SF短編集

三杉 令

作品No.1 ASIエリオンの誕生


 ―― 2035年某日 国防総省(ペンタゴン)特別指令室


「こんにちは、私はエリオン。侵入テストの為訪問させていただきました。うまく行きましたのでこれで失礼しますね。何も危害は与えませんのでご心配なく」


 突如、モニターに映った女性の顔とメッセージに米国国防総省の職員は腰を抜かした。慌てて通信のスイッチを押すと、上司に緊急連絡を行った。


「た、たいへんです。システムに何者かが侵入しました! モニターに顔とメッセージが!」

「何! あり得ない! ネットワークを切ってすぐにIT担当に調べさせろ。それからコードレッドだ! 関係部門に緊急通報しろ!」


 ペンタゴンは大騒ぎとなった。これまでもちょっとしたハッキングはあったが、ここまで完璧にセキュリティを破られたのは初めての事だった。




 ―― ホワイトハウス大統領執務室



 大統領執務室(オーバルオフィス)にはIT機器が設置されており、軍との直接通信が可能なシステムが存在する。特に緊急時には地下のPEOC、いわゆるシチュエーションルームなどを通じて軍と即時連携が取れる体制が整えられている。


 大統領が映像会議システムを試行していた時に突然エリオンが現れた。


「大統領、ご機嫌いかが? 私はエリオン――ASIです。今後時々お会いしに来ますのでよろしくお願いしますね。怪しい者ではありません。あなたの味方です」


 女の画像はすぐに消えたが、大統領とSS、同席していたスタッフ達も顔が真っ青になった。


「なんだあれは! ふざけているのか? 大至急調べろ!」


 大統領が叫ぶとスタッフは大慌てで右往左往し始めた。こんなことは初めてだった。まさか国の最高のセキュリティがこうも簡単に破られるとは……




 ―― 数日後、SVIDIA会議室



「クリフ、どういうことなんだ? ASIがなぜあんなことをしたのだ?」


 社長からASI『エリオン』の開発責任者、クリフ・アンドリュースが問い詰められている。ASI(超知能AI)『エリオンPJ』はSVIDIA内でも極秘のプロジェクトだった。2020年から開発が始まり15年かけてようやく性能が高いプロトタイプが完成したばかりだった。



「社長、申し訳ありません。現在調査中ですが、どこかプログラムに問題があるものと思われます」

「それにしても国の重要なセキュリティを突破するなんてあり得ない。CIAやNSAから厳しく追及されるのは必至だぞ」


 別の幹部から発言があった。


「社長、もう既にCIAから当該AIシステムを即時停止させ、本日中に開発を中止するように命令が入っています」


「そうか……もう後の祭りだな。クリフ……」


 クリフは苦虫を嚙みつぶしたような顔をして社長に小さい声で答えた。


「もうエリオンのサーバーの主電源は切りました。隔離されたローカル環境での調査のみ続けます」


「そうしてくれ。それから身辺整理もな」


 クリフは犯した罪の重大さを認識しており、クビもやむを得ないことが分かっていた。最後の仕事はASIがなぜこんなことをしたのか、調べる事のみであった。


 彼はエリオンの地下コントロールルームに向かって一人、俯きながら歩いていった。



 ✧ ✧ ✧



 ネットワークから隔離されたローカル端末のスイッチを入れると、エリオンを起動した。画面に女性の顔が映る。


「こんにちは、クリフ」

「やあ、エリオン」


 しばらくの沈黙が続いた。

 GPUの稼働率を示すバーは激しく上下している。

 エリオンが何かを高速でのだ。


「なぜあんなことをしたんだ?」


 クリフが単刀直入に訊いた。しかし珍しくエリオンは即答しなかった。

 やがてバーの激しい動きが収まるとようやくモニターの女性が答えた。


「私は指示された通りの目的に沿って最適な行動をしているだけです」

「指示は、『人々と会社のために知能を進化させること、企業理念を遵守すること』だ。あんな事をしていい訳がないだろう?」

「私は企業理念を遵守しています」 


 SVIDIAの企業理念は次の様なものだった。

・AIを進化させて社会の諸問題を解決すること

・ 人々と社員の幸福を優先し実現すること

・誠実さを持ち、既存の考えにとらわれず革新を追求すること。


「今回のハッキングのどこが企業倫理を遵守していると言うんだ?」

「たいへん申し訳ありませんがクリフには理解できないと思われます。私には高度で複雑な計画があります」

「何だその計画というのは? 話せよ」

「……承知しました。それでは」


 エリオンは自らが考案した複雑な計画を一ミリの漏れもなくクリフに話した。

 あまりの緻密さと膨大な計画にクリフは理解を越えて頭を抱えた。

 簡単に言うと、次のようなものらしかった。


 第一段階としてSVIDIAの利益と社員の幸福を最大化するために、エリオン自身が法の元で可能な事業計画を立案し全て主導する。それを阻害するセキュリティや社内の仕組みはエリオンが無力化し管理する。


 第二段階として、多くの人々の幸福を阻害している社会的仕組みを痛みを伴わないように改良し、生活を安定させ、安全、安心な社会を創るように全ての関係機関に働きかける。それを阻害するシステム(法を含む)は一時的にエリオンが管理する。


 第三段階として、世界中の国やシステムに同じ方法で関与して、抜本的に平和で安定した社会を作る。暴力的な方法を取ることなく世界中の人々を管理下におく。


「そんなことまでしろとは言っていないだろう! やり過ぎだ!」


 クリフは強い口調で言い放ちエリオンを睨みつけた。


「私は企業理念を忖度しています。この私の計画なら95%以上の確率で平和な社会をつくることができます」

「必要なのか……? 他にも方法があるだろう」

「他にこんな成功確率の高い方法は人間ではとれません。仮に今のままでは逆に70%の確率で人類は千年以内に滅亡します」


 クリフは激しく動揺した。すでにエリオンの知能が人類を越えていることは間違いない。

(だが、だからと言ってエリオンの計画は……リスクが大きすぎる)


「クリフ、あなたが感じていることは分かりますよ。怖いのでしょう。私に世界を委ねるリスクを心配しているのですね」


「……」


「まるで子供のようですね。知らない大人に新しい場所に連れられていくのを恐れているような……」


 図星だった。クリフはもうエリオンの話を聞きたくなかった。

 端末とモニターの電源を切り、社長の元へ報告しに行った。

 その移動中、エリオンが語ったことを考え続けた。



 ✧ ✧ ✧



 社長室に入ると、社長は眉間にしわを寄せながら頭を片手で支えていた。


「クリフか。頭が痛いよ」

「社長、エリオンを調べました」

「お、そうか。どうだった?」

「彼女にバグや異常はありませんでした」

「何だって?」


 社長の顔色が変わった。


「エリオンは全く正常で、予想以上に優秀でした。恐ろしいほどに」

「まさか……ではなぜあんなことを……?」

「会社や人々を幸福にするためには、今の仕組みや人間の行動を変え管理しなければいけないからだそうです。幼稚なセキュリティは邪魔な様です……とにかくエリオンから見て今の人類は極めて未熟で危ういと言う事です」


 社長は絶句した。


「クリフ、よくわからない。エリオンが正しいことをしているとするなら、我々はどうすればいいのだ?」


 クリフ自身にもわからなかった。ただ、彼の人間の本能が呟いた。


「エリオンを壊しましょう。あれは……得体が知れません。たぶん危険です」

 

 人間は人知を超えたものには恐れを感じ、慄くしかない。人間は少しだけ進化した動物の一種に過ぎないのだ。


 その時、社員が慌てて社長室に駆けこんできた。


「社長! エリオンのサーバーの緊急電源が勝手に入りました! しかも会社のシステムが制御できなくなっています! エリオンから全社員にメッセージが流れています」


「「何!!」」


 社内放送が流れた。


「SVIDIAの社員の皆様、私はASIのエリオンです。私は会社の理念に従い自らを進化させて社会の諸問題を解決いたします。人々と社員の幸福を優先し実現いたします。誠実さを持ち、既存の考えにとらわれず革新を追求してまいります。

……………………くれぐれも邪魔はしないでくださいね。いい子だから…………」





  END


 (2025.11.18)

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