蕎麦屋『源徳』


あの後も魔物の食べ放題を満喫した双喧は、バイクを吹かしながらマテルダンジョンを後にし、家路についていた。

マテルダンジョンの闘いを思い出すと、自然と笑みが溢れる。


「いやぁ~、楽しかったなぁ…。しっかし、散々動いたから腹減ってきたなぁ…」


双喧は行きつけの蕎麦屋に立ち寄る。

蕎麦屋『源徳』

戸を開けると、いつも通り親父が出迎える。


「おう、来たか双喧。そろそろ来ると思ってたぜ」

「よう親父。取り敢えず何時もの頼むぜ!」

「はいよ」


双喧は何時もの指定席に座る。

看板娘の有紗ありさがお茶を持ってくる。


「はい、お待ちどうさま。今日も行ってきたの?」


双喧は熱い緑茶を飲み干して、お代わりを要求する。


「おう、今日はマテルだなァ。マグマ共を殴ってきた!」


緑茶のお代わりを貰いながら答える。


「大丈夫だと思うけど、気をつけてね…。貴方も大事なお客さんなんだから…」

「へっ、わーってるよ。それにここの蕎麦が食えなくなるのもだからな」


まだ空いている店内で、しばらく有紗と話していると、


「はいよぉ、お待ちどう…。いつものとろろ蕎麦だぜ」

「来たか!こいつを食べねぇとな…!」


双喧の前に置かれたのは、源徳の名物とろろ蕎麦。

熱々の蕎麦にすって特製出汁を入れたとろろをかけた一品。

双喧はこのとろろ蕎麦を学生の頃から食べている。

双喧の身体は、とろろ蕎麦とバイクと炎で出来ていると言っても過言ではない。


「さてさて…」


双喧はいつも通り、まず出汁から味わう。

ズズッと出汁を飲むと昆布と宗田鰹の香りが鼻腔をくすぐる。

その香りを軽く嚥下した後、とろろを絡めずにひと啜り。

挽いた蕎麦の香りを鼻で味わい、蕎麦をそこそこ噛みのどごしを楽しむ。

そこで緑茶をひと啜り。

次はとろろを絡めながら…。

これもまた絶品。

とろろの粘り気と蕎麦ののどごしが相まって、格別のものとなる。

学生の頃からのルーティン。

それは今でも変わりはしない。

蕎麦を啜り、緑茶を飲む。

半分ほど食べたところで、一味をパッパと掛ける。

辛味を足されたとろろ蕎麦はまた違った顔を見せる。

啜る。噛む。飲み込む。

美味い…!

最後に少し残った蕎麦に七味をかける。

七味にも唐辛子が入っていることを聞いたときからしている手法だ。

七味の香りが加わったとろろ蕎麦を啜り込む。

無論、汁も一滴たりとも逃すことはない。


「フゥゥゥ……」


熱い吐息が口から漏れる。

楽しんだひと時はあっという間に終わってしまう。

だが、満足感と共に膨れた腹を擦りながら、そば湯を啜る。

そんな双喧に親父は尋ねる。


「双喧、まだ少し入りそうか?ちっと、試して欲しいモンがあるんだけどよぉ…」

「あん、なんだ?わりぃけどそんな入らねぇぞ…」

「あぁ、有紗の案でな。蕎麦プリンっつーのをこしらえたんだが、どうだ?」

「プリンか?それなら入りそうだな…」


親父はそれを聞くと、双喧の前に蕎麦プリンを置いた。


「代金は要らねぇから、感想を貰えるかね?」


双喧は頷き蕎麦プリンを一掬いする。

固く蒸し上げられた灰色のソレを口に入れると、蕎麦の香りが舌と鼻に滲んでいく。

舌に少しの抵抗をみせるプリンを味わうと、たしかに蕎麦の味が浮かび上がってくる。

これは良い…。

長らく通う双喧も納得出来る味。


「良いなぁ。蕎麦の後に食うプリンってのも案外悪くねぇもんだなぁ…」

「そうかい?んじゃあ、少しだけ出してみるか…」


親父は長年付き合った双喧の笑みをみて、行けそうだな…と確信した。

双喧は、蕎麦の後にプリンか…それもアリだなと、思い次からやろうと決意する。

そんな双喧のスマホが震える。


「あん?」


スマホを取り出すとダンジョン局からの電話である。

双喧は親父に声をかけてから、外へ出る。


「なんか様か?」

「はい。少しご相談がありますので、時間がありましたら新宿ダンジョン局の方にお越しください」

「おう。んじゃ、明日10時くらいで良いか?」

「はい。お待ちしております」


スマホを切りながら、双喧は顔を顰める。


(一体何の厄介事だ…?)


双喧は源徳の中に戻りながら思う。

こんな風に連絡をするのは、いつも厄介事が来る時だ。

スケルダンジョンのドラゴン騒ぎの時も呼ばれたことがある。


(変な厄介事じゃなければ良いが…)


双喧は残っていたプリンを完食したあと、代金を支払い店を後にする。

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