四章 第12話

「いつぶりかな都築の淹れてくれたコーヒー」

「さーな。でもけっこう経ってるかも」


 堂鈴祭も無事終わりその代休日。平日昼間のカフェに久々に千納時が来店した。店の裏ではまこ達女性陣が瞳を輝かし、久々の翠眼の貴公子をチラリチラリと様子を伺っている。そんな事とはつゆ知らず、彼はいつも同様コーヒーを飲む。と、自分を見て微笑むのもつかの間、首を傾げた。


「都築」


 彼が小さく手招きをした。自分は何かと思い千納時の方に腰を曲げる。その直後、彼の手が自分の首元を触った。冷たい彼の掌が自分の首を包んだ。自分は一気に体を起こす。


「お、おいっ、何すんだよ!!」


 いきなりの事で驚き、声を少し張ってしまった。自分は慌てて周りを見渡す。が、客達は特にこちらに反応をしていないようだった。とりあえず胸を撫で下ろすと共に、千納時を睨む。しかし、彼は自身の掌をじっと見つめているのだ。先日の事といい、千納時は自分が思う斜め上の行動をしてくる為、いつも困惑してしまう。しかもその度に自分自身も動揺しているのだから、全く持って難儀である。


「ごゆっくりどうぞっ」


 手を見続ける彼に捨てセリフのように言い放ちその場を後にするも、今だにいつもより脈打つ鼓動が早い。


(本当調子来るんだよなっ)


 少し口を尖らせ、カフェ厨房へと向かう。すると、まこが出迎えくれた。


「おかえり。ねえーー 優斗君。顔赤いけど、どうしたのかなーー」

「え、自分っすか?」

「うん。いつもより確実にね。さっきも何か貴公子にボディータッチされてたじゃない」

「あ、あれはっ、ちょっと自分も意味がわからないっていうかっ」

「まあでも、最近何か仲良いよね貴公子と」

「ちょっと色々とあって」

「ふーんそっか。まあ何かあったら相談してね。お姐さんいつでものってあげるから」

「あざっす」


 その時、店に来店をしらすベルがなる。スタッフが一斉に声を上げ、出入り口を見ると、ポニーテールをした郁が立っていた。


「優斗君。郁ちゃん来たみたい」

「もうそんな時間すか」


 自分は小走りで妹に近づく。


「お帰り」

「ただいま。お兄ちゃん」


 妹は二カリと笑い返す。妹は平日の学校帰りは学童グラブに直行するのだが、月に一日、施設の点検があり休所日があるのだ。それが今日、しかも母が夕方から、翌朝までの仕事を急遽しなくてはならなくなった為、店に直接来るように朝伝えていた。まあ、めったにない事とはいえ、今までもそういった事はあったので、長くいるスタッフは周知済み。なのでまこ達は郁の事を親切にしてくれるのだ。


(本当有り難いよな)


「兄ちゃんもそろそろあがりだから、ちょっと待ってて」


 しかし、いつも待たしてもらっているカウンター席が埋まってしまっており、テーブル席しか空いていない。ただ、一人の小学生が陣取り、しかもその人物がスタッフの身内となると、客のイメージが悪い。


(どうしようかな)


「都築の妹かい?」


 いきなり背後から声がし、振り向くと千納時が立っていた。いきなりの事で戸惑いながら頷く。すると、彼が片膝をつきながら、郁を見た。


「初めまして、君は都築の妹?」

「はい。郁っていいます。小学2年生なの。お兄ちゃんは?」

「俺は、君のお兄ちゃんと同じ高校に通っている千納時琉叶」

「へ、千納時。そんな名前だったっけ?」

「そうだな。学校では名字で通しているから、名前はそうは聞かないだろうし、そんな親しい人物もいないからな」

「そ、そっかーー にしても、どうした?」

「いや、少し様子を見てたんだ。なあ郁ちゃん。俺と一緒にお兄ちゃん待っていないかい?」

「千納時っ、良いのか? 勉強とかしてるのにっ」

「予定よりも進んでいるから問題ないさ。郁ちゃんはどう? 俺の座ってるテーブルでも良い?」

「うん」

「じゃあ決まりだ」

「わりーー 千納時。すげー助かる。後もうちょっとで終わるからさ。少しの間妹お願いするわ」

「構わない。君と俺との間からだろ」


 すると、彼は妹を連れ、席へと向かっていく。その間も妹と彼は何かを話しているようだった。まあ郁も学童クラブ等に行ってせいもあり、物怖じせず話せるタイプである。が、千納時と初対面で普通に話している姿はを見ると、ある意味感心してしまうと共に、2人のが楽しげに話しているのだ。兎角千納時がやんわりと笑う姿が目に止まる。

(初めは無表情に近くて取っつきにくかったけどな)


今とは雲梯の差。そんな事を思う最中、彼の先の言葉が脳裏を掠める。


『学校では名字で通しているから、名前はそうは聞かないだろうし、そんな親しい人物もいないからな』


 確かに、学年役員の二人も名字呼びであり、彼の名を耳にした事がない。千納時なりに一線を引いているのかもしれないが…… 

 あの言葉を聞いた時、自分の胸にチクリとした鈍い疼きが生じた。何故そんな事が起きたのかわからない。ただ、どうしてか、今でもその疼きが続く。思わず、胸の辺りに手を起き、シャツを握りしめながら、二人の背中を見つめた。


「千納時。今日はありがとな。郁もちゃんとお礼言ったか?」

「うん。言ったよね琉叶お兄ちゃん」

「ああ」

「ああって、な、何。どうなってんだよ郁。俺がにーちゃんだぞっ」

「そんなの当たり前じゃん。大体私が何て呼ぼうがおにーちゃんには関係ないでしょ? それよりさっきお店で琉叶お兄ちゃん宿題教えてくれたんだよ」

「よ、良かったな郁」


 すると彼がクスクスと笑う。


「肩書きにこだわらなくても、正真正銘君が郁ちゃんの兄だし、そこに固執してると器の小さい人間に見えてしまうよ」

「っておい、そんな自分器とか小さくないしっ」

「はははは。お兄ちゃん言い訳してるーー」

「そうだな」

「2人共ーー マジ勘弁っ」


 仕事も終わり、帰路につきつつ、只今商店街に向かっている。今夜、妹と一緒に夕食を作る為、材料を購入し帰宅する予定なのだ。また千納時はその先の駅で電車に乗るとの事で、3人で赤く染まる空の下を歩いている。


(にしても今日は本当助かった)


 目の前に歩く2人が親しげに話す姿を二三歩引いた所で見つめた。それに気づいた、郁が振り返る。


「お兄ちゃん早くっ、私お腹ぺこぺこ」

「はいはいっ、今、いっ」


 小走りで駆け寄ろうとした時、いきなり膝に力がはいらなくなり、視界が一気に地面に切り替わる。


「都築!!」


 千納時の聞いた事のない大声と同時に片方の手首に冷たい感覚を覚えると、引き上げられ、自分の肩が抱かれた。


「お兄ちゃん!!」


 郁の声が耳を掠める中、自分は丈夫両膝を地面に付く。すると目の前に目を見開き、明らかにテンパっている千納時の顔が視界に入った。


(へーー 千納時もこんな顔すんだな)


 そんな事を思った矢先、彼が再度自分の名前を呼ぶ。

「都築っ!!」


 彼の声は自分の耳に届いていた。だが、それに応える事なく、視界が途切れた。



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