二人の絆

「ごまかさないで。目が少し泳いでるし、声も上ずってるよ」


「いやぁ、お化けに襲われる夢を・・・」


「嘘つくな」


そう言って、怜雄は美南を抱きしめ、キスをした。途端に温かい気持ちになる。いちだって美南を救ってくれる、温かいハグとキス。


「・・・・するどいなぁ」


一つため息をついて、答えた。怜雄は、たまに美南の心の中を直接覗いているのではないか、と思うときがある。特に美南が、普段通りじゃないときは。


「お父さんに、暴力、振るわれてたんだよね?」


「うん。って私怜雄に話したことあったっけ?」


美南の記憶が正しければ、怜雄にその話をしたことはないはずだ。話しても、反応に困るだろうと、思ってたから。


「美南と出会ったとき、体にあざみたいなのがあったから、暴力を受けてたことはわかってた。で、美南はたまにお母さんの話をするけど、お父さんの話は聞いたことがなかったから」


なるほど、言われてみれば簡単なことね、と美南は苦笑した。隠そうとしていた先ほどまでの自分が馬鹿みたいだ。


「あんま思い出さないようにしてたんだけどなぁ」


「ふとした時に、思い出しちゃうよな。嫌な記憶って」


怜雄がため息をつきながら言う。


「何か嫌なことでもあったのか?」


「えっ」


図星だった。一昨日、昨日と二日連続で客の行為に付き合わされ、正直メンタルがに参っていたのだ。そんなときに怜雄と一緒に過ごせて、気が緩んでしまったのかもしれない。いけない、いけない。気を引き締めねば。


「そんなことないよ」


店で培った偽りの笑顔を張り付けて、言った。違法なキャバクラで働いて、おまけに行為までしたなんて怜雄にばれたら、想像しただけでも恐ろしい。


「ホントか?俺は嫌な記憶って、メンタル的に参っているときに思い出すからさ」


怜雄がこちらに顔を近づけてくる。心の底から、七瀬のことを心配してくれていそうな目だった。


「ホントに、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」


頼むから、そんな目で見つめないでほしい。思わず、怜雄に吐き出したくなってしまう。誘惑を振り切って、笑顔で言った。


怜雄はもう一度七瀬の顔を覗き込んだ後


「まぁ、ならいいけど」


一応は引いてくれたようだ。心の中で安堵のため息をついた。


「それより、早く着替えたほうがいいぞ」


その時初めて、自分が汗をびっしょりかいていたことに気づいた。


着替えて、また布団に入ろうとすると


「布団も汗びっしょりだろ。こっち、入れよ」


怜雄はそう言って、そっと手を取り、自分の布団に入れてくれた。


「うん、ありがとう」


入った怜雄の布団はとても温かくて、心地が良かった。凝り固まり、疲れきっていた自分の心がほぐれていくような感じだ。でも、これだけじゃ足りない。もっと怜雄を感じたい。


「ねぇ、怜雄?」


「うん?」


「抱きしめて」


「えっ」


「いいから」


「・・・わかった」


怜雄は、優しく、でも確実に、七瀬を抱きしめてくれた。嫌だったこと、つらかったこと、全部忘れさせてくれるようなハグ。その安心感に思わず、泣きそうになる。


「ずっとそばにいるから。絶対離れないから」


あぁ、ずるい。こういう時に、私が欲しい言葉をかけてくれる。


「・・・約束だからね」


鼻をすすりながら言った。今が夜でよかったな、と思う。明るかったら、ぐしゃぐしゃの顔を怜雄に見せていたに違いない。


この前、怜雄はAVを無修正にして売っているといった。きっと、他にもいろいろなことをやっているのだろう。ばれたら、命までもが危ないような、危険なことも。


なんでそんなことをやっているのかは七瀬にはわからない。多分、七瀬にはわからない怜雄なりの理由があるのだろう。ひょっとしたら、七瀬の隣から一時的に消えてしまう日もあるかもしれない。


それでも、怜雄は帰ってくる。どんな危険な目、怖い目にあっても、全部かくして、七瀬のそばにいてくれる。そう約束してくれたのだから。私も、怜雄が安心して帰ってこれるように、怜雄の支えになれるように。


「私も、離れない。絶対、離れない」


「ああ・・・ありがとう」


そうして、抱き合ったまま二人は眠りについた。

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