第2話 継承者計画の影

外縁区の隔壁が軋む音は、まるで金属が悲鳴を上げているようだった。


《警告:外壁損傷率 52%。重力安定領域に乱れ発生》


アリアはリィナを抱え、ケンや保安局員たちと走り抜ける。

重力制御が乱れ、床が突然ふわりと浮き上がる。

身体が少し宙に浮く感覚に、アリアは反射的に壁へ手を伸ばして姿勢を保った。


背後で轟音が鳴り響いた。


ズガァン……ッ!!


振り返ると、鋼鉄の隔壁が内側へ“食い破られて”いた。

黒光りする装甲に覆われた四脚の無人戦闘ドローンが複数体、ゆっくり這い出してくる。


そのセンサーが赤く光った瞬間、局員が叫んだ。


「レーザー掃射! 伏せ――!」


赤い光が横一線に走る。

床を焼き抉る焦げ跡。

すぐ隣の隊員の盾が一瞬で溶断され、火の粉が散った。


「くそっ……! 走れアリア!!」


アリアは歯を食いしばり、リィナの手を強く握った。


「ケン! あとで必ず合流する、死なないで!」


「お前が言うなッ! ほら行けッ!!」


ケンが携帯シールドを展開し、後方でドローンの注意を引く。

撃ち込まれるレーザーパルスがシールドへ弾かれるたび、青白い火花が散った。


その光の中を、アリアたちは非常隔壁へ飛び込んだ。

隔壁が閉じる直前に視界の隅で見た。


ドローンがケンの盾に激突し、シールドが砕ける光景を。



保安局の臨時拠点――薄暗い分析室に逃げ込み、ドアを閉めた瞬間、アリアの膝が震えた。


リィナを抱きしめるようにしながら、アリアは息を整える。


「……リィナ。あなたは何者なの?」


少女はゆっくりと顔を上げる。

その表情は恐怖ではなく、覚悟を宿していた。


「私は“第二継承者”。

第一継承者――あなたを保護するために造られた存在です」


「造られた……?」


「はい。あなたと同じ遺伝子、同じ情報を持つクローン。

でも私は不完全。あなたこそが“計画の中心”――」


そこへ、ホログラムスクリーンが突然点灯した。

暗号化されたメッセージ。

アリアは目を見開いた。


「祖母の暗号……!」


ステラ・レンブラント博士――

アリアが尊敬してやまなかった、亡き祖母。


メッセージには、短く、そして致命的な一文が記されていた。


『アリア、継承者計画の内部に敵がいる。

保安局は信用するな。

すぐにリィナと逃げなさい』


と同時に、拠点の照明が赤く点滅し、不気味なアラームが鳴り響き始めた。


《警告:内部システムへ不正侵入。ロックダウン開始》


アリアの背筋を冷たいものが走る。


敵は外から襲ってくるだけではない。

内側にも、継承者を狙う勢力が潜んでいる。


その時――


「アリア!!」

扉が乱暴に開き、ケンが転がるように入ってきた。

装甲が焦げ、息が荒い。


「お前らの拘束命令が出てる! 保安局本部が完全に乗っ取られた!

もう上層部が信用できねぇ!」


「どうして……私たちを?」


ケンは血の滲む腕を押さえながら叫ぶ。


「リィナって子のデータだ! “継承者計画”を理由に、お前たちを排除するとか……理由がバラバラで掴めねぇ!」


リィナがアリアの前に躍り出て言った。


「アリア、急いで。

――彼らは“継承者の覚醒”を恐れているのです」


その言葉の直後。


ガガガガガガガガッ!!


通路の奥で重装備部隊が姿を現した。

電磁パルス銃を構え、一直線にアリアたちへ照準を向ける。


「アリア・レンブラントおよび未登録少女の確保を命じる!

抵抗すれば射殺も辞さない!」


「来やがった……!」


ケンが前に出る。


「アリア、リィナを守れ!!」


アリアはケンの背中を見る。

その背中は、光の中に沈んでいく戦士のようだった。


ケンが携行グレネーダーを構え、引き金を引いた。


「行けぇぇぇぇ!!」


爆風が通路を飲み込み、視界が白く灼ける。


アリアはリィナの手を掴み、保守通路へ飛び込んだ。

背後で銃声が跳ね、パルス弾が壁に穴を開けて飛び散る。


金属片が頬をかすめる熱。

胸の奥の震え。


――自分たちは、本気で殺されようとしている。


暗い整備ルートを走りながらアリアは思う。


祖母の警告は本物だった。

“継承者計画”は、自分の知らないところで暴走している。


そして――

敵は、外宇宙でもドローンでもなかった。


人間だ。


アリアはリィナの手を離さず、決意を固めた。


「もう戻れない……逃げるよ、リィナ!」


「はい、第一継承者!」


二人の影は、血の匂いが漂う薄暗い通路の奥へ消えていった。


すべては――ここから始まる。

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