死に戻りの王女は、敵国へと嫁ぐことにした
悠月 星花
第1話 星ひとつ見えぬ夜に
「あなたは、妻である私より、いつもユウリ姉様を優先するのね」
頬を伝う涙。半年前に隣国へ嫁いだ姉が、冷たくなって祖国へ戻ってきたとき、私の夫であるエリオットは、すぐさま駆け寄り抱きしめた。醜聞も気にせず、姉に縋りつき泣いている夫を見ると、今までの気持ちがすっと冷めていくような感覚があった。姉の葬儀を身内だけで終わらせたあと、エリオットは国宝の剣を携え、隣国へ復讐のために多くの兵を連れ、旅立つ。その一団を私は無言で見送った。
玉座の間で、最愛の夫であったエリオットの帰還を待ち続け、戦況の厳しい報告を父である国王と聞く毎日。
緊張による疲れに、とうとう私は倒れた。
「ルーナ様!」
目が覚めたとき、真っ暗な部屋に、父がそっと立ち尽くしているのが見えた。大雨が降っているのだろう。ガラスに当たる雨粒の激しい音が聞こえ、雷で一瞬、部屋が明るくなった。
そのとき見えた父の表情は、死人のように青白く、目だけがぎょろぎょろと私を捉えていた。
「お父様、一体何が……」
「あぁ、ルーナよ。わが国が、お前の夫てあるエリオットが戦争に負けた。負けたのだよ……」
父は、その場に力なく崩れ落ちた。戦地では、エリオットの首は切り落とされ、敵軍の蒋が槍に刺して晒しているという。なんと酷いことができることか。父は泣きながら声を震わせ、私に許しをこう。ただ、私も、エリオットの死が信じられず、呆然としてしまった。
「……2度と会えない気はしていました。私は、私は……、愛するあなたを失って、これから、どうすればいいの?」
顔を両手で覆い、涙を隠すが、悲しみが深く、感情をうまくコントロールができない。真っ暗な部屋では、父と二人分の嗚咽で溢れた。
先に泣き止んだのは、父だった。私を見て、思い立ったのだろう。侍女を呼び、私の旅支度をさせる。
「お父様、エリオットのいない世界で、生きることは難しいです。もう、このまま、死なせてください」
「それは、ならん! 血筋を絶やさないためにも……」
「いいえ! もう、生きていることが、辛いのです!」
旅支度をしている侍女たちがいる中で、私は父に訴えかける。私よりも、まだ、小さい弟のシーザーを逃すことを考えて欲しいと説得した。やがて、ここへ攻め入ってくるだろ敵国の者たち。国を守るために、私はこの命を差し出すことにした。
王宮の北の外れに、塔が建っている。私は、身なりを整えて、その塔へ一人足を運んだ。その間、これまでのことを思い出す。
エリオットと出会ったこと。王妃であった母がユウリの母である貴妃の手のものによって殺されたこと。父が、貴妃を母の葬儀も終わらぬ間に王妃にしたこと。秘匿にされてきた義姉ユウリとの生活。エリオットとの婚姻と不仲。
「エリオット、あなたは、いつもユウリ姉様を優先してきたわ。私があなたと結婚したから、何度、「ユウリは敵国へ嫁いだ」と詰られたことかしら。あなたの中に、いつも私はいなかった。私には、母を失って以来、あなたしかいなかったというのに……」
塔の上に登ると、風が強く吹いている。真っ白なドレスは風にはためき、今にも飛ばされそうであった。
星ひとつ見えぬ、真っ暗な闇夜に、私は手すりに手をかける。
「お父様、ごめんなさい。先に逝きます」
両手にグッと力を入れて、体を持ち上げる。強風が私を押し上げるようにふわりと浮いた。次の瞬間には、手すりから手が離れ、落下していく。
鈍い音と共に、私は意識をなくしたのであった。
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