かぜくんと、クソアマ。

玉木木木

スカートの中は

大学名物の“地獄階段”。

佐座かぜはいつも通り、死にかけのスローペースでノロノロと上っていた。


(なんで大学ってこんな山の上に作るんだよ……誰の嫌がらせだよ……クソが)


文句を心の中で垂れ流しながら、ひょろ長い身体を引きずるように階段を進む。


その少し前を、倉園あまが軽やかに歩いていた。

華やかな雰囲気で、男子の視線を吸い寄せるような甘い美貌。


かぜは彼女の存在と名前くらいは知っていたが、遠巻きに「キラキラ陽キャワールドの人間だし、僕には無関係」と思っていた。


その瞬間、風が吹いた。


ふわり、とあまのスカートが持ち上がる。


(……え、ちょ、……!!!)


見えた。

よりによって、かぜの真正面で。


ピンクの、初めて見るような派手な下着。


心臓が一瞬で跳ね上がり、脳が処理落ちした。


(僕に見せてどうすんの……!可愛い…っ!!…っいやいやいや……!!)


混乱の極みに達したかぜの足が、階段の角にぶつかった。


ガッ


次の瞬間、盛大に転げ落ちた。


ドサッ


「きゃっ!?な、なに!?」


階段の途中で倒れ込むかぜに、音を聞いて振り返ったあまが慌てて駆け寄る。


近くで見ると、さらに顔が整っていて、かぜは完全に気圧される。


「君、すごい音したけど……痛くない? 誰か呼ぼうか?」


(……うるさい。陽キャがこっちくんな、注目されるだろうが…)


そう思っているのに声は出ない。

代わりに、動揺のあまり反射的に起き上がってしまう。


「っ……だ、大丈夫です……すみません……」


かぜは目も合わせず、ぎこちなく頭を下げると


「僕、行きますんで……」



逃げた。



あり得ない速度で逃げた。

長身のくせに猫みたいな素早さだった。


背中を見送りながら、あまは呆然とつぶやく。


「……なんか…可愛い子だったな……ふふ」


当のかぜはというと、階段を上りきったところで壁にもたれ込み、真っ赤な顔で息を荒げていた。


(やばい……あれは…いや、あんな派手な下着見たこと無かったぞ…あれが普通なのか?)



┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


階段から転んだかぜが逃げ去ったその日の昼休み。


あまはキャンパスのベンチで、仲のいい友人たちと談笑していた。

取り囲むのは明るい陽キャの女の子たちと男子数名。学内でも目立つグループだ。


「でね?聞いてよ、今日すっごいビックリしたんだよね〜!」


あまが嬉しそうに話し始めると、周りは一気に「なになに?」と身を乗り出す。


「階段でさ、わたしの後ろにいたでっかい子が、突然どっしゃーん!って転んじゃって!」


「え、なにそれヤバいじゃん!大丈夫だったの?」


「それがね、びっくりしてたけどすぐ逃げちゃって……かわいかった〜」


陽キャたちは「あまの“かわいかった”は信用できない」と笑いながらも、興味津々だ。


「どんな子? ちょっと見たい!」


そう言われ、あまは指を折りながら特徴を挙げていく。


「長身で……紫髪で…メガネの子!」


「でね、そばかすがね〜、すっごく可愛かったの!」


「紫?」「そばかす?」


「そんな派手な子いる? いたらわかると思うけどなぁ」



仲間の1人が広場の隅に向かって指を指す


「……紫髪で長身でメガネでそばかすって、あの人じゃない?」


「ほら、広場の隅っこにいつもいる……」


全員の視線が一方向に流れる。


そこには


昼休みの賑やかな広場の、噴水の陰。

長身、細身、紫髪、無表情で漫画を読んでいる 佐座かぜ の姿があった。


ひとり、完全に周囲と距離を置いている。


「うわ、本当にいた! 紫だ!」


「でっか! モデル体型じゃん!」


「あま、それ絶対この子でしょ!」


「あ、ほんとだ〜!この子この子!」


あまがニコッと笑った瞬間、陽キャたちは勢いよく立ち上がった。


「ちょ、行こ! 」


陽キャ集団が一斉にかぜのもとへ向かう。


かぜは、ページをめくる手を止め、顔だけわずかに上げた。


(……なんか来てる……なんで……なんでこっち来てるの……やだ……無理……)


わらわらと集まった陽キャ大軍団。


「ねぇねぇ! デカイね〜身長何センチ!?」


「なんで紫髪なの?そういうキャラ?」


「メガネ似合ってる〜! てか顔ちっさ!」


「ねえねえ、そばかす可愛いね〜!」


質問攻め。

興味しかない顔でぐいぐい距離を詰めてくる。


かぜの脳が、処理落ちする。


(最悪だ……なんで……僕、今日なにか悪いことした……?)


そして


あまが小走りで追いつき、


「あ〜! やっぱりこの子だったんだね!」


満面の笑みで言った。


かぜの心臓が跳ねる。


(…倉園あま……!!)


その日、かぜは生まれて初めて“陽キャの餌食になる恐怖”を味わうことになる。


「ねぇねぇ、顔もっと見せてよ! メガネ取ったらどうなるの〜?」


「前髪も上げてみて! ほら、可愛いそばかすちゃんと見たい!」


陽キャたちは好奇心全開で、ぐいぐい距離を詰めてくる。


かぜは漫画を抱えたまま後ずさり、顔を真っ赤にして固まった。


(……や、やだ……やめろ……なんでこんなに来るんだ……!)


「ちょ、や、やめ……」


言いかけて、つい声が震える。

陽キャの一人が手を伸ばし、無理やりメガネを取ろうとした瞬間、かぜは反射的に手を伸ばし、メガネを奪い返す。


「やめろ…!!!」


その勢いで前髪も直す。

しかし、動揺の余波で思わず叫んでしまい、どもりながら、


「ご、ごめ、あっ…すみっすみませんっ……!」


と言いながら、慌ててその場から逃げようとする。


(……やべ、完全に自分壊れてる……)


だが、あまがすぐ後ろから追いかけてきて、袖を軽くつまむ。


「ちょっと待って〜! いやなことしちゃってごめんね?」


袖を軽くつままれ、足を止めさせられる。

かぜは思わず顔を背ける。


(倉園あま……! なんで…なんでついてくる…!!)


「もう、行っちゃうの?」

あまは目をキラキラさせながら、かぜの前でぴょんと跳ねる。


その瞬間、陽キャたちも自然と近寄ってきて、輪がさらに狭まる。


かぜはリュックに持ってたマンガを突っ込んで、顔を真っ赤にして後ずさる。


だが、あまが一歩前に出て、リュックの肩紐に手をかける。


「逃がさないよ〜?」


その言葉に、かぜは小さく息を呑む。


「ひ、ひゃっ……や、やめ……っ」


声が震え、言葉がつっかえる。

陽キャたちはあまの目線の指示でますます距離を詰め、かぜを囲むように取り囲む。


「ねぇ〜メガネ取ってみて! 前髪上げて!」


かぜは必死で手を伸ばし、メガネを守りながら前髪を押さえようとする。


しかし、あまはまるでいたずらっ子のようにくすっと笑い、さらに軽く肩に触れて引き留める。


「もうみんなやめな〜?ごめんね、嫌なこといっぱいしちゃって……でも、もうちょっとだけ話そうよ〜?」


かぜは心の中で叫ぶ。


(…なんでそんな無邪気に……僕を…おもちゃに……!)


あまはニコニコしながら、ポケットから小さな飴玉を取り出す。


「はい、ほんとにさっきはごめんね?」


かぜは一瞬、手が止まる。

陽キャたちに囲まれ、逃げ場はない。

飴玉を握りしめる手に、震えが混じる。


あまの視線は相変わらず、まっすぐかぜだけを捉えていた。


陽キャたちは好奇心全開で盛り上がり、かぜは完全におもちゃ状態。


その日、かぜは初めて「逃げても逃げられない」「陽キャに遊ばれる恐怖」を味わいながらも、心の奥底で、なぜか飴玉を握りしめる手を離せなかった。

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