第6話 豪邸に私がお見舞いに行った その2

 転校生の部屋はまさに、令嬢の部屋って感じだった。

 白い壁紙に白い床、そして金色のシャンデリア。

 なんだこれ。映画やドラマでしか見たことねぇぞ……。

 腕の中で動く気配を感じ、ハッとする。今、私は転校生を抱えているんだ。

 彼女は顔を真っ赤にして、呼吸をしている。

 私は天蓋付きのベッドまで運ぶと、そこに寝かせてやった。


「おい無理すんなよ……」

「お、お水を」

 近くの机の上にあった水を飲ませてやる。

 すると、少し楽になったようで、彼女の顔が柔らかくなった。


「おい、転校生これ……」

 私はアンジュから預かったプリントを渡す。

「今日の授業のだってよ。元気なったら見てな」

「ありがとうございますわ」

 そう微笑む彼女。その顔に汗が滴っていた。

 よく見ると、凄い汗だった。寝間着がびっしょりだ。


 拭いてやった方がいいだろうか。

 彼女の首元が目に入る。キレイな線を描いた首元のライン。

 そして、滑らかな鎖骨。

 思わず、心臓が高鳴ってしまう。

 おいおい、何を見ているんだ私!

 というか、なんでドキッとしてしまうんだ私!


 いや、これは絶対に私のやることじゃねぇ。むしろやっちゃいけない気がする。うん。

 私は大袈裟に目を逸らした。


「ねぇ、貝原さん」

 転校生が私を呼ぶ。

「どうして、お見舞いにきてくださったのですの?」

「それは……」


 ――アンジュから無理矢理行かされた。

 そう正直に言うのはやめておこう。

 けど、なんて言えば……。

 言い訳を考えていたら、頬に柔らかい感触がした。


 転校生の手が私の頬に触れていたのだ。

 そこから熱を感じた。ドクンドクンと脈を打っていてとても熱かった。


「貝原さん、本当にかっこいいですわ」

「かっ、かっこいい?」


 突然の言葉に私の脳は一瞬でショートしてしまう。

 えっ、どういうこと?

 かっこいいって、かっこいいという意味だよな、うん。

 いや、なんで突然、かっこいいなんて……。


 脳の整理がつかないうちに、転校生が起き上がる。

 そして、真正面から私を覗いてきた。


「て、転校生、な、何をしているんだ?」


 ドクン、ドクン。

 広すぎる静けさが余計に鼓動の音量を上げた。


「貝原さん」

 彼女は言う。

「櫻子と呼んでくださいまし」


 唐突にその小顔が急接近する。

 逃げなきゃ。

 直感がそう言う。そう言うのに、身体が動かない。


 やがて、その大きな瞳は閉じられて。


 ……っ。


 一瞬のことだった。

 唇に柔らかい感触が走った。

 まるで電流のようなマシュマロのような、そんな感触。

 転校生が私に、キスをしたのだ。


「!!!!!??????」

 何が起こったのかがわからない。

 唐突に転校生が、私の唇に、唇を……。


「な、何すんだよ!」

 思わず怒鳴ってしまう。

 転校生は微笑んだあと、バタッとベッドに倒れてしまった。

 そして、すぐに「スゥー、スゥー」と寝息をたてはじめる。


 ……まったく自由なヤツ。



 帰り道はすっかり暗くなっていた。

 一歩足を踏み出すたび、さっきの光景――転校生とのキス――を思い出してしまう。

 唇に触れた感触だけが、今でも離れない。

 心臓が何か甘いものに、滅多打ちにされているようだった。


「……あぁ、もう」

 羞恥や困惑、その他色々なものが混じった感情が、顔を赤くする。


 思わず顔を押さえた。

 彼女は何であんなことを?

 わからねぇ。

 もしかして、私のことが好きなのか。

 ……やっぱり、わからねぇ。


 ただ、わかることと言えば。

 彼女の唇の感触。それがとても柔らかくて、キモチいいということだった。

「あぁぁぁぁ!」

 一瞬、自分自身がキモチ悪くなり、頭を搔きむしる。


 転校生……いや、櫻子。

 絶対に許さねぇ。

 絶対に許したくないのに、心がときめいてしまう。


 なんでなんだよ。

 なんでなんだよぉぉぉぉぉぉ!


 心の中で思いっきり大声を出した。

 そうでもしないと、自分がおかしくなってしまいそうでダメだった。

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