ジャナ~番外篇Aliceの傷〜
嘉倉 縁
第1話
直、夏休みと言う或る朝、サーサーという、小雨が降るような音に万理愛は眼を覚ました。
しかし、カーテンから漏れる陽は明るい。
「?」
万理愛は起きてベッドを降りると、窓を開けたが、もちろん空は晴れている。
「この音どこから……」
窓から見下ろすと、そこには買ったときから放置されている温室があるのだが、そこで、ジャナが水を撒いているのが見えた。
「え? ジャナさん??」
叫び声が届いたのか、ジャナは顔を上げる。万理愛を見ると、ニヤリと笑い、また水を撒き始めた。
万理愛はパジャマのまま階段を降りると、居間を抜け、温室へと駆け込む。
温室の広さは四畳半ほどの広さだ。暖炉のある居間の掃き出し窓から、石畳の温室へと繋がっている。
正面と左右に白い木製の棚が置かれ、以前はそこに土が入っただけの鉢がゴロゴロとしていた。
父親が万年青をもらってきて、育ててはみたりもしたのだが、仕事の忙しさに、それも忘れられ、やはり枯れ果ててしまっていた。
母親はそこへ物干し台を持ち込み、雨の日などは便利に洗濯物を干したりもしていた。
そんな荒れ果てた温室だったのだが。
物干し台は撤去され、割れた植木鉢は片付けられて、棚の上には洗われた鉢やプランターが置かれている。
温室のガラス窓も綺麗になって、陽の光が燦々と射しこんでいた。
「良い温室があるじゃないの」
「ジャナさんスゴイ! いつの間に掃除したんですか?」
「昨日よ。暇だったから、家の周りを巡ったら、雑草みたいにハーブが生えてるじゃない。教会だった頃、薬草園があったんだろうね、その種が飛んで生き残っていたわ。いくつか掘って採ってきてみたの」
ジャナの言うとおり、鉢には緑が植えられていた。
万理愛には全部、雑草にしか見えない。
そんな中に花のある鉢があり、それは万理愛にもなんであるか分かった。
「わあ、ポピーもあったんですか」
「んー、そうね。まだ咲いてて驚いたけど、可愛いでしょ。触らないでね」
薄紫の花の鉢を、ジャナは万理愛から遠ざける。
「さあ、朝ご飯にしましょうか、万理愛。今朝は英国式スコーンを焼いたのよ。クロテッドクリームも作ってあるから。ジャムもね。ゆで卵は半熟だし、紅茶を淹れて、デザートには桃を剥くのもいいわね」
「英国式、ですか、珍しいですね。いつもフランス風なのに」
「ん、温室を見てね。少し懐かしくなって」
「懐かしい?」
「万理愛に話すような話じゃないよ。とっとと食べて、学校へ行きな」
「えー。聞きたーい」
「はいはい、また今度ね」
ジャナは、ぐずる万理愛の背を押して、朝食の席へと座らせたのだった。
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