第2話

 ブイチューバーとはヴァーチャルユーチューバーの略称である。

 アニメキャラクターのようなアバターを操作し、まるで実在しているかのように振舞っている配信者をみんなはそう呼ぶ。

 仮にその分野に関して無知だったとしても、ユーチューブでブイチューバーと検索すればだいたいの雰囲気は一目ですぐ掴めるだろう。

 サンバディノウズは、そのブイチューバーをアイドル化する事業によって飛躍的な急成長を遂げた企業のひとつだ。

 弊社はまだバーチャルアイドルというものが眉を顰められていた時代にいち早く参入した一社で、いつか成功するという先見の明と、成功するまで続けようという根気があった。そのおかげで大企業とは言えないまでも一つの成功例となっている。

 その立役者となったのが、女性だけで構成されている『カラーズ』だ。

 意外にもその存在感とは裏腹に、活動しているグループはその一組だけである。その一点のみで成功を収め大手とも渡り合っているのだから、その人気ぶりが窺い知れる。

 カラーズには多くのアイドルが所属しているが、性格や方向性は多岐に渡る。絵具というグループ名が示唆しているように、色々なタイプのアイドルが在籍しているのが最大の売りだ。なので新メンバーが次々に加入しても違和感のない仕様となっている。

 現在カラーズで活躍しているアイドルの数は総数二十名。そのひとりひとりに色と担当が割り当てられている。

 たとえば案件でかしこまって自己紹介する際は、「どうもカラーズの緑黄色担当の何々です」という風になる。

 大勢が揃ってこんな挨拶をするので初見の視聴者には紛らわしいが、先輩か後輩かを見分けるわかりやすいコツがひとつだけある。それは原色に近いほど古参だということだ。すなわち早い者勝ちということで、シンプルな色は先輩にとられてしまっているというわけだ。よってさっきの例に登場した子はかなり後輩の部類ということになる。

 最近になってその新しめの子たちのマネージャーを任されることになったので、俄かに私は忙しくなっていた。

 たちというのは、ふたりに兼用されているからだ。人手が足りないというより、実績や経験を買われてと言われているが、本当かどうかはわからない。

 先輩マネージャーによれば、以前は現在からは想像できないほど劣悪な環境だったと言う。ひとりで四人を兼任などザラにあったらしい。どこの業界でもありがちだが、想定を超えて大きなった会社は人材確保が追い付かず、どうしても一時的にブラックに陥る。残業が多いどころか休みがあってないような状態になることもある。

 どこからがフリーでどこからが残業なのかは、多くの業界が抱える永遠のテーマだ。

 そしてその不規則さにおいてはブイチューバーのほうも負けてはいない。


「あー、おはようございますぅ」


 電話に出たのは私が受け持っている新メンバーのひとり、玉虫色担当の墓場鳥小夜啼だ。明らかに寝起きという声だった。


「おはよう。とてもアイドルとは思えない声だな」

「すみません。朝方まで登録者数を増やす耐久配信をしていたんで」


 無論、承知している。『何万人増えるまで寝ません』という無茶な企画を夜中、突発的にやったのだ。

 おかげで時刻は昼前だが配信が終了した時間を鑑みれば、早く起こしすぎたくらいだ。

 普段の彼女たちは夜型である。配信は二十四時間いつやってもいいので、サラリーマンのような規則正しい生活スタイルをしていない。したがって打合せなどは比較的タレント側の都合に合わせることが多かった。

 これが基本となっているのは、古来より視聴者数が増える時間帯が夜のゴールデンタイムと決まっているからである。朝も昼も、一部を除いてほとんどの人は学校か会社だ。その関係で夜から深夜帯が配信者の主戦場となっており、必然的にどうしても就寝時間が遅くなってしまう傾向がある。零時前に就寝することはほぼない。

 また配信が終わってすぐ眠れないという事情も多分にある。個人個人でやることもあるだろうが、ハイテンションのパフォーマンスをして神経が冴えてしまうため、すぐに眠れないのだ。眠れないとベッドでスマホを見て、さらに眠れないという悪循環に陥る。その上、土日祝日は書き入れ時なのでそこで無理をすると生活サイクルが乱れる。

 そのズレが社員である私との間にこうして出ていた。


「新人だから登録者数を増やしたいのもわかるが、あまりひとりで無理はするな。それに先輩全員とコラボするという目標はどうなった?」


 指摘したのは新しい色、新メンバーの宿命とも言える、大勢いる先輩たちの交流だ。


「それが……」


 スマホの向こう側でごそごそと正座をするような気配がした。たぶんまだ目は開いていない。


「何だ?」

「……怖くて誘えません」


 訳を聞いて顔は笑ってしまっていたが、あえて私は溜息を発する。


「とって食うわけじゃなし、何が怖いんだ? みんな優しいはずだが」

「だって先輩方っていつも自分のことで忙しそうじゃないですか。それなのに私事で予定を狂わしてしまってよいものなのかなと」

「遠慮してしまう気持ちもわかるが、その先輩たちだって入りたての頃は同じ悩みを抱えて、ちょっとずつカラーズの色に溶け込んでいったんだ。それを恐れていたら距離はいつまで経っても縮まらない。チャンネル登録者数もな」

「それはそうなんですけど……」

「ならいっそ相談に乗ってもらったらどうだろう? きっと自分もこんな感じだったなと共感してもらえるし、意外とすぐ仲良くなれるかも知れない」

「つまり先輩の胸に飛び込めと」

「違う。胸を借りるだ」

「わかりました。やってみまっす」


 墓場鳥が少しだけ気合の入った返事をする。こうやってうまい具合に乗せ精神面なサポートするのもマネージャーの仕事だ。時には朝まで相談に乗ってあげたりすることもある。これは血の通った人間にしかできない。私が雇われている理由のひとつだ。


「それではその頼もしい新人に要請だが、明日は今後の展開について大切な打ち合わせがあるから、本社まで出てきてほしい。それとついでにグッズの監修もしてもらいたい。既にサンプルがいくつか届いてるんだ」

「ということはまた……」

「ああ。サインのノルマを達成するまでは監禁になるな」 


 途端、呻き声とベッドの上に倒れる音がした。


「うーあれをまた。ブイチューバーって家で引きこもりながらできると思ったのにー」

「いい加減にその甘い考えは悔い改めるべきだ」

「悔いるだけではダメなんですか?」

「ダメだな」

「ところで何でディスコードじゃなくて電話なんです?」

「君の返事がいつも遅いからだ」

「はいそうでした」


 私は切りのいいところで通話を終了させようとしたが、不意にそのタイミングで小夜が声を潜めた。


「ところで霧ヶ峰さん、あれ見ました?」

「あれって?」

「あ、いや。えっとそれじゃあ、このあとまた夜に配信予約してるのでひと眠りしたいと思います。おやすみなさい」

「寝坊してトレンド入りしても知らないぞ」


 彼女の思わせぶりな発言を追求しなかったのは、ほとんど自衛に近い感覚だった。防衛本能と言っても過言ではない。

 私はもうひとりの担当であるタレントに発信しながら、片手でノートパソコンのカーソルを操作する。


「まずいな」


 思わずそんな呟きが漏れた。

 例のアカウントのフォロワー数がまた大きく伸びていたのだ。

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