第9話

 居るだけでも息苦しくなりそうな空間に自分含め6人の生徒が集まっていた。例の話しから3日が経ち役員の顔合わせをしているのだ。定時制の方から自分に、伸也、田沢の3人。対して千納時の方から、可愛らしいおかっぱ頭に細いフレームのめがねを掛けた、住川貴理。ガタイよく柔道部の角俣隼人が、対面式で座っている。ただ、ここに集まり自己紹介はしたものの、10分程時間が経過しても会話を振っても続かない。ただただ重い空気が漂っている。


(どうすんだよーー)


 チラリと千納時を見るが、腕を組み四人の方を見つめていた。この様子だと彼は何も動くつもりはないらしい。


(しゃーないな)


 自分は一回咳払いをする。


「えーと。とりあえず、話し進めたいんだけど…… 何かやりたい事とかある? ブース的には教室の半分を使用する感じで」


 自分の問いに答えるわけもなく、思わず苦笑いをすると、隣の伸也が自分に耳打ちする。


「おい、もう帰ろうぜ。こんなのぜってーー 無理だしっ」


 そんな彼の囁きはいくら声を小さくした所で静寂の教室では意味がない。彼の目の前にいた角俣がこちらを見た。


「そうだな。この調子では無理だと思う」

「私もそう思います」


 鄰に座る住川もそれに賛同の声をあげる。すると田沢が住川を睨む。


「そんな事思ってるのあんたらだけじゃないんだよ。こっちだて願いさげだね」


 すると、住川が立ち上がり彼女を睨み返す。


「こっちもです!! それこそ何で私達が定時制のあなた達と共同でやらなちゃいけないんですか? 外見からして素行悪い人達でしょ」

「はあ? 何いってやがるんだ? 定時制だから素行悪いことか勝手に決めつけるんちゃねーよ、そこの女!!」

「おいっ、彼女が普遍的な事は言ったとはいえ君も女性に対して失礼だっ」


 今まで黙り込み、思っていた事がいえなかった事がここで堰を切ったように溢れ出し、教室に声が散乱し始めた。


「お、おいっ、四人共っ」


 止めに入るが、全く自分の声は届かない。


(収集つかないっ)


 その時だった。


「五月蠅いよ。四人共」


 今まで黙っていた、千納時が言葉を発した。その声は決して大きくはなかったが、とても冷たく、鋭い刃物のような感じに捉えられ、すぐさま自分は彼を見た。顔は笑っている。だが、目は全く笑っていない。


(めっちゃ怒ってるんですけどっ)


 それは言い合っていた四人も察するとと同時に、とてつもない威圧感に飲まれ、口を一斉に紡ぐ。


「とりあえず、立ってる人は座ってくれる」


 彼の言葉に従い腰を下ろし、全員が着席した所で、彼が周りを見る。


「何を言ってもこの体制はかわらなければ、非常に無駄な時間だ。確かに今回初めての上に、この試みは二年生のみ。互いに思う事はるが、せっかくの機会だ。なので気持ちを入れ替えて取り組むようにしてほしい。とりわけ、今までの無駄な時間を取り戻したい。なので今回やる出し物を早急に決める。とりあえず、俺の方で何個か案はあるから聞いてもらう」


 皆何も言葉を発する事なく、圧を保ったままの千納時を見つめる中、彼は詳細を配り淡々と案を説明し始めたのであった。



「こんな感じで、いいっすかね」

「良いと思います」

「そ、そっかっ、良かったっ。はははは」


 ぎこちない会話を角俣としつつ、作業をする。あの話しをして5日目。合同二学年役員では射的と輪投げをする事になった。今は、使っていない準備室で、長机を端に寄せ、射的用の三段の台を製作中である。ただ、今それを製作しているメンバーが3人であり、定時制は自分しかでていない。しかも5日間で作業日が3日もあったのだが、どの日も定時生徒自分一人なのだ。二人は学校に来ていても用事がるとかで来ず。


(ったく本当にあるのかよ用事!!)


 そう問いつめたくもなるが、最初の顔合わせが兎に角最悪だったので、行きたくないのも理解出きる。


(だいたい、今回あの二人は自分と仲が良いからって役員させられてる節あるし尚の事強くは言いにくいんだよな)


 自分とて本音をいえば、今だって来たくはないが、長になってる手前そういうわけにもいかず、授業前に仕事を早上がりさせてもらい参加している状況だ。ただ、その空気は理解した上でも、角俣と住川は来て作業をしているのだから、ある意味大人なのかもしれない。


(ただ、やっぱりやりにくいーー ったく千納時いればちったーー 違うのに)


 彼は、3学年長イコール生徒会長の補佐でてんてこまえのようなのだ。学年長は2、3年する形式であり、必然的に彼が来年の3年の学年長であり、生徒会長となる。そんな背景から引継諸々踏まえて、3年の方にも手伝いに行かなくてはいけないらしい。なので、一回は顔を出すも、後はこちらに任せて退席してしまう。忙しい事が理解出きるので引き止める事は出来ない。ただ、千納時がいるだけで、二人も断然やりやすくなるだろうし、自分も気持ちの持ちようが違う。流石に何かと関わってきたせいもあるかもしれないが、彼とならこんなに気を使う事なく話せ、笑える。


(まあ、時たま突拍子もない事するせいか、鼓動がヤバい事になるけど)


 そんな事を思いを巡らせていると、何故だか少し寂しさを感じた。一瞬その感情に驚き作業の手が止まるも、こんな事で弱音じみた姿勢をとってたら、皮肉を言われるのは目に見えている。

 自分は、一回大きく息を吐き、気持ちを入れ替え、住川を見た。


「あの、これっ、どこに飾ります?」

「…… どこでも良いんじゃないですか」

「そ、そうなんすね。さっき来た時千納時が、住川さんに飾りの事は聞けばいいって言ってたもんですから。自分そんなセンスないんで」

「千納時君が、あなたに? そんな話しを? 私に直接じゃなくて……」

「い、いや。彼もそんなつもりじゃなくて、ついでみたいな感じっていうか」


 すると、眼鏡越しから鋭い視線を送る。


「前から思ってたんですけど、あなた。千納時君と凄く仲良いですよね。どういうつもりですか? 彼を利用しようとしてるんですか?」

「い、いやっそんなつもりは更々なくてっ」


 自分が言葉を言い終わる前に住川はスタスタと準備室の入口まで行くと振り向く事無く口を開く。


「すいません。私、教室に戻ります。クラス展示もありますから。角俣君お先に」

「ああ」


 すると彼女はそそくさとその場を後にした。


(何かまずい事言ったか?)


 皆目検討がつかないまま、深い溜息を吐く。その直後だ。


「気にする事はない」


 斜め前で作業していた角俣が声を上げた。いきなりの事で、反応出来ない自分に対し、彼は自分の方を見る。


「住川も根はいいやつなのだが、思い込みが激しい。それに千納時を異様な程崇拝しているので、君が千納時とそんな話しが出来るのが羨ましいのだろう」

「そう、なんすか? 俺は千納時と会ってる時間なんて限定的で、よくわからないっていうか」

「彼は必要な話しはするものの、それ以上の事言わない。ただ、君とはなんだか雰囲気が違うような気がする。それは役員として彼をいつも側で見ているので察する事は出来る」

「そんなに違う感じないんすけどっ」

「最初っからそうなら比べようがない。だが、千納時がある意味見込だ男だけはあるな」


 すると、彼が俺を見て二カリと笑う。


「この空気感の中、赴き責任を全うし作業する姿勢は、賞賛に値する」


体育会系丸出しのオーラを一気に放つ角俣が再度二カリと笑う。その姿があまりにも彼の姿と合致していると同時に、千納時以外の全日制生徒に予想だにもしていなかった言葉に気持ち恐縮と照れが混じる。そんな中、自分は小さく会釈し呟く。


「あざっす」





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