第2話 フィーナの部屋にて
話は1週間ほど遡る。ガラクタや工具の散乱した狭い部屋の椅子とベッドの上にそれぞれ座る2人の少女がいた。
「ねえ、フィーナ。私、退学なんて聞いてないんですけど」
腕を組みながらベッドの縁に軽く腰をかけた1人の少女、フェリシアは文句を言う。彼女はこの薄暗く散らかった部屋にある唯一の華であった。
「ごめん……言うの忘れてた」
対照的にこの部屋と馴染んでいる椅子に座った少女がフィーナ。現在学院の唯一の友達であるフェリシアに咎められているところだった。
2人は国の魔術学院に入学していた。魔術を扱えるものが権力を持つ世界で、生まれながらにして魔術を扱える才のある者はほとんどが魔術学院に入学し、無償でその才を伸ばす教育を受けることができた。
それは、世界のほとんどのことが魔術なしでは回らないからだ。魔道具の製作や、ポーションの作成、薬の製造、国の防衛まで魔術士が関与する。防衛以外の魔法に関することを管理するのが魔法省で、学院を卒業すれば多くの者がそこへ就職していた。魔法省に就職すれば人生安泰である。
そして、魔法が使える者は学院という安泰へのレールが引かれていたわけだが、学院を退学になり、そのレールから脱線した少女がここにいた。それは一ヶ月前のことであった。
「一ヶ月近く顔を見せないから心配になって先生に聞いてみればなんですか、退学って。私に相談してくれれば何とかなったかもしれないのに」
フェリシアは腕はそのままに目を細めた。
「そのことは、ごめんなさい。なかなか言いづらくて。言ったら心配かけちゃうかなって思って」
目線を逸らせ、意味もなく机の上のガラクタを整理するふりをしながらフィーナは謝った。
「でも……でも、安心して。図書館にあった泡沫魔法は全て記録したから。ほら」
そう大きなリュックの中から一冊の少し古びた魔導書を取り出し開いてみせた。
「ほら、じゃないわよ。なぜここで笑顔になれるのよ。泡沫魔法だっけ? が好きなのは知っているけど、退学になってどうするの」
深くため息をついてからフェリシアは辺りを見渡し、再度ため息をこぼした。
「魔法省にも行けないし、これからどうしていくつもりなの? 部屋もこんなに散らかして、っていつものことかもしれないけど」
「魔法省は行くつもりなかったし、いいかな。私初級魔法までしか使えないし」
そう、魔法の才は生まれながらにして決まっていた。その才能があるものは上級魔法やそれ以上の魔法を使用できるのだが、フィーナにはその才は持ち合わせていなかった。
もちろん世間一般的にみると魔法を使えるだけでも才があると言えるのだが、才のあるものの中に混ざればフィーナは落ちこぼれだった。
だからこそというべきか、フィーナでも扱えて魔術学院で教わるような効率的で面白みのない魔法とは違う、泡沫の魔法に惹きつけられたのかもしれない。魔法省に入れば間違いなく泡沫魔法は馬鹿にされるし、初級魔法しか使えない者の地位は低いと聞いていた。
「初級魔法しか使えない人も魔法省で薬草の合成とかポーションの製作とかいろいろしているけど……たしかに泡沫魔法からは距離が離れてしまうかもしれないわね。でも卒業して街の薬草屋で働くっていう道もあったんじゃない? そうしたら趣味も自由だし」
そう言われたフィーナの手が止まった。
「はぁ、あまり後先考えないのは知っていたけど……過ぎたことを言っても仕方がないわね。ところで、そんなに大きなリュック、どうするつもり? 」
フェリシアの目線の先にはフィーナの身長の半分以上あるリュックがあった。それは革製の地味な色で、ポケットや何かを吊り下げる用の紐が沢山ついていた。野営する冒険者が持っているようなものだった。
「フェリシア、私旅に出ることにしたの」
先程まで触っていたガラクタを両手で持ち、フェリシアの方を向く。
「え? 」
「泡沫魔法を集める旅。世界にはもっと素敵な魔法があると思うの。前に図書館で地図を見たけどすっごい広かったの。どれくらい広いかは忘れちゃったけど、でもすごい広かった。だったらその広さの分だけ私の知らない魔法があると思わない? 」
「まぁ……うん、そうね」
言いたいことは山ほどあったが、全て飲み込んだ。こうなったフィーナを止めることはできないのを知っていたからだ。
「でしょ。だからまずはまずは隣の都市に行こうと思うの。冒険者が多いって聞いたけどどんなところなんだろう。図書館はあるのかな」
「どうでしょうね。ところで旅の準備はできているの? 」
しかし、フェリシアはフィーナのことを知っているからこそ心配をせずにはいられなかった。
「うん、もちろん。魔導書とワンド、それにリュックもあるし動きやすい旅服もある。予備もあるよ、ほら。お揃いのやつ。野営セットも持ってるよ。あとはなんかいろいろ使えそうな感じのやつをちょっとずつ入れたよ。フェリシア、私だって大人なんだからちゃんと考えてます」
フィーナは少しむっとしてフェリシアに言い返した。確かに見た目は幼く見えるかもしれないけど16才の立派な大人なのだ。
「じゃあ、お金は大丈夫なの? 」
「えっと、ちょっとはあるよ。街で一週間は暮らせる、たぶん。あとは冒険者登録とかして、ちょくちょく稼げばなんとかなると思う」
「ふーん、じゃあ道中危険な目にあったとき1人で対処できる? 魔物だっているし、賊に合うかもしれない」
「えっと、それは……」
「ほら、やっぱり計画が甘々じゃない。ちなみにそのお金じゃ隣の都市じゃ2日も過ごせないわよ。あそこ物価高いから」
「うそ」
「うそなんてつかないわよ。それにそのナイフも刃こぼれがひどくてほとんど何にも切れないし、そのリュックも重過ぎて体力がもたないわよ。それにそのポーションも賞味期限ギリギリじゃない」
「そんな……」
「そんなって……もう分かったわ。いつ出発する予定だったのかはあえて聞かないであげるけど、1週間だけこの街で待ちなさい。私が手伝ってあげるから」
フェリシアはやれやれと息をついた。
「一緒に来てくれるの? 」
「そんなわけないじゃない。私だって学院があるんだし、私はちゃんと卒業して魔法省に就職するんだから」
「そっか、残念」
「そうよ。でもあんたのことが心配だから荷物とかの準備の手伝いをしてあげるって言っているのよ」
「いいの? 」
「いいも何もあんたが危なっかしいから、私がそうしないと不安なのよ。夜も心配で眠れないわ」
「ごめん」
「いいわよ。私が好きでやっているだけなんだから。フィーナは感謝しとけばいいの」
「ありがとうございます、フェリシア様」
「もう、調子がいいんだから。じゃあまた1週間後にここに来るから待っていること、いいわね」
「うん」
「部屋も片付けておくのよ」
「……分かった」
「じゃあまた1週間後ね」
「うん。ありがとう、フェリシア」
「どういたしまして」
ドアの隙間から手を振るフェリシアの優しい笑顔にフィーナは胸の位置で小さく手を振りかえした。
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