第47話「うふふ。」
ラクスの誕生日イベント当日。
去年と同様ノイレンとトレランスは昼間からカバレに駆り出され店内の飾りつけなどを手伝っている。
「今年は去年よりも数段盛り上がること間違いなしだ。気合入れて準備するんだよ。」
シャルキーはてきぱきと各所に指示を飛ばす。ノイレンがステージ周りにランプを配置しているとポルターがやってきて木の板で作ったランプシェードを渡した。
「あの、もしよかったらこれ使って。」
薄い木の板を4枚四角に張り合わせてありその中にすっぽりランプが隠せる。板には☆や〇、ハートなどをかたどった穴が所々に開けてある。
「ランプを中に入れれば光が穴の形になるから面白いと思ったんだ。」
ポルターがちょっと自慢げに説明した。
「ポルターが作ったの?」
ノイレンは渡された板の穴を覗いてポルターに尋ねた。
「まあね。」
「ありがとう、これ面白そう。ラクス喜ぶよきっと。」
ノイレンはにっこり笑うとポルターは真っ赤になる。
「そ、それはよかった。」
そう言いつつ『僕が喜んでほしいのは君のほうだ』と心の中で呟いた。それでもポルターは嬉しくて飛び上がりそうなほどに内心わっくわくしている。なぜならノイレンと会話できたから。いつもなんだかんだ言いながらチラ見するだけでまともに言葉を交わすことができずにいた。それを些細なプレゼントを機に会話することができた。しかも自分に向けてにっこりと微笑んでくれた。もうそれだけでポルターは天にも昇る心地だ。ポルターはデートに誘うことも忘れてノイレンの前でにへらにへらしているとシャルキーに怒鳴られた。
「ポールター!準備の邪魔するんじゃないよ。さっさと荷物運びな。」
「はいぃぃ、すみません。」
ポルターはびくっと背筋を伸ばすと表へ飛んで行った。
「あはは、ヘンな人、いつもだけど。」
慌てて荷物を取りに行った彼の背中をノイレンは彼がくれた板に開いた星形の穴から見て笑った。
夕方続々と常連たちが集まってくる。そのせいで店内はもう熱気ムンムンだ。主役のラクスもすでに出勤してきている。
「もう興奮しすぎて
指先で目の周りをぐりぐりとマッサージしながらラクスがシャルキーに顔を向けて確認してもらう。
「大丈夫、いつもとおんなじでいい女だよ。」
「うふふ、ママがそういうなら安心。」
ラクスは満足そうに笑うとバッグから今日のために新たに買った衣装を取り出した。
「見て見て、今年の衣装。今年は去年のより刺繍や飾りが多い派手なのにした。」
去年はピンク色の露出の多い、常連が鼻の下を伸ばしまくるような衣装だったのに対して今年はぱっと見で豪華絢爛、同じピンク系でも色の濃淡の違う生地を3種類使ってありお洒落なデザインだ。
「おや、とてもいいじゃないか。これ高かっただろう。」
シャルキーはその衣装を手に取り、刺繍や縫製をじっくりと見ている。
「うふふ~、奮発しちゃった。だって、ノイレンちゃんも”いいの”買ってるから負けないようにってね。」
ラクスがニコニコしながらシャルキーの目利きの良さを褒める。
「ノイレンも買ったのかい?」
「そうよ、こないだ一緒に買いに行ってきたの。ねぇ。」
そう言ってラクスはノイレンのほうを向いてにっこり笑う。ノイレンはこくんと頷くとバッグから衣装を取り出した。
「こないだラクスと買いに行ってきたんだ。ずっと前から欲しかったのがあったから。」
かねてより目をつけていたオレンジ色の衣装だ。
「どれどれ、いいじゃないか。ノイレンも隅に置けないね、こんないいもの見つけてくるなんて。」
シャルキーはノイレンの衣装も手に取ってその手触りや縫製をしっかりと見た。
「おやこの花はどこかで見たことあるね。」
衣装のところどころにある忘れ草の刺繍にシャルキーの目が留まる。
「衣装屋さんに頼んで刺繍してもらったんだ。その花はお母さんみたいなものだから。」
ノイレンはソードベルトに巻き付けてあるカチーフにある忘れ草の刺繍を差して答えた。シャルキーは黙ってノイレンの目を見つめる。彼女の脳裏に去年ノイレンから聞かされた誕生日にまつわる悲しい思い出が浮かんだ。
『この子なりに前を向いてるんだね。』
シャルキーはその切れ長の目を細めて優しく微笑んだ。
「きれいな花だね。」
ノイレンはにこっと微笑み返した。
先日、ダンサー御用達のあの衣装屋。
ノイレンは貯金を入れてあるずっしり重い麻袋を握りしめてラクスと共にやって来た。道中ラクスに呆れられるくらい用心に用心を重ねて抱えてきた。
店に着くとずっと前から欲しくて、いつか買うぞと決めていたあのオレンジ色のダンス衣装を迷うことなく手に取りまっすぐに店主のもとへいった。
「このままでもいい衣装だけど、特注で刺繍や飾りを加えることができるよ。」
ノイレンがわき目も振らずにその衣装を持ってきたのを見た店主が”カモ”を見る目つきでそう付け加えた。
「刺繍ってどんなものでもできるの?」
「もちろんさ。ま、料金次第だけどね。」
ノイレンはソードベルトに巻き付けてあるカチーフの刺繍を見せた。
「あの、この花を入れてもらうことできる?」
「ああできるよ。」
「やった。お願い。」
「かしこまりだ。で、どこに入れようかね。一か所だけってのは寂しいから、衣装の全体にバランスよく配置するのが花も目立っていいんじゃないかな。」
もっともらしく提案しながら店主はそっとほくそ笑む。
「うん、そうして。」
「了解だ。立派に仕上げさせてもらうよ。」
マダムはにんまりと笑顔を浮かべてノイレンを見る。
「うふふ、マダム~、ノイレンちゃんカモらないでね。シャルキーママに怒られちゃうわよ。」
店主の目がしめしめと輝いているのを見たラクスがノイレンのうしろからひょいと顔を出して釘を刺した。店主はシャルキーの名を聞いて顔色が変わる。
「なんだい、この子シャルキーんとこの子なのかい?そりゃ勉強しなきゃならないね。」
とんだ提案損だと言わんばかりにげんなりした。
「うふふ。」
ラクスはうしろからノイレンの肩に両手を置いて微笑んだ。
そうして出来上がったのが今シャルキーが手に取っている衣装だ。
「ノイレン、さっそく着て見せておくれ。」
鎖骨と肩を露出したベアトップのワンピースのようなデザイン。ボディラインにフィットしていて胸のふくらみとウエストのくびれがよくわかる。サイドからおへその下あたりに斜めにカーブしたベルト部がウエストのラインを引き締めている。その下のスカート部分は布2枚で構成されている。1枚は前部分をぎりぎりの幅で隠す細長いもの。もう1枚はそれ以外の部分を覆うもの。スリットと呼ぶには深すぎるその境目から立っているだけでもノイレンの長い脚がちらちらと見えている。動けば当然もっと見える。常連たちの鼻の下をくすぐること間違いなし。
そしてスカート部分の両サイドにはベルト部から前部分と同じくらいの幅の細長い飾り布が裾の少し上あたりまでの長さで垂れている。先端に向かって細く尖る花びらのような形をした飾り布は刺繍で縁取られ豪華さを演出。飾り布のベルト部のすぐ下には忘れ草が左右1輪ずつ大きく刺繍されていてとても目立つ。またスカートのすそには小さい梵天が無数に付いていて、ノイレンの動きに合わせてスカートがふわりと舞えば梵天たちがかわいらしくその存在を主張する。
腕には二の腕から手首までの飾り袖。袖口に向かって幅が広くなり2枚の花びらが重なるようなデザイン。襟元にはチョーカーのような首飾り。
衣装の縁や裾、各部分にはしゃれた刺繍が施され、さらにアクセントで澄んだ青い石が要所要所に付けられており高級感を醸し出している。それに加えてノイレンが特注で頼んだ忘れ草の刺繍が腰の飾り布以外にも元からあるしゃれた刺繍と調和するように各所に縫い込まれていて見る者に華やかな印象を与える。
衣装屋の店主曰く「勉強したせいでくたびれ損だよ。」とノイレンにとって嬉しい価格に収まった。そこで衣装に合わせたイヤリングと編み上げのサンダルも購入できた。もうどこからどう見ても一人前のダンサーだ。
「見惚れちまうねノイレン。素敵だよ。」
シャルキーは思わずノイレンをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、シャルキー。」
ノイレンはシャルキーの腕に包まれると安心感に満たされた。彼女のぬくもりが心地よい。小さいころお母さんが抱きしめてくれたときと同じような感じがした。
「よ~し、あたしも頑張らないとね。あんたたちがそれだけ気合を入れてるんだ、今日は最高に盛り上げよう。」
「うふふ。」「はいっ。」
前座のノイレンの番が来た。ステージの真ん中に立ってノイレンは店中を見渡す。ポルターは職権を濫用して開店前から店に居座りステージの真ん前の真ん中の席に陣取っている、しかも一人でだ。親父さんはもとより友人でさえ恥ずかしくて連れてこられなかった。超奥手の彼は自分の気持ちを他人に知られることが何よりも恥ずかしい。もっとも周りにはバレバレなのだが、本人はうまく隠せていると思い込んでいる。
彼の目がきらきらと輝いている。これからノイレンのダンスが見られるという期待と幸福感でいっぱいだ。
誕生日イベントに合わせてめかしこんだ演奏係がポロンと弦を爪弾く。ノイレンは右足を軸にくるんと一回転して自慢のオレンジ色の衣装を皆に見せると右手を下に伸ばし腰を曲げてあいさつする。
そしてすっと背筋を伸ばすとまっすぐに前を見据える。最初はスローテンポ、徐々にアップテンポになっていき観客をダンスに引きずり込む音楽に合わせて踊り始めた。
「ノイちゃんこの前より上手くなってるだに。」
ノイレンのことがお気に入りのあの常連が「生きててよかった」と言わんばかりに惚れ惚れした表情でノイレンのダンスに見入っている。
ポルターは思わず椅子から腰を浮かすほど身を乗り出してノイレンの姿に釘付けだ。ノイレンがくるんと回る動きに合わせて布2枚で構成されているスカートがひらひらと舞う。裾に付いている梵天のおかげでスカート全体の動きがよくわかる。
全面の細長い布は軽い分動きが大きくて足がちらちら。そのたびにランプに照らされるその白さがなまめかしい。肝心なところが見えそうになって誰もが、特にポルターの興奮が高まるとおしりまである長いポニーテールが一歩遅れた動きでそれを隠すように追従してくる。そのチラリズムがノイレンのダンスに”色”を添える。見た目が老け、もとい大人びているだけに成熟したダンサーに見える。ポルターは心だけでなく身体もはち切れそうだ。
ノイレンはステップを踏みながらステージの端から端まで広く使って全てのお客さんにダンスを見てもらおうと一生懸命に踊った。心の底から楽しい気持ちが溢れてきて頬が緩む。ポルターがくれたあのランプシェードの前に来ると星形やハート形にかたどられた光がノイレンの頬や胸を照らす。店中の客が見入った。そこにはまるで満面の笑みを湛えて踊る天女がいるようだった。
カウンターの隅の定位置でそれを見ているトレランスも満足そうだ。その隣でダンス衣装を着たシャルキーが微笑みながらノイレンのダンスを見ている。
「いいね。」
シャルキーがトレランスに向かってそう言うと彼も頷き返す。
「さすがシャルキーだ。教え方がうまいな。」
「そこはノイレンの筋がいいって褒めてやんな。」
シャルキーの切れ長の目が嬉しそうだ。
「そうだな。ダンスもできる剣士か。俺とは違って”二物”を得たなノイレンは。」
「トンビが鷹を生んだね。」
「まったくだ。・・・ん?待て、俺がトンビか?」
「あっははは、いいじゃないか。ノイレンが輝いてるんだ、それで満足だろう。」
シャルキーは豪快に笑い飛ばす。トレランスも仕方ないって表情でにへらと笑った。
「さて、お次はあたしの番だね。」
ノイレンのダンスが終わりに近づくとシャルキーは気合を入れてステージに向かった。
さすがシャルキーのダンスには安定感がある。数十年の経験が彼女のダンスに深みを与えている。見た目の若さではノイレンやラクスには敵わなくともそれを凌駕する素晴らしさが彼女にはある。シャルキーが踊り終えたときの拍手はノイレンの時よりも激しく店中が振動するくらいだった。
シャルキーはステージの裾でそれを見ていたノイレンのもとへ行くと一緒にテーブルを回り始めた。来てくれた客一人一人に挨拶をする。すると鼻の下を伸ばした客たちの中には彼女たちの衣装にチップをスっと差し込んでくる者もいる。
「ありがとう。楽しんでもらえて何よりだよ。」
シャルキーは満面の笑みで客一人一人に愛想を振りまく。ノイレンも同じようにとびきりの笑顔を向けた。
「ありがとう。」
気が付くと2人の胸がいつもより一回り大きくなっている。その大きくなった胸を揺らしながらトレランスのもとへやって来た2人。どちらもこれ以上ないくらいの笑顔を湛えている。
「2人とも素晴らしかった。」
するとシャルキーがトレランスにウィンクする。もっとノイレンを褒めてやれという目配せだ。
「ノイレン、とても上手だった。正直驚いた。あんなにうまく踊れるとは思ってなかった。」
褒めてるんだかけなしてるんだかよくわからない誉め言葉を口にするトレランス。
「なんかちょっと引っかかるけど、ありがとう師匠。師匠がダンスを認めてくれたからわたしこうして踊れるんだ。」
ノイレンは屈託のない笑顔でトレランスを見る。トレランスはその大きな手をぽんとノイレンの頭に乗せた。そこにポルターがやってきた。手には大きな花束を持っている。
「あ、あの。」
ポルターがもじもじしながら声をかけてくる。ムっとその彼を睨むようにトレランスが視線を向けた。せっかくこれからノイレンの頭をぐるぐるしようとしていたところを邪魔されたのだ無理もない。
ポルターはおどおどしながらも花束をノイレンに差し出した。
「これ受け取って、ダンスとても素晴らしかった。」
ノイレンは花束を両手で抱えて胸いっぱいにその香りを吸い込むと満面の笑みでお礼を述べた。
「ありがとう、ポルター。」
ポルターは真っ赤になってノイレンから視線を外す。その目があちこち泳いでいる。その彼の背中をシャルキーがバンと叩いた。
「しっかりおし!男がそんなんでどうするんだい。」
トレランスは相変わらず無言でムっと彼を見ている。花束ならさっきあいさつ回りをしたときに渡せばよかっただろうと言いたげだ。
「あ、あの、僕、」
ポルターはしどろもどろになって言葉を濁しはっきりしないものだからトレランスは痺れを切らした。
「ポルター、いいところにやってきてなんだそのざまは。お前そんなんで俺を倒せるのか。」
ポルターはぐぃぃっと情けない顔を上げてトレランスを見た。そしてぶんっとノイレンに向くと彼女の目を見て言った。
「ぼ、僕とデートしてくださいっ!」
シャルキーはよく言ったとその切れ長の目を細めてポルターを見る。トレランスはムムっとしながらも愛弟子に訪れた幸福を祝うつもりでノイレンの返事を待つ。しかし当のノイレンはきょとんとしている。数秒の沈黙の後ノイレンはシャルキーとトレランスに純真な瞳を向けた。
「デートって何?」
ポルターは目と口を大きく開けて絶句した。
「あっははは!」
シャルキーが腹を抱えて笑う。トレランスは額に手を当てて俯いた。
あっけにとられたポルターは魂が抜けたように固まっている。
「あのな、ノイレン、」
ポルターがあまりに憐れでトレランスがデートの説明をしてやろうとした時店中が歓声と拍手の渦にのまれた。
ラクスの出番だ。
シャルキー、ノイレン、トレランスの3人は一斉にステージに向く。ポルターだけ明後日の方向を向いたまま。
今日の主役のラクスは一番輝いている。笑顔で踊る彼女に誰もが惹きつけられる。ノイレンが天女ならラクスは女神だ。ノイレンのダンスにはまだ不足している色気や艶がラクスのダンスにはある。その妖艶さに客たちは鼻の下を伸ばして興奮する。
ノイレンはうっとりした表情でラクスのダンスに見入った。シャルキーは片手を腰に当て「さすがだね」といった表情でラクスのダンスを見ている。
ランプの光が濃淡の違う3種の布の立体感を際立たせる。ステージ上のラクスは実際よりも背が高く見えるし、たわわがよりたわわに見える。演奏係も弦をはじくその指に力がこもる。店の端にいても目の前で演奏しているように聞こえる。ラクスのツインテールがまるで生きているかのように彼女の動きに華を添える。店内の熱気がさらに高まる。暑いくらいだ。カウンターにいるチーフはダンスが終わった後の注文の殺到に備えてジョッキをたくさん手元に用意している。
ラクスの胸が、ウエストが、腰が小刻みに揺れる。つま先で飛ぶように歩く軽やかなステップに合わせて時折腰を打つ。とても滑らかな一体感がラクスに神々しさを纏わせる。
最後にぴたっと足を前後に揃えると静かにかかとをつけて動きを止めた。深々と頭を下げて観客に挨拶する。割れんばかりの拍手喝采に包まれてラクスはステージを降りると端から一人ひとりに挨拶して回る。
「誕生日おめでとう!ラクス。」
「ありがとう。」
「素晴らしかったぜ。」
「ありがと!」
「おめでとうラクス、女神様みたいだったよ。」
「ラクス最高だぜ!!」
客たちはノイレンやシャルキーの時にもまして鼻の下を伸ばしてラクスと言葉を交わしたり握手したりしている。衣装に差し込まれるチップも多い。
「うふふ。」
次回予告
お母さんとの思い出を前向きにとらえるべく忘れ草の刺繍をダンス衣装にも施したノイレン。しかしノイレンのパーソナルスペースは広くなかなか他人を近くに寄せ付けない。そんな彼女の心を解きほぐすためにシャルキーはノイレンとユニゾンをする。ノイレンは誰かと一緒に行動することの意味を自覚することなく少しずつ勉強していく。
君は彼女の生き様を見届けられるか。
次回第四十八話「ユニゾン?」
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