[短編小説] 科学がテーマの新しい小説

Haru

置き去りにされたもの


 とある閑静な住宅街で、寒い冬に奇妙な屋敷が建った。

 

 屋敷の主は、重力を自在に操れる装置を開発したことで有名だった。机の上のコーヒーカップから自分の体まで、あらゆる物体を浮かせることができる。


 ある日、博士の屋敷に訪問客がやってきた。

「こんにちは、博士。招かれたと聞きまして」


 黒いスーツと真っ黒なハット帽を身に纏った男である。紳士的な外見だが、どこか怪しげな匂いを漂わせている。


「ようこそ。我が屋敷は重力を操れる。座るときは注意されたし」


 博士は少し興奮していた。自分の装置を初めて誰かに披露できる。しかも好奇心旺盛そうな客にだ。

 初めての実演。スイッチを押すと、床から二人はわずかに浮いた。コーヒーカップも宙に漂い、中の液面は小さな波を描いた。


「おお……」スーツの男は目を丸くした。

「すごい……身も心も軽くなった気がする」


博士は笑った。

「ふふふ。これはまだ序の口だ」






数日後、スーツの男は再び屋敷を訪れた。

「博士、この装置で試してみたいことがあります」


博士は少し身構える。スーツの男はにやりと笑った。

「屋敷全体の重力を、逆さまにしてみませんか?」

「任せたまえ。私が実験台になる」


スイッチを押すと、家具や食器が天井に向かって浮かび、博士の体も一瞬で逆さまになった。


「すごい。世界が上下逆さまですね」スーツの男は楽しそうに笑う。


逆さまの博士は、ふと違和感に気づいた。

腕や足の感覚は残っている。しかし、何か大切なものがなくなったような軽さがあった。


「……あれ?」


スーツの男は微笑んだ。

「博士、あなたの研究、面白いですね。でも、重力は質量あるものにしか作用しない」


博士は言葉を失った。目の奥には、喜びも悲しみもなく、空っぽだけが残っていた。


そう、重力は『心』に作用しないのだ。


博士の『心』は床にポツンと落ちていた。




やがてスーツの男は屋敷を後にした。


逆さまの博士はスイッチを握り締め、雪が地面に登っていくのをただ見つめていた。






学校に向かう子どもたちの声がする。

「あそこの屋敷、コウモリのお化けが出るんだって」

「じゃあ毎年恒例、夏の肝試しはあの屋敷で決まりだな!」








今回のテーマ:重力

 アイザック・ニュートンが、りんごが木から落ちるのを見て重力の法則を思いついたという逸話は非常に有名です。私たちが地面に立っていられること、ボールが落ちること、さらには地球が太陽の周りを公転していることも、すべて重力によるものです。


 この「重力」は、正確には『2つの物体の間に働く引力(万有引力)』として定義されます。質量を持つ物体同士は必ず互いに引き合っており、地球と私たちの間だけでなく、実はすべての物体間で作用しています。この力は、ニュートンの万有引力という法則で表されます。


 私たち同士が会話しているときに相手から「引力」を感じないのは、私たちの質量が小さく、その間に働く引力が極めて弱いためです。地球のように非常に大きな質量を持つ天体が相手の場合に、ようやく重力をはっきりと感じられます。


 さらに踏み込むと、アインシュタインの一般相対性理論では、重力は“引力”ではなく、質量によって空間(時空)が曲がることで物体が曲がった道を進む現象だと理解されています。現代の物理学では、こちらの説明が重力の根本的な理解として主流になっています。

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