第2話 神業サポートに気づかない勇者たち「今日の俺たち最強すぎw」「おい雑魚、邪魔だ失せろ」

「オラァアアア! 消えろ雑魚どもがァ!」


 ドォォォォオンッ!!


 S級ダンジョン『奈落の顎』中層エリア。

 勇者アレクの放つ聖剣の輝きが、薄暗い洞窟内を眩く照らし出す。

 彼の一撃で、巨大なキメラの群れが吹き飛んだ。


「ははっ! 見たかこの威力! 今日の俺は絶好調だぜ!」


 アレクが高笑いしながら、次なる獲物へと突進していく。

 その後ろ姿を見ながら、俺、レント・アークライトは冷静に戦場全体を俯瞰していた。


(アレク、突出深度十二メートル。右側面、敵影三体。左後方、魔術師の援護遅延。……予測される被弾まであと、二秒)


 俺の脳内時計が、戦闘のタイムラインを正確に刻む。

 アレクは「絶好調」などと言っているが、それは大きな間違いだ。彼が無茶な突撃を繰り返しても無傷でいられるのは、全て俺が裏で手を回しているからに他ならない。


「グルルァッ!」


 死角となる岩陰から、漆黒の体毛を持つシャドウウルフがアレクの首筋めがけて飛びかかった。

 アレクは気づいていない。聖剣を大振りした直後の硬直時間。完全に無防備だ。


(座標指定。距離四メートル、アレクの右耳後方――『収納』!)


 俺は思考する。

 瞬間、アレクのすぐ背後の空間が歪み、俺の『異空間収納(アイテムボックス)』のゲートが開く。

 俺はそこから、鋼鉄製のスパイクシールドの先端だけを、0.5秒間出現させた。


 ガギンッ!


 飛びかかったウルフは、何もない空間に出現した見えない棘に激突し、悲鳴を上げて弾き飛ばされた。

 直後、俺は即座にシールドを収納し、痕跡を消す。


 アレクが振り返った時には、脳震盪を起こしてのたうち回るウルフがいるだけだった。


「はんっ、俺の闘気に恐れをなして自滅しやがったか! 雑魚が!」


 アレクはウルフの頭を無造作に踏み潰し、鼻を鳴らした。

 ……闘気で自滅なんてするわけがないだろう。

 だが、訂正はしない。

 俺の仕事は、彼らに「最強の自分」を演出させてやることだからだ。


「きゃあっ!?」


 今度は後方で悲鳴が上がった。

 パーティの紅一点、魔術師のエリスだ。

 彼女が詠唱に集中している隙を狙い、天井に張り付いていたアシッドスライムが、致死性の酸弾を吐き出していた。


 エリスの防御魔法は間に合わない。

 直撃すれば、彼女の美しい顔は溶け落ちる。


(弾道計算完了。物理的実体あり。接触判定まで0.3秒――『収納』!)


 俺は走りながら右手をかざす。

 エリスの目の前に迫っていた緑色の粘液塊が、空中で忽然と消失した。

 俺の亜空間倉庫の『廃棄物エリア』へと転送された。


「え……?」


 エリスが目を丸くして、何もない空間を見つめる。

 俺は息を切らしながら彼女の足元へ滑り込み、同時に『収納』から取り出したMP回復ポーションの瓶の蓋を、親指一本で弾き飛ばし、差し出した。


「エリス様、マナ残量が低下しています! 次、広範囲殲滅魔法をお願いします!」

「あ、ええ! 分かってるわよ!」


 彼女は俺の手からポーションをひったくると、一気に呷って杖を構え直した。

 酸が消えた理由について深く考える余裕はないらしい。あるいは、「自分の魔力障壁が自動発動した」とでも都合よく解釈したのだろう。


「インフェルノ・バースト!!」


 轟音と共に、洞窟内が炎の海と化す。

 俺はその熱波に焼かれないよう、瞬時に耐火マントを取り出して頭から被り、岩陰に身を隠す。


(ふぅ……。現在、戦闘開始から四分三十秒。消費物資、ポーション六本、投擲ナイフ十二本、予備の盾一枚。……ペースが速いな)


 俺は額の汗を拭った。

 本来、Sランクダンジョンの中層といえば、熟練の冒険者でも命懸けの領域だ。

 だが『輝きの剣』の連中は、まるでピクニックに来たかのように雑な戦い方をしている。

 防御も回避も二の次。

 攻撃こそ最大の防御、と言わんばかりの力押しだ。

 それが成立しているのは、俺が毎秒単位で発生する「死の可能性」を、その地味なスキルで摘み取っているからだというのに。


「おい、そこのグズ!」


 炎が収まった頃、アレクの怒鳴り声が飛んできた。

 俺は反射的に姿勢を正し、駆け寄る。


「は、はい! 何でしょうかアレク様!」

「てめぇ、さっきから俺の周りをチョロチョロしてんじゃねぇよ! 目障りなんだよ!」


 アレクが俺の胸倉を掴み上げる。

 顔が近い。整った顔立ちが、憎悪と軽蔑で歪んでいる。


「俺が剣を振る軌道に、お前の影が入った気がしたんだ。もし俺の聖剣がお前みたいな汚いゴミに触れたらどうする? 刃こぼれしちまうだろうが!」


 ……さっき、君の背後から迫っていたアサシン・スパイダーの糸をナイフで切断した時のことか。

 あれを切らなければ、今ごろ君の首は胴体から離れていたはずだが。


 だが、俺は喉まで出かかった言葉を飲み込み、へらりと笑った。


「も、申し訳ありません! 次はもっと気配を消しますので……!」

「チッ、分かったらさっさと剣を磨け! 返り血で汚れて気持ち悪いんだよ!」


 アレクは俺を地面に放り投げると、聖剣を俺の目の前に突き刺した。

 俺は慌てて『収納』から最高級の研磨布と聖油を取り出し、手入れを始める。


「ふん、それにしても今日の俺たちはキレてるな」


 アレクが満足げに腕を組む。

 僧侶の男、ガイルも同意するように頷いた。


「ああ。魔物の攻撃がなぜか逸れたり、消えたりするんだ。きっと、僕の日頃の信仰心が神に届き、加護レベルが上がったに違いないね」

「私の魔法も、詠唱破棄しても威力が落ちないみたい。もしかして、私って天才なのかしら?」


 エリスがうっとりとした表情で自分の杖を見つめる。

 ……いや、君が詠唱をミスした瞬間に、俺が魔力増幅石(マナ・ブースター)を陰で砕いて散布しただけだ。あれ一個で金貨十枚はするんだぞ……。


 彼らは互いに称え合い、勝利の余韻に浸っている。

 その輪の外で、泥と煤にまみれた俺だけが、せっせと彼らの道具をメンテナンスしていた。


 虚しい。

 とてつもなく虚しい。

 けれど、ここで俺が「実は俺が助けたんです」と言ったところで、誰が信じるだろうか?

 『収納』しか能がない無能が、英雄たちの戦いに介入できるはずがない――それが彼らの、いや、世間の常識なのだ。


(……あと少しだ。このダンジョンをクリアすれば、過去最高額の報酬が出るはず。そうすれば、孤児院への寄付も増やせるし、新しい機材も買える)


 俺は自分に言い聞かせ、震える手で聖剣の刃を磨き上げた。


「メンテナンス、完了しました。切れ味は新品同様です」

「おせぇよ。……行くぞ、次は最深部だ」


 アレクは礼も言わずに剣をひったくると、踵を返した。

 最深部。

 そこには、国宝級のアーティファクトが眠ると噂されている。


 一行が歩き出し、俺も重い足取りで後に続く。

 その時だった。


 ズキリ。


 俺の頭の奥で、鋭い痛みが走った。

 それと同時に、視界の端にノイズのようなものが走る。


『警告:ストレージ領域の不安定化を検知。エラーコード404。キャッシュの断片化が進行しています』


 無機質なシステム音声が脳内に響く。

 今朝感じた違和感が、より強くなっている。

 ただの疲労ならいい。だが、この感覚は……まるで、何かが俺のスキルの根幹を揺るがそうとしているような、嫌な予感がした。


(……大丈夫だ。まだ、制御できる)


 俺は脂汗を拭い、深呼吸をして痛みを散らす。

 だが、俺は気づいていなかった。

 前を行く勇者たちが、ヒソヒソと何かを話し合っていることに。

 時折、彼らが振り返って俺を見る視線が、これまでのような「軽蔑」ではなく、爬虫類のような冷たく粘着質な「品定め」に変わっている、ということにも。


 ダンジョンの暗闇が、徐々に深まっていく。

 俺たちの足音だけが、奈落の底へと吸い込まれていった。

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