第5話 豪邸に私がお見舞いに行った

 転校生が来てから一週間。

 私は毎日ぐいぐいくる彼女に参っていた。


「サクヤ~」

 朝から机に突っ伏している私に、マブダチのアンジュが話しかけてくる。

「朝からお寝んね? 珍しいね」

「違げぇよ」

「……もしかして、櫻子ちゃんのこと?」


 私はあえて何も言わない。肯定の沈黙だった。

「そっか」私のキモチが伝わったようで、アンジュがうなずく。

「サクヤ、櫻子ちゃんにずっとデレデレしてたからね。デレ疲れかね」

「デレてねぇし!」

 というか、デレ疲れってなんだよ……。


「櫻子ちゃんはグイグイだし、サクヤはデレデレだし、もう付き合っちゃえば?」

「は、何言ってんだよ」

 思わず、声が大きくなってしまう。

「私、そういうんじゃねぇし……っ。

 それ以上言うなら、グランドに埋めるぞ」

「ふーん……。サクヤが恋する日がくるとはねぇ。しかも、同性に」

 必死に否定する私を、アンジュはからかうように笑う。

 いや、本当にそういうんじゃねぇから。

 ……マジで。


 だが、しかし。

 嫌でも思い出してしまう。

 彼女の額が、私の額に触れた瞬間を。

 まるで温度が伝達するように、胸の奥まで熱が流れてくる。

「ほら、顔が熱くなってんじゃん」

 アンジュがからかうように指摘してきたので、「うるせぇ!」と返した。

 ……なのに、胸の熱だけは誤魔化せなかった。



 朝のホームルーム。

 しかし、転校生は姿を表さなかった。

 先生せんこうが言うには、風邪で休んだようだ。

 その日の放課後。


「ねぇねぇ、サクヤ!」

 アンジュがこちらへきた。その手にはプリントが握られている。

「なんだよ」

「これ、櫻子ちゃんに渡してだって」

「なんで私が?」

「だって櫻子ちゃんと仲いいのサクヤぐらいしかいないし」


 否定できない自分がいる。

 というか、あれは仲がいいって訳じゃないが……。

「けど、私、住所なんか」

「私、聞いといた」

 キランッとウィンクするアンジュ。

「ほら行ってきなよ」

「いや、私、早く家に帰りてぇし」

「彼女さんが具合悪いんだよ!」

「彼女じゃねぇから!」

 まったく、何を言いだすかと思ったら。

「いいか!」ビシッとアンジュを指さす。

「私は行かないからなッ!」

「えぇ……」

「絶対に行かないからなッ! 絶対だぞ! 絶対……」



「……はぁ、もうやんなってくる」

 学校を出てから数分。

 私は転校生の家の前にいた。その手にはアンジュから渡されたプリントが握られている。


 結局、私は押しに負け、転校生にプリントを届けに行ったのだった。

 それにしたって。

「すげぇな……」

 私の前には高くそびえるビル。

 なんでも、これ丸々ひとつ転校生の家なのだそうだ。

 えっ、あいつ、本物の令嬢だったの?


 とりあえず、チャイムを押す。

 すると、自動ドアが開き、メイドがやってきた。

 メイドに趣旨を伝え、プリントを渡す。そして、その場から去ろうとしたら、引き留められた。

「貝原サクヤ様ですね。こちらへどうぞ……」


 メイドに導かれ、廊下を歩き、エレベーターに乗り、廊下を歩く。

 そして着いたのは、大きな扉の前。

「ここが、お嬢様の部屋になります」

 お嬢様って、転校生か……。

「では、私はこれで」

 メイドがお辞儀をして、こちらに背中を見せた。

「ちょ、ちょいちょい!」

 引き留めたのだが、そのまま去って行った。


 さて……。

 転校生の部屋の前。私は廊下でひとりぼっち。

 会うって言っても、何を話せばいいのか。

 というか、つもる話なんて何にもないし……。

「……帰るか」

 私も回れ右して、この場から去ろうとした時だった。


 キィ……。扉が開いた。

 そこに白い寝間着姿の転校生が現れた。

 その顔は真っ赤で、額には冷えピタが貼られている。

「あら、貝原さん、ごきげんよう」

 私に顔を向けて笑顔を浮かべた。

「転校生……」

「お見舞いに来てくれて、ありがとう……ござ……います」

 ふらりと転校生の体が傾いた。

 次の瞬間、柔らかい重みが胸に落ちた。

「お、おい、転校生!」

 倒れた彼女を、私は体で受け止めたのだった。

 熱い。彼女からひしひしと熱気が伝わってくる。

「……大丈夫か?」

「……」

 私は転校生を寝床へ寝かせることにした。

 そのために、転校生を抱え、彼女の部屋へと入っていく。


 彼女の熱は、私の腕の中で静かに息づいていた。

 それを感じるたび、私の胸がざわついてしまう。

 どうしちまったんだよ、私。

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