三章 第8話

「いやーー 二人共お疲れ様。都築君初めてのコンテストどうだったかな? にしても。赤点しかとった事のない君がっあんな立派に。しかも3位っううう」

「網谷先生大袈裟っすよ。でも今回は短期決戦の詰め込み式だから忘れっちゃいますって」

「駄目だよ忘れちゃ。ね、千納時君。君も本当に有り難う。都築君が無事乗り切ったのは君にお陰だよ」

「秘密兵器の役を全うできましたかね」

「勿論!! 君じゃなかったら多分都築君、あんな発音で話せなかったよ」


 鼻息を荒くしつつ、網谷が熱弁を振る姿を自分と千納時は少し引き気味で見つめる。


「とりあえず、先生。他の人もいるんで、熱量押さえてくれます?」

「あーー ごめんごめん。いやーちょっと暑くなってしまったよ。なのでちょっと飲み物とってくるね。二人も引き続き好きなの頼んで良いから」


 少し鼻歌交じりで彼は席を離れていく姿を目で追う。


「すげーー ご機嫌だな」

「だな。まあ、俺もこんなにうまくいくとは思っていなかったし」

「はあ? 何それ。あんなに自信満々ぽかったじゃん千納時」

「教える俺がオロオロしてたら、都築困るだろ?」

「確かに。でも千納時は教えて方うまいんじゃねー やっぱ学年長ともなると、それなりにまとめなきゃいけない立場のせいもあるかもしれねーけどさ」

「はあぁああ…… それ、忘れてた」


 言葉と同時に、彼がテーブルに肘を付き、額を押さえる。


「何そんな深い溜息ついてんだよ!! とりあえず網谷先生追加して良いみたいだから頼もうぜ。先生の奢りなんてそうはないからさ」


 自分はテーブルにある注文パットを彼に渡すと、渋々それに目を通す。因みに今は、スピーチコンテストの慰労会を網谷が出資するという事でファミレスで食事をありついている所である。先生は見た通りの上機嫌であり、相当今回の事が嬉しかったのだろう。かたや自分等はそんな彼を見ているせいか気持ち落ち着いている感じである。ただ、目の前の千納時がいきなり顔を曇らせたのだ。なので自分は思わず咄嗟にメニューを彼に見せてしまった。そんな彼は注文画面を見つつ、再度溜息を吐く。


「いきなりどうしたんだよ?」

「いや、後一ヶ月もたたないうちに堂鈴祭があった事を思い出した」

「あーー 全日制の文化祭かーー 結構盛大だもんな。自分行った事ないけど」

「そうなのか?」

「ああ。だって、本当昼間の生徒となんてマジ接点ないし。千納時はカフェの常連だったり、今回の事もあったから、こんなふうに話せるけどさ。他の全日制の生徒とかなんて話した事ないし」

「そっか、全日制の生徒は俺だけなんだな……」


 メニューに目を落としながらボソリと彼が呟くと共に、やんわりと微笑む。


「コーヒー飲みたいかな」

「じゃあ自分も飲み物持ちにくから一緒に持ってくる」

「違う。都築の淹れたコーヒー。最近飲めてないから」


 すると、千納時が顔を上げこちらを見る。穏やかに笑いかけるよな表情に、一回胸の鼓動が跳ね上がる。英語を教えてもらった時もこんな事があったが、一体どういう事なのか。自分でもよくわからない。


(ただ、千納時のあの顔見ると、どうもな)

 

 こっちまで嬉しくなるような、でもどこか恥ずかしさも感じる。今も、そんな感情がこみ上げ、彼から顔を反らしてしまう。


「そ、そうだよなっ、最近店にいるより、学校で会う方が多かったからっ。でもまた飲みに来れるだろ? 自分に英語教える事もないんだしさ」

「確かに。でも入れ替わりで文化祭があるだろ? あの行事は都築に英語教える以上に時間を費やされる…… うん?」


 いきなり彼の表情が更に曇り、何かを考え始めた。今の会話に何か気になる事があったのだろうか。すると、ドリンクを取りに行っていた網谷が戻ってきた。


「何か頼んでみた?」

「いや、まだっす」

「そうなの? 遠慮しなくて良いっていったんだから」

「はい」

「網谷先生」


 考え事をしていた千納時が彼の名を呼び視線を送る。


「どうしたんだい?」

「単調直入に聞きますけど、これ。慰労会兼ねて別の事もあるんじゃないんですか?」

「何だよいきなり、探偵みたいな事言ってんだ千納時。コンテストの後だしご苦労さん会だろ?」

「だとしても、低価格の店とはいえ、エンゲル計数高め男子は年齢層的食べる。そんな俺等に食べる事を再三薦めてくる経緯が気になるんだが」

「おいーー 千納時。疑い深いとこがあるのはわかるような気がするけど、流石にそんな事ないっすよね、網谷先生?」

「ご名答!!」

「は? ご名答って? な、なななっ、ど、どういう事?」


 すると、千納時は深い溜息を吐く。


「じゃあ。改めてちゃんと話し聞かせてもらいます?」

「そうだね。とりあえず、君達がお腹を満たしてくれた時点で、話しをきりだそうと思っていたんだけど、やっぱり千納時君は学年長だけの事はあります。でも今回の食事は8割がた先日の慰労会なのは間違いないので、悪く思わないで欲しいですね」

「何だよそれーー」


 軽い絶叫をする自分に対し、千納時は落ち着いた様子で網谷を見る。


「で、後の2割はなんなんですか?」

「うん。それなんだけど、今回のスピーチコンテストで、君と都築君が協力し、しかも全日制と引けを取らない発表をして乗り切っただろ? あれを見て校長がこれならいけると思ったらしいだよね。まあ話しの感じ、今回のコンテストの様子を見て校長が本当にやりたかった事を教師達につたえてきたって感じかな」

「…… 校長の本当にやりたかった事?」

「まさか……」

「千納時君わかっちゃった人?」

「え、何っ二人して、自分だけわからないってっ、 すげー嫌!! はっきり言えよ」

「堂鈴祭?」

「文化祭がどうかしたわけ?」

「都築。今回のコンテストの参加理由覚えてる?」

「確か、全日制と、定時制の交流を増やしたいだっけ」

「そのままの話しだよ」

「は?」

「そういう事なんですよーー 大正解。千納時君」

「正解してても嬉しくないです。俺の仕事がただ増えるだけです。それに今回の案件みたいにはいきませんよきっと。少なからず俺は都築だから受けたまでです。なので、彼以外の定時制の生徒も一緒にまとめる事は無理な話しですから」

「まあそうなるよね。いくら定時制の生徒数が少ないにしても二学年の学年長は三年のお手伝いに呼ばれたりするから。なので定時制からもパイプ役も兼ねて学年長を立てて数人の補佐つけて派遣するから。基本その学年長率いる実行員が共同の出し物をやるような形で進めていく感じかな。で、その学年長なんだけどね」


 そう言うと、網谷は自分の片肩に手を置くとニコリと笑う。


「都築君、引き続き千納時君とよろしくお願いします」


 自分はその言葉に大きく口を開き、暫く声が出なかったと共に、視界に入っていた千納時が遠い目をしながら天井を見つめていた。

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