60歳ジジイ、転生したら赤髪レディ!? ~謎スキル《キャンプ》で焚き火無双!絶品異世界飯と美女弟子たちに囲まれた究極スローライフ~

I∀

ファーストキャンプ(1〜30)

第1話:最期の焚き火と始まりの火種

――太陽が海面を黄金色に染める中、船上はまるで楽園のようだった。



​ ジャグジーから上がった銀髪のエルフが、柔らかな光を浴びて水滴を輝かせる。

 獣耳を揺らす少女は、甲板の上を駆け回り、歓声を上げて笑う。

 青髪の魔導師は涼やかに読書にふけり、金髪の騎士はデッキチェアで陽光を浴びながら、とろけるような笑顔を見せている。


​ ……そして俺。


 いや、「今の俺の身体」は、その中に混じった赤髪の美少女だ。


 腰まで流れる炎のような赤髪、切れ長の瞳、すらりとした手足。どこからどうみても、人生の絶頂期にある10代後半から20代前半の娘だ。


​ だが、その頭の中身は、60年分の知識と、少しばかりの疲労感で満たされた「おっさん」のままだ。


​「……いやいや、なんで俺がこんなことに?」


 目の前の光景と自分の思考が、どうやっても噛み合わない。


「見渡せば異世界美女のフルコース。しかも全員水着。俺の手には酒とツマミ。ここは……天国かよ?」


 サングラス越しに眺める水平線はやけに平和で、現実感なんてまるでなかった。ビール片手にツマミを頬張りながら、俺はため息まじりに笑う。


​「まあ……人生二度目だ。たまには神様がくれた『遅すぎたバカンス』と思って、受け入れるとするか」


​ 思わず口元が緩んだ。

 60年の独身生活の果てに、こんな無駄に優雅な日々が待っていようとは、夢にも思わなかった。


​ この赤髪の若い身体は便利だし、何より俺には《キャンプ》のスキルがある。



 そう、全てはあの日――



 吹雪の冬山で、たった一人、焚き火の前で凍えながら酒を呑んでいた、あの夜から始まったのだ。



* * *



 吐く息が白い──いや、もう白さを認識する余裕すらないほど、視界が霞んでいた。


 冬山で道を見失い、吹雪の中を数時間さまよった。

 救助の望みは薄い。濡れた衣服は冷え切り、指先の感覚も消え始めていた。


「……参ったな」


 震える手で、愛用のチタン製マグを口元へ運ぶ。

 中の安酒は凍りつく寸前の冷たさだが、喉を焼くアルコールの刺激だけが、自分がまだ生きている証拠だった。


 ゆらめく焚き火。


 俺を包む唯一のぬくもり。

 60年の独り身生活で、誰より長く寄り添ってくれた親友のような存在だ。


「……いい夜だ」


 独り言は吹雪に飲まれて消える。

 このまま眠れば、二度と目覚めないだろう──そんな確信があった。


 だが、不思議と恐怖はない。


 長い人生の終わりとしては、好きな焚き火の前で眠るのも悪くない。


 ……ああ、最後にもう一杯、ホットウイスキーが飲みたかったな。


 意識が薄れていく。

 焚き火の爆ぜる音が、どこか遠くで響く。



 ――その願い、あちらで叶えるといい。



 ​不意に、脳内に直接響くような声がした。


 幻聴か?


 いや、それにしてははっきりとし過ぎている。



* * *



「……う……ん……?」



 次に俺が感じたのは、刺すような寒さではなく、頬を撫でる柔らかな風と、草の匂いだった。


「生きて、るのか……?」


 重いまぶたをこじ開ける。そこには、見慣れた日本の冬山ではなく、見たこともない極彩色の鳥が舞う、緑豊かな森が広がっていた。


 体を起こそうとして、違和感に気づく。

 体が、軽い。あまりにも軽すぎる。


「なんだ、これは……?」


 俺は自分の手を見た。

 ゴツゴツとした節くれだった指ではない。

 白く、細く、透き通るような肌。

 爪は桜のように艶やかだ。


「声も、高い……?」


 慌てて胸元を見る。

 そこには、着古したダウンジャケットではなく、麻のような素材の布と、その布を押し上げんばかりに主張する豊かな膨らみがあった。


「お、おおお俺が、女になってるぅぅぅ! ?」


 森に、鈴を転がすような、しかし内容はおっさんそのものの絶叫が響き渡った。


 状況を整理するために、俺は湖の水面に自分の姿を映した。


「……嘘だろ」


 水面に映っていたのは、絶世の美少女だった。

 大きな瞳は意志の強さを感じさせ、唇は瑞々しい。

 どう見てもハタチ前後だ。


 ……60歳の初老男が、美少女に。


「これが、転生ってやつか……」


 俺は頬をつねってみる。

 ――痛い。

 夢じゃない。


 立ち上がって体をひねってみる。

 関節の痛みも、腰の重みもない。

 素晴らしい。

 これならいくらでも薪割りができそうだ。


(……いや、思考がキャンプ脳すぎるだろ、俺)


 その時、視界の端に半透明のウィンドウが浮かび上がった。



『個体名:フレア 種族:人間 年齢:18歳』

『ユニークスキル:《キャンプ》を習得しました』



「フレア……それが俺の新しい名前か。焚き火の前で死んだからか? 安直だな」


 苦笑しつつ、気になるのはそのスキルだ。


「《キャンプ》……? 剣術でも魔法でもなく、キャンプ?」


 詳細をタップするような仕草で空を切る。


ーーー


《キャンプ》:野営に関するあらゆる事象に補正が掛かる。


・焚き火は周囲を守る結界となる。

・テントは安全な聖域となり、安心して眠れる。

・調理器具を使った料理は、食べる者にスキルや一時的な能力向上効果を与える。

・必要な素材を消費すれば、キャンプに使用する道具を錬成できる。

・結界内では、元の世界の食材を思い出して召喚可能。


ーーー


「なんだそれは。俺に、この世界で一生キャンプしてろってことか?」


 俺は呆れつつも、口元が緩むのを止められなかった。前世では、休日のたびに山へ籠もった。不便を楽しみ、自然と対話する時間こそが至福だった。それが、この若い体と謎のスキルで、また味わえるのか。


「悪くない。……いや、最高じゃないか」


 日が傾き始めている。


 美少女になったとはいえ、腹は減るし、夜の森は危険だ。まずは拠点(ベースキャンプ)を設営せねばならない。


「よし、まずは場所選びだ」


 俺は湖畔の平らな地面を見定めた。

 水は近く、増水しても届かない位置。

 背後に大樹があり、風よけになる。完璧だ。


「次は薪だ。……っと、この体、便利だな」


 以前なら息切れしていたような藪漕やぶこぎも、このしなやかな脚なら苦もない。


 落ちている乾燥した枝、焚き付け用の松ぼっくりのような実、そして太めの倒木。


 俺は手際よく集めていく。

 問題は火種だ。ライターもマッチもない。


「となると……火起こしだな。何か石は――」


 足元を見ると、日本では見ない、金属光沢を帯びた黒い石が転がっていた。

 手に取ると、妙にしっとりとした感触がある。


「ほう……この石、使えそうだな」


 試しにそれを握ったまま、スキルを発動してみる。


「スキル、《キャンプ》……『錬成:着火具』!」


 石がふわりと温かくなり、淡い光が走る。

 光が収まったとき、俺の手には二つの火打ち石が残っていた。


「おお……質がいい気がするぞ」


 ――カチン、カチン。


 火花が思いのほか鋭く飛んだ。 


「うお、火花デカっ。火打ち石ってこんなに素直に火が出たか? ……異世界クオリティか、スキルパワーか。まあ、ありがたいねえ」


 俺は削った木屑に火花を飛ばす。

 


 チリッ。


 予想以上に早く、赤い点が生まれた。

 俺はそっと、赤子に息を吹きかけるように、優しく、長く息を吹き込む。



 ――ボッ。


 小さな炎が生まれ、枝へ移した火は黄金色にぱちぱちと燃え上がった。


「……あったかいな」


 手をかざすと、ただの熱ではない――満たされるような感覚が腕へ染み込む。

 それは体を温める以上に、胸の奥をゆっくりと解きほぐしていくような感触だった。


 思えば前世で、あれほどキャンプにのめり込んだ理由も、結局はこれだ。

 炎の揺らぎを眺めているだけで、余計な思考が静まり、心が穏やかになる。


「……ああ」


 無意識に、短い吐息がこぼれた。

 この火を見ていると、不思議と自分が溶けていき、森も川も自分も、すべてがひとつになったような感覚に包まれた。


(……こういう時間があるから、キャンプはやめられなかったんだ)



 そう、思った矢先――

 焚き火の向こう、暗がりの茂みが揺れた。


 黒い影がこちらへ突進してきた。


「ッ……!?」


 体長は1メートルほど、分厚い毛に覆われ、牙がちらりと光る。


「……これがボアってやつか」


 影が一歩踏み出した瞬間、焚き火の周囲に張られた目に見えない結界に触れたのか、体を弾かれた。

 毛を逆立てて低く唸るが、次の瞬間、森へと逃げ帰っていく。


「すげえ……火一つで、こんな安全地帯になるのか」


 これがスキルの効果、『焚き火は結界となり』というやつか。


「さて、食い物がないな。スキルで食材を召喚してもいいが……せっかく異世界に来たんだ」


 俺は湖を覗き込んだ。魚影が見える。


「こっちの食材を食べてみるか。スキル、『錬成:釣り竿』……は、まだ素材が足りないか。なら、これでどうだ」


 俺は手頃な枝を拾い、先端を尖らせる。前世の知識と、今の身体能力があれば。


 ザシュッ!


 水面に一閃。

 引き上げた枝の先には、銀色に輝く魚が突き刺さっていた。


「獲ったぞ! ……って、俺の声、やっぱ可愛いな」


 と独り言を言って、魚の内臓を手際よく処理し、串に刺して火にかける。

 皮が焼け、脂が滴り、香ばしい匂いが立ち込める。


 ジュウウウ……パチッ。


 たまらない音と香りだ。


「いただきます」


 熱々の魚にかぶりつく。


 魚の身はふわりとほどけるように柔らかく、噛むたびに脂が舌の上でとろりと溶け、パリッと香ばしい皮の苦味が旨味を何倍にも引き立てる。


 まるで炙ったバターを口に流し込まれたかのような濃厚なコク——それでいて、川魚らしい清らかな甘味が後味をすっと洗い流す。


「う、美味すぎる……! これが異世界の食材なのか、それともスキルの効果か?」


 夢中で魚を食べていると、背後の茂みがガサリと揺れた。


(……魔物?)


 俺は身構え、燃えさしの薪を手に取る。


 だが、現れたのは魔物ではなかった。


 長い耳、透き通るような肌、そして空腹でふらふらの、美しいエルフの少女だった。


 彼女は焚き火の光と、焼き魚の匂いに吸い寄せられるように、虚ろな目でこちらを見ていた。


「……いい、匂い……」


 それが俺と最初の弟子との出会いだった。


 ──そして俺はまだ知らなかった。


 この《キャンプ》のスキルが、やがて世界を変えるほどの力を持つとは。

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