三節

 王都アステリアの昼は人の波が絶えず、城下町はいつもの賑わいを見せている。

 現場は、そんな主要街道からほど近い、城門へ続く大通りの曲がり角だ。評議会はまだ騒動を伏せたいらしく、一帯は封鎖結界で覆われている。路面には薄い結界紋が走り、四隅の結界標が淡い光を細くつなぐ。近づくと光の糸が水面のようにわずかにたわみ、空気だけが静かに屈折して見えた。アリアが王家の印をかざすと、紋の一部が花弁のようにほどけ、人ひとり通れる幅の透明な裂け目が開く。


 昨夜の衛兵の報告では、体高が人の腰ほどの――「巨大な芋虫のような」魔獣。三人で応戦したが、一人は腕を食いちぎられる重傷を負い、仕留め切る前に影のように掻き消えたという。容姿は他の証言と一致しないが、長く同じ形を保たない点だけは共通している。召喚魔術の線は、やはり疑わしい。


 戦闘場所はすぐ分かった。建物の欠けや、炎の魔術が走った焼痕は修繕されず、魔獣の体液と兵士の血痕は最低限の処置だけで留められている。日差しに乾いた金具が鈍く鳴り、焦げの匂いが薄く残っていた。

 アリアは魔獣によるものと思しき、体液の跡が残る壁の抉れに手をかざした。


「基音ひと滴、触れて響け」


 探知の魔術を落とし、音が石の奥を探る――しかし、魔術痕の反響はない。

「……魔術の痕跡は見つからないわね」


「ノア、あなたも確かめてもらっていいかしら」

「承知しました」


 光の術が短く点り、すぐ消える。護衛用に設計されたノアは、アリアよりも魔術の感知に長けている。

「魔術反応を感知。……音の魔術、先ほどアリア様が付与したもののみ。その他の術式反応は確認できません」

「うーん、ノアでも検知できないなんて、困ったわね。召喚魔術だと思ってたけど、違うのかしら……」

 

 アリアは指先の感覚を払ってから、小さく息を吐いた。白墨の印、焦げの縁、砕けた煉瓦。見える痕に、手がかりになりそうなものはない。

「魔術の痕跡を消している可能性はございますか」

「魔術の痕跡を消す魔術はあるわ。ただ、それにも“痕跡を消した痕跡”が必ず残るの。魔術を完全に隠蔽する術は、まだ存在していないはずよ」

「では、現時点では魔術の関与は“断定できない”……ということになりますね」


 ノアのまとめるとおり、この現場で得られたのは“召喚術と断じる材料も、否定しきる材料もない”という中途半端な結論と、乾いた匂いだけだった。

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