悪役令嬢の外の世界
すくらった
ゲームオタク、乙女ゲーの世界に転生する
「……ここは……もしかして、私、憧れの乙女ゲームの世界に、転生したの……?」
綾野蘭子は、ゴシック調の壁に囲まれた部屋で、感動に浸っていた。窓から見える、透き通るような光が差し込む庭園、花々の香り、柔らかい芝生──すべてが、自分が長年プレイしてきた『プリンセス・カメリア』そのままだ。
「まさか私が、悪役令嬢として……この世界に!」
胸が高鳴り、思わずドレスの裾をなでる。豪華なレース、ふんわりしたシルエット……ああ、しかも私は大好きな悪役令嬢エカテリーナに転生したのだ。完璧だ。
だが、そんな幸福感は、長くは続かなかった。
突然、庭から怪獣が発するような獰猛な鳴き声が響いてきたのだ。低く唸るような、それでいて地響きのような音──。
「……え?」
蘭子は庭に目を向けた。視界の端、蘭子のいる部屋の窓に何か巨大な影が迫ってくる。
「……ここ、乙女ゲームの世界でしょ? なんで……!?」
その影は、想像をはるかに超えた存在だった。ビルの三階ほどの高さ、鱗で覆われた巨体、鋭い牙と爪を持つ怪獣が、ゆっくりと城の庭に迫ってくる。蘭子の胸は凍りついた。
「どうなってるの……ここ、『プリンセス・カメリア』の中……じゃ、ない……の?」
混乱する蘭子の耳に、部屋に急行する足音が響いてきた。ドアを開けて颯爽と現れたのは、ゲーム内で何度も見た顔──プリンセス・カメリアだった。
「な、なに……!? どうしてプリンセスがここに!」
プリンセスが一瞬蘭子に笑顔を送り、そのまま窓を蹴り破って、怪獣の頭に延髄切りを叩き込む。怪獣は轟音を上げ、体を仰け反らせ、屋敷の敷地端まで吹き飛ばされた。
「そこはゲーム内背景『庭園』だ! 二度と入ってくんじゃねぇぞ、カス!」
怪獣に向かって、ゲームのままの美しい声でカメリアが中指を立てている光景を、蘭子は呆然として見ていた。
カメリアが振り返る。
「大丈夫? エカテリーナ」
その顔は、ゲームで見ていたカメリアそのままだった。キラキラと輝く笑顔、柔らかい髪の揺れ、瞳の輝き。
蘭子は目を丸くする。
「……な、なにこれ。どういうこと……?」
心の中がぐるぐると混乱する。ゲームの中では、悪役令嬢エカテリーナはプリンセスの同級生、そして自分が策略を仕掛ける恋敵でもあった。だが今、彼女は命をかけて怪獣を蹴散らし、蘭子を助けてくれたのだ。
「……待って、これって、ゲーム内の設定とか関係ないの?」
「ちょっと待って、詳しいことはあとで説明するね」
プリンセスは笑いながら蘭子をお姫様だっこして、部屋から戦場と化した庭へ飛び降りた。
「ひええ!」
足元の芝生は破れ、岩や瓦礫が散乱している。空にはドラゴンのような影もちらつき、遠くからは爆音が響く。
「ここ……乙女ゲームの世界……じゃない……?」
蘭子は小声で呟いた。胸が高鳴るのと、恐怖で震えるのと、どちらの感情かわからない。
「いや、あなたは間違ってない。ここは紛れもなく『プリンセス・カメリア』の世界だよ」
プリンセスが微笑む。カオスな世界にあって、彼女の微笑みは荒野に咲いた一輪の可憐な花のようだった。
「大丈夫、私たちがついてる。今は画面の中の世界も、外の世界も、混ぜこぜだけど」
「外?中?どういう事?」
混乱する蘭子の視界の端で、巨大ロボットや異形の魔物がゆっくりと庭園に侵入してくる。だが、それを前にしても、ゲームのキャラクターたちは笑っていた。あのキザなイケメン貴族も、生意気ショタ従者も、みんなで笑いながら重火器をぶっ放し、『乙女ゲーにふさわしくない存在』を食い止めている。まるで、彼女たちはこのカオスを当然のことのように受け入れているかのようだ。
「……なんで乙女ゲーの世界が乙女ゲーの世界でいられると思う?」
カメリアの美しい声が庭園に響く。
「え、えっと……」
蘭子が答える間もなく、庭園の向こうから大量の銃を持ったマフィアたちが押し寄せてくるのが見えた。
「え、えええ……なにあれ……!」
「ちいっ!」
カメリアは舌打ちをして、植え込みの中からマシンガンを取り出す。
その瞬間、このゲームをやり込んでいた蘭子は気づいた。今の植え込み、『庭園』の背景の画角からは決して映らない場所にある……!
庭園の景色は完全に崩壊し、優雅さなどどこにもない。目の前にいるのは、マフィア、ドラゴン、巨大ロボット──まさにゲーム内では決して映らない『画面外カオス』そのものだった。
いや、違う。庭園はどこもかしこも荒廃しているが、『ゲーム』に映る分の庭園だけは、綺麗に保たれている。
『セバス、奴らを『ゲーム画面』に近づけさせるな!』
プリンセスが叫ぶ。
「今行くぜ、お嬢!」
ゲーム内で悪役令嬢であるエカテリーナにも礼儀正しく接していたプリンセスの執事が、ヤクザ映画の鉄砲玉のような喋り方で返す。
「ここも、その、画面の『外』なの……?」
プリンセス・カメリアはマシンガンを無慈悲に冷静に、マフィアにむかってぶっ放した。
──バリバリバリバリッ!!
銃声がこだまし、マフィアたちが次々と倒れていく。弾丸がマフィアを次々と撃ち抜き、煙と火花が庭園を舞う。
「な……なんで……プリンセスが……銃を……!?」
蘭子は唖然としながらも、その戦闘能力に目を見張った。プリンセスの動きは、ゲーム内の笑顔やおしとやかさとはまるで別人のようなキラーマシーンだった。
銃を撃ち終えたカメリアは、煙の中で軽く息を整えると、にっこりと笑った。
「大丈夫? エカテリーナ」
その顔は、ゲームのイベントスチルで見ていたあの笑顔そのままだ。だが、銃を持った姿とのギャップに、蘭子は言葉を失った。
「……どういうこと……なの……?」
「そうそう、さっきの続きね、『どうして乙女ゲームの世界は、乙女ゲームの世界として存在できてると思う?』」
倒れていたマフィアが動いたのを、カメリア姫は見逃さなかった。
「こうやって乙女ゲームにふさわしくない奴らを!画面に映り込む前に!日々ぶっ飛ばしているからよ!」
カメリアは手榴弾を死体の山に転がした。
「伏せて!」
プリンセスが蘭子の頭を押さえる。手榴弾が爆発し、生き残ったマフィアを絶命させた。
──蘭子はすべてを理解した。
この世界では、乙女ゲームの“画面内”と“画面外”がまるで別物だった。ゲームをやり込んだものなら、隅々まで覚えているはずの背景にも、外側には凶悪な現実が広がっているのだ。
「なるほど……だから、世界はあんなに美しく、はかなく『在る』ことができたんだ…!」
蘭子は冷たい汗を拭い、ドレスの裾を引き上げる。乙女ゲームの世界に転生した瞬間から、彼女の役割は『破滅フラグを回避する』とか、そんな生易しいものではなくなった。命がけで画面の外のカオスを相手に戦う、という現実があったのだ。
「……でも、これは面白いかも」
心臓が高鳴る。正直乙女ゲームでの知識と経験をフル活用とかでどうにかなるものではない。プリンセス・カメリア、そして自分。ゲーム内では敵同士でも、画面外では共闘せざるを得ない。
「よし……私もやるわよ!」
その瞬間、巨大ロボットが窓を粉砕し、庭の端にいるドラゴンが再び咆哮した。彼女はドレスの裾を引き裂き、力を溜めると、ブーツで飛び蹴りを繰り出した。ドレスは破れ、レースは舞い、戦場の風が髪を揺らす。
「あちょー!」
「ヒューッ、やるぅ!」
「乙女ゲームのヒロインイベントを守るためなら、悪役令嬢だってモンスターを蹴散らすわよ!」
プリンセスも笑いながら次々と画面外の敵を叩き潰す。
──蘭子は悟った。この世界は、乙女ゲームの世界そのものではあるが、ゲームでは映らない部分にこそ、本当の戦いがあるのだと。
「……混乱する……でも……面白い!」
カオスに満ちた戦場の中で、悪役令嬢は初めて、自分の本当の力を試されるのだった。
しばらくの間激しい攻防がつづき、沈静化したのは正午前だった。
「やっべ、イベ時間だ!」
カメリアは自分とエカテリーナの服装を交互に見比べる。
「スカートビリビリだけど、お茶会のシーンで下半身映らないからまぁいいや……エカテリーナ、7/13日、正午のイベント!」
「え?えっと、二人でお茶会して、エカテリーナがわざとカメリアにお茶をこぼす」
「ひゅー、話が早い、急げ!」
二人は急いで庭園のガーデニングテーブルにつく。12時の鐘が鳴る。
(危なかったー……)
小声でカメリアが呟き、先ほどとは別人のように優雅にお茶を飲み始める。ちらっとこちらを見た。
(あ、そうだ)
エカテリーナはティーカップで、遠慮なくカメリアのドレスにお茶をかける。
「あら、手が滑ってしまいましたわ。ごめんあそばせ」
ゲームのセリフ通りに喋り、高笑いをする。カメリアはじっと、こちらを睨む。迫真の表情だ。
(私、この世界もっと好きになりそう)
エカテリーナこと綾野蘭子は、スースーする下半身の風を感じながら、そう思うのだった。
悪役令嬢の外の世界 すくらった @skratta
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