レッド・ヴァンパイア
すずたん
第1話 プロローグ 変わる日
……善人じゃなくてもいい。
なんなら、悪人でもいい。
それで大事な人のために生きる存在へとなれるなら。
そう思った吸血鬼たちと人間たちの物語。
ぼんやりとした意識だが、リリ・シャルルは目が覚めた。
なんだか、とても長くて苦しい夢を見ていた気がする。
確か……大切な人が──。
「あれ……?」
そこで思考がプツンと切れた。
まあ、重要な事ではないのだろう。
「おい、リリ! 起きたか?」
今は1910年12月8日。
そのため、冬の寒さが体に響く。
リリというのは金髪ロングヘアーで金色の瞳、身長165センチメートルで十五才、それで美少女とよく間違われる程かわいい少年……まあ、己の事である。
声をかけたのは仲間の少年、アイゼル。
後、己がソファーで寝ていたという事実にも気が付く。
どうりで変な感じがするわけだ。
とはいえ、この家ではこんなこと日常茶飯事である。
なぜなら、ここは大都市クオリネアのスラム街に立つ、すごく小さな家であり、ベッドは一つしかない。
「あ、リリ。起きたんだ」
更に仲間の一人である少女、ヒューズが声をかけてきた。
「お、ちゃんと今日も逃げ出してないな。じゃあ、行こう。みんな!」
最後の仲間であるリーダーの成人男性、マースが部屋に入ってきた。
「しっかし、今回の仕事も報酬、一晩分のメシになるか、ならないかどうかじゃないですか? 流石に上に言った方がいいと思いますよ?」
己たちが暮らすクオリネアの南エリアのスラム街にて、昼食のサンドイッチを歩きながら食べている一行。
その中でアイゼがマースにそう言った。
「仕方ないよ。僕たちは親に見捨てられた上に孤児院にも入れず、学校にも行ったことがない。なんのコネも知識もない。なんでこの歳まで生きれてのが不思議なレベルの人間さ。仕事が貰えるだけ、ありがたいと思わないと」
マースはおそらく心のどこかで絶望していると感じるほど生気の無い笑みを浮かべながら答えた。
「ま、といっても汚れ仕事なんだけどね。殺し合いなんてしょっちゅうなのはちょっとこりごりかな」
リリは聞きながらサンドイッチを一口食べる。
……まあ、不味い。
なんせ、ゴミ箱で拾った食べかけのやつだから。
しかし、それしか食べられないというのが現状である。
(……いつか、普通のサンドイッチが食べたいな……)
そういえば、普通のサンドイッチ、食べたことなかった。
「おーい、リリ。大丈夫?」
ヒューズが眼前で手を振りながら、心配そうに見つめる。
「ここ数日、マトモなモン食べてねぇからな。そりゃボーとくらいするだろ」
「アイゼ、確かに……。とはいえ、ホントに大丈夫?」
「……大丈夫だよ。こんな生活もう、十年……いや、十年とかなりの時間過ごしてるからね。もう、慣れた」
……正直、リリはこの世界に呆れていた。
「あのさ、おたく借金いつまで払わないつもりなの?」
雪が降りしきる中、スラム街から路面電車を乗って、クオリネアの東エリアの貧しい住民達が暮らす地帯、そこにあるガンショップにリリ達四人は来ていた。
全員、ハンドガンを携帯している。
いつでも戦闘準備はオーケーというわけだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。うちには嫁も子供も居るんだ……なあ、もう少しだけ頼むよ?」
すると、マースがため息をついた。
「ハイハイ、分かりました……お嫁さんとお子さまのためなら、上にかけあってみますよ」
そして、マースが後ろを向き、四人全員店を出た。
その時──。
店主がマシンガンを構えた。
なので、リリはすぐに振り返り、一発で店主の頭を撃ち抜き、殺した。
「……嘘つき。こいつにお嫁さんと子供は居ないですよ」
撃ち抜いた後は三人共、驚いていたがすぐに落ち着く。
この稼業をやっていればよくあることだ。
「あぶねー。また、リリに助けられたわ」
アイゼがほっと一息つく。
「そうだね。私達、リリと比べて素人だし……というか、なんであんなに人を殺すのうまいの?」
ヒューズが不思議そうに訊ねてきた。
「……今はどうでもいいでしょ。それより、この店に価値の有るものがあるかどうか調べよう。手ぶらで帰るわけにはいかないし」
色々と人には知られたくない事というのが人間あるものだ。
──と、リリだけが店に入った瞬間。
「あれ? あっけねーな」
──三人が一秒程度でズタズタに殺されていた。
「…………え?」
「あ! この女の血うまそー。先に飲むか」
人間じゃない。
そう簡単に理解できた。
多分、こいつは見た目こそ華奢な成人男性に見えるが特徴的な犬歯と今の発言、そして、ヒューズの血を飲んでいることからして──今、噂話でよく聞く吸血鬼……だ。
信じがたいが。
「って、どこ行くんだ?」
気づいたら裏口に向かって逃げ出していた。
本能が逃げろと脳に、体に伝えたのだろう。
しかし、裏口から外に出た瞬間。
「ざーんねん」
「あ……ぐっうぅぅうう!!」
手刀で大きく、背中を切り裂かれ、リリは雪が降り積もった地面に転がる。
「さらにもう……一撃!」
「ああ、あがっ……ああぁぁあ!!」
ぐさりと傷ついた背中を右手で刺され、引き抜かれる。
傷は深く、致命傷だ。
「あ、言い忘れてた。お前達、上の組織“フォール”から切り捨てられたって。それだけ。じゃ死ね」
トドメの一撃を左手で刺されそうになった。
だが、数秒経っても来なかった。
「あ……れ……?」
思わず声が出た。
それは後ろを向いて確認するとなぜか、吸血鬼の頭がなかったからだ。
「……間に合った。キミ、大丈夫? いや、大丈夫そうじゃないね……」
前から声が聞こえた。
頭を元の位置に戻すと、そこには。
──あまりにも可憐で、あまりにも美しい、神秘の少女が居た。
容姿は黒髪ロングヘアー、黒目、胸は平均的な大きさ、身長は165センチメートル程。
年齢はおそらく十六才。
服はなぜか黒いドレスを着ている。
だが、この人、犬歯が生えている。
それに雰囲気と後ろの吸血鬼をおそらく一瞬で殺したスピードを見るに……吸血鬼だ。
「あなたは……?」
「しっ! しゃべっちゃだめ。傷が悪化する。でもごめんね。今は常備している薬がないんだ。キミを救うには……これしかない」
すると少女はがぶりとリリの右首筋に噛みついた。
……何か分からないが、液体を体の中に流し込まれた。
そこでリリは意識を失った。
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