第2話 継承者計画の影
外縁区の隔壁が軋む音は、まるで金属が悲鳴を上げているようだった。
《警告:外壁損傷率 52%。重力安定領域に乱れ発生》
アリアはリィナを抱え、ケンや保安局員たちと走り抜ける。
重力制御が乱れ、床が突然ふわりと浮き上がる。
身体が少し宙に浮く感覚に、アリアは反射的に壁へ手を伸ばして姿勢を保った。
背後で轟音が鳴り響いた。
ズガァン……ッ!!
振り返ると、鋼鉄の隔壁が内側へ“食い破られて”いた。
黒光りする装甲に覆われた四脚の無人戦闘ドローンが複数体、ゆっくり這い出してくる。
そのセンサーが赤く光った瞬間、局員が叫んだ。
「レーザー掃射! 伏せ――!」
赤い光が横一線に走る。
床を焼き抉る焦げ跡。
すぐ隣の隊員の盾が一瞬で溶断され、火の粉が散った。
「くそっ……! 走れアリア!!」
アリアは歯を食いしばり、リィナの手を強く握った。
「ケン! あとで必ず合流する、死なないで!」
「お前が言うなッ! ほら行けッ!!」
ケンが携帯シールドを展開し、後方でドローンの注意を引く。
撃ち込まれるレーザーパルスがシールドへ弾かれるたび、青白い火花が散った。
その光の中を、アリアたちは非常隔壁へ飛び込んだ。
隔壁が閉じる直前に視界の隅で見た。
ドローンがケンの盾に激突し、シールドが砕ける光景を。
◆
保安局の臨時拠点――薄暗い分析室に逃げ込み、ドアを閉めた瞬間、アリアの膝が震えた。
リィナを抱きしめるようにしながら、アリアは息を整える。
「……リィナ。あなたは何者なの?」
少女はゆっくりと顔を上げる。
その表情は恐怖ではなく、覚悟を宿していた。
「私は“第二継承者”。
第一継承者――あなたを保護するために造られた存在です」
「造られた……?」
「はい。あなたと同じ遺伝子、同じ情報を持つクローン。
でも私は不完全。あなたこそが“計画の中心”――」
そこへ、ホログラムスクリーンが突然点灯した。
暗号化されたメッセージ。
アリアは目を見開いた。
「祖母の暗号……!」
ステラ・レンブラント博士――
アリアが尊敬してやまなかった、亡き祖母。
メッセージには、短く、そして致命的な一文が記されていた。
『アリア、継承者計画の内部に敵がいる。
保安局は信用するな。
すぐにリィナと逃げなさい』
と同時に、拠点の照明が赤く点滅し、不気味なアラームが鳴り響き始めた。
《警告:内部システムへ不正侵入。ロックダウン開始》
アリアの背筋を冷たいものが走る。
敵は外から襲ってくるだけではない。
内側にも、継承者を狙う勢力が潜んでいる。
その時――
「アリア!!」
扉が乱暴に開き、ケンが転がるように入ってきた。
装甲が焦げ、息が荒い。
「お前らの拘束命令が出てる! 保安局本部が完全に乗っ取られた!
もう上層部が信用できねぇ!」
「どうして……私たちを?」
ケンは血の滲む腕を押さえながら叫ぶ。
「リィナって子のデータだ! “継承者計画”を理由に、お前たちを排除するとか……理由がバラバラで掴めねぇ!」
リィナがアリアの前に躍り出て言った。
「アリア、急いで。
――彼らは“継承者の覚醒”を恐れているのです」
その言葉の直後。
ガガガガガガガガッ!!
通路の奥で重装備部隊が姿を現した。
電磁パルス銃を構え、一直線にアリアたちへ照準を向ける。
「アリア・レンブラントおよび未登録少女の確保を命じる!
抵抗すれば射殺も辞さない!」
「来やがった……!」
ケンが前に出る。
「アリア、リィナを守れ!!」
アリアはケンの背中を見る。
その背中は、光の中に沈んでいく戦士のようだった。
ケンが携行グレネーダーを構え、引き金を引いた。
「行けぇぇぇぇ!!」
爆風が通路を飲み込み、視界が白く灼ける。
アリアはリィナの手を掴み、保守通路へ飛び込んだ。
背後で銃声が跳ね、パルス弾が壁に穴を開けて飛び散る。
金属片が頬をかすめる熱。
胸の奥の震え。
――自分たちは、本気で殺されようとしている。
暗い整備ルートを走りながらアリアは思う。
祖母の警告は本物だった。
“継承者計画”は、自分の知らないところで暴走している。
そして――
敵は、外宇宙でもドローンでもなかった。
人間だ。
アリアはリィナの手を離さず、決意を固めた。
「もう戻れない……逃げるよ、リィナ!」
「はい、第一継承者!」
二人の影は、血の匂いが漂う薄暗い通路の奥へ消えていった。
すべては――ここから始まる。
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