溶かす新薬に漬けてジワジワ殺してるとこだよ。あぁ、何人かは女性の人権が無い国に売り飛ばしてるけど」

「こん、な……事……許されなう゛ェッ!!」


 天堂が途中で喋れなくなったのは、金槌を持つ彼女━━豊咲 空とよさき そらが、腹を踏んづけたからだ。


「許されるんだなぁ」


 そう言って空は、見せびらかすように胸下の赤い桜のバッジを撫でる。

 そのバッジは、彼女が殺人許可証マーダーライセンス持ちである証だった。

 ハーレムの中に同じバッジを付けている少女が居なければ、天堂も一生知り得なかった事である。


 空が入った香峯高校は、五つのクラスに分かれている。

 普通科。英数科。工業科。情報科。


 そして、特級進学科。有りとあらゆる教育を施され、『復讐法』を実行する執行人エージェント育成の為のクラスだ。

 復讐法とは、既存の法律で裁けない事案に対して、資格を持つ者が好きに処して良いという、政府が密かに発足し出したイカれた法である。


「つーかクズはそっちじゃん。凛を孕ませといて認知から逃れようとして? で? 事故で死んでくれたらとか、糞アマどもに言ったんだって?」

「……っ」


 事実らしい。

 だから、凛は自殺に追い込まれた。

 彼女達は誰一人として、天堂と体の関係までは行かなかった。自分達が無理やり引き込んだくせに、誰よりも先にそんな関係になった事が、残虐性に拍車をかけた。


 大きく息を吐いて、空はまた口を開いた。何もかも感情に任せては、すぐ殺してしまいそうになるからだ。


「そういう訳で、雲雀と京紫朗の居場所を今すぐに吐け」

「そ……それ、は……、言えなうぎぁ!!」


 足の骨が折られた音が響く。


「糞アマのお嬢様庇ってるんだろうけど……あの子、もう結構溶けてるよ?」

「……え?」


 何を言われたのかまるで理解できないと言わんばかりの眼が、ギョロリと空を見つめた。


「お小遣いに物言わせて、結構やらかしてたからね。それも、自分が選ばれなくてもアンタが幸せなら何でもしたいって……まー、呆けた理由で」


 スマホを操作し、空は笑みを浮かべながらその画像を天堂に見せつける。


「親も育て方間違えたって限界だったみたい。子が子なら親も親だよね、無慈悲さに血を感じたわ」


 どこかの浴槽で、光の無い隻眼の肉塊が、歪にズルリと沈んで行く光景が映っていた。


「もう要らないから早く壊してって言われたの」


 他の子もそんな感じだったよ。と付け足す空。


「あ、あは……ははっ、はははははは! あはは! あはははははははは━━」


 とうとう、天童が発狂した。


「まだ聞けてないのに強い刺激与えちゃったか」


 鼻を抉って正気に戻し、空は京紫朗達の居場所を聞き出した。




 ***


(side:辻村 琥太郎)


 ━━ある地方の広い河原にて。


 ザッ、ザッ、と。スコップで地面を掘っていき、俺はシートに包まれた二つ目の塊を引き摺り出す。


「手伝ってくれて有難うね」

「お気になさらず」


 俺に事情を聞きにきた時、彼女が特殊な立場の子だという事は知らされていた。だからと言って、こんな怖い事になぜ付き合えるのか、正直自分でも意味が分からない。

 そう、『怖い事』と、頭で分かっている。

 なのに、彼女から死体の発掘に誘われても恐怖は感じなかった。

 寧ろ、甘美な誘いと錯覚し、何かが震えた。


 そうして出てきたのは、彼女の親友の遺体と、恋人の遺体。


 もしコレが俺自身の……と考えると、吐きそうになる。


 ━━空さんは大丈夫なんだろうか?


 意外な事に、手をかけたのはミミカという最初に取り巻きになった女だった。


 学校に連絡すれば、回収班を寄越すという返信がスマホには届いたらしいけれど、空さんはそれを待たなかった。

 一刻も早く家族の元へ、それよりも自分の元へ、帰ってきてほしくて。


「おかえり、二人とも……」


 真昼のように明るい満月の下、雪原のような綺麗な髪が反射する。

 雫の絡んだ銀の睫毛が微かに光る。

 白い頬に、涙を一筋溢しながら浮かべた彼女の笑みを、俺は生涯忘れられないだろう。


 天使のように、悪魔のように、美しい微笑みだった。


 早くなる心音。

 熱を持ち始める頬。

 とんでもない子に恋をした。そう気付くのは、もっと先の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る