なよなよして漢気がないと婚約破棄された僕は、隣国にて銀の皇女に溺愛される

綾丸湖

第1話 なよなよ王子、婚約破棄される


「ナヨティス、お前の婚約は破棄された」


「……そう、ですか」


 レクサンダス国王が告げたその言葉を、僕は粛々と受け止めた。


 アフォルシャ王国の謁見の間。

 大臣たちの姿はなく、この場には国王と二人の王子しかいない。


「デモス将軍が激怒しておったわ。心当たりはあるな?」


 国王が僕を睨む。

 慣れていなければ竦みあがるような眼力だ。


「……あります」


 婚約者――デモス将軍の娘との茶会の席でのことだろう。まさか、ここまで大ごとになるとは思ってもみなかった。


 僕の返答を聞き、国王がさらに険しい表情となる。


「なにゆえ、将軍直々の訓練を断ったのだ?」


「……」


 何も応えられず、僕は黙り込む。

 デモス将軍といえば、長年国境の砦を任されているほどの名将だ。軍略もさることながらその武勇も轟いており、敵国からは『悪鬼将軍』という二つ名で恐れられている。

 

 そして、大変厳しい訓練をすることでも有名であった。


 そんな筋肉バキバキの悪鬼に訓練しようとか言われたら断りたくなるのも当然だろう。僕のような華奢な男には無理ってものだ。


 しかし、この国でそんな言い訳は通用しない。


「はぁ……。お前はこのアフォルシャ王国の王子でありながら、なにゆえ訓練を拒む? 強くなければ漢に価値はないのだぞ?」


 アフォルシャ王国の第二王子。

 それが僕の肩書きだ。

 

 いつものように国王が嘆いているのを僕は黙って見つめる。

 

 悪鬼将軍よりも二回りほど大きな体格で、バッキバキの筋肉を惜しげもなく晒した国王を。


 というか、なぜ上半身裸にマントを羽織るという格好なのだろうか。他の国の王族でそんな格好をしている者など見たことがない。


「ナヨティス、お前は普段からまともに訓練をしていないと聞いているぞぉ!? 我が国の漢がそれでどうするぅ!?」


 この場にいるもう一人、腹違いの兄である第一王子のドレアスが吠える。こちらも上半身裸で筋肉バキバキだ。


「訓練は、受けていますよ……」


 たまに、だが。

 流石にこの国の王子が全く訓練しないのは外聞が悪すぎる。まあ、僕の悪評は広まっているから意味はない気もするが。


「打ち込みもせず避けるだけが訓練だとぉ!? 専属でつけた教官が嘆いておったわぁ!!」


「……」


 これも事実なので黙るしかない。


「もうよい、ドレアス。何度言っても聞かなかったのだ。これ以上は無駄であろう。もはや、庇い立てもできん」


 頭を押さえながら、国王がドレアスを止めた。

 そして、諦めたように僕の方を見る。


「ナヨティス、お前には国を出てもらう」

 

「わかり、ました」


 いつかはこうなると思っていた。

 この国で弱い男というのは罪なのだから。

 

 アフォルシャ王国。

 武を尊ぶ大陸東側の武法国家群の中でも、特に武力と筋肉を信仰する古い国だ。そして、伝統があるといえば聞こえはいいが、時代遅れの国でもある。


 筋肉を鍛えよ!!

 

 漢なら強くあれ!!


 弱き者は漢にあらず!!


 この考え方が国民に浸透しており、弱い男は肩身の狭い思いをして生きている。まあ、昔は身体が弱かったりしたら捨てられていたそうだから、多少はマシになったとはいえる。その時代なら間違いなく僕は生きていないだろう。


 しかし、それも今日で終わりらしい。

 いや、むしろ今までよくこの国にいられたものだと思うべきか。王族としての責務として、色々と働いていたがそれでは駄目だったらしい。


 アフォルシャ王国の王族は強くなければならない。当然だ。武力と筋肉を信仰する国の王が弱くて良いはずがない。


「表向きは修行のためとして隣国に向かってもらう。昔の伝手で受け入れてくれるところを探しておいた。期限はない。民に認められるような漢になるまで、この国に再び踏み入ることは許さん」


「はい……」


 もうこの国に戻ってくることはないのだろう。

 むしろ、受け入れ先を用意してくれた国王に感謝しなければならない。僕のような者にそれ以上の支援などすれば反発が起こるだろうから、生活は自分でどうにかするしかないだろう。


「ご厚情、感謝します」


「達者で生きよ。下がるがよい」

 


 

 国王に向かって一礼し、謁見の間を後にする。


「坊ちゃま……」

 

 扉の向こうでは、僕に仕えてくれている侍女のルテアが心配そうにこちらを見ていた。

 

「大丈夫だよ、ルテア。詳しくは、部屋で話すよ……」


 それだけ言って、歩き出す。

 長い廊下ですれ違う人々は僕のことを蔑んだ表情で見ていた。陰口を叩くのは男らしくないので言葉では何も言ってこないが、その目が雄弁に物語っている。


 軟弱者。

 王族の面汚し。

 生きる価値なし。


 そんなところだろう。

 稀に同情するような視線を向けてくる人もいるが、ごく少数だ。改めて、この国に僕の居場所はなかったのだと痛感する。


 駄目だ。

 堪えなければ。


 王族として、俯くことだけはせずに歩いた。

 誰とも目を合わせず、神妙な面持ちで部屋まで辿り着く。僕の部屋は奥まった場所にあるため、ここまで来れば誰もいない。


 扉を開けて部屋の中へ入り、ホッと一息ついた。 


「鍵は閉めた?」


「はい、問題なく」


「遮音用の結界も作動した?」


「はい、間違いなく」


 一緒に部屋に入ったルテアに確認し、部屋の真ん中へ。


 もう、我慢しなくていい。


 




「ぃやっっっったぁぁああああああ!!!!」


 両拳を天に突き上げ、喜びを爆発させる。


「ついに、ついに追放だぁぁあああああ!!!!」

 

 やっと、この日が来た。

 待ち望んだ時が、ようやく到来したのだ。

 

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