第2話 たいようないつ
白い雲浮かぶ青い空。そこに輝く太陽は眩き光を地上へ差し込ませて地上の者たちを照らし…恵と希望を見せつけ与えている。そしてその太陽に数多もの葉を照らされる森林の内…
踏み慣らされ開かれてきたのであろう道に、鎧に身を包んだ者たちと整えられた白い髭の老紳士が、赤き髪を持った若き女の背後で…皆ある一点に向けて視線を送っていた。その先には…行き倒れか浮浪者か、はたまた乞食とも知れない一人の少年が目は開けず口はぽかんと開けて、死んだように力なく木にもたれかかっていたのだ
「起きよそこの者!今すぐに起きよぉ!」
木にもたれかかる少年に指を指して大声をあげた赤髪の女は何度も足踏みし、その苛立ち具合を露わにしていた
「姫様…屍は何度呼びかけようと目を覚まさないものなのです。…こうなってしまってはもう仕方もしようもございません」
苛立つ女の隣に立ち、その顔を覗き込んだ老紳士は眉を悲しげにひそめてなんとか宥めようとするものの…
「うるさいっ!私はまだこの者の最期は見ていないのだ…にも関わらずこれが屍だと!?決めつけに押し付け、抑圧が産むものなどすべて悪習にすぎないと!私に教えたのはお前だぞローフィ!」
「…その通りにございます」
ローフィと呼ばれた老紳士は白い手袋に包んだ右手を顎に当て、俯くように頷いた
「それに私はもう姫様などではない!既に母上より受け継いだこの美貌と…」
女は老紳士をの背を越して騎士たちのほうへ髪をなびかせつつ歩み…そしてその直前で力強く足音を立てて立ち止まった
「父上より受け継いだかの太陽の大いなる力が…私が王たるものである確固たる証であると!」
拳を握りしめた腕を騎士たちへ突きつけた女は、続いてその拳を天へと突き上げた
「この私こそ王であると従い讃える者は私と同じく…その拳を掲げるのだ!」
四人の騎士たちのうち三人は一言も発することなく、
直ちにその拳を掲げたのだが…その背中に折れ曲がった棍棒を、腰の左右にそれぞれ刀を携えた騎士だけは、腕組みして首を傾けていた
「ウェイル…なぜ掲げぬ?」
ウェイルと呼ばれた騎士は首をメトロノームのように一度往復させた後に、腕組みしたまま人差し指を立てた
「そうだ姫様!その王って言葉に一つ付け足していいならね、俺も喜んでこの腕突き上げちゃうよ」
「…言ってみせよ」
女もまた、腕組みしてウェイルのほうへ文字通り耳を傾けた
「未来の王様…なんてどうよ?」
「お前まで、いまだに私は王たる者にふさわしくはないと言いたいのか?」
「ん〜、そりゃちょびっと違うかな」
「…はぁ?」
いかにも不満げな表情をした女に、ウェイルは短く口笛を吹いてみせた
「ねぇ王様?あたしがこいつの言いたいこと翻訳したいんだけどいいかな?」
拳を掲げた騎士の一人、背中に槌を携えた女騎士は優しい声で語りかける
「あぁもちろんいいとも!我が親愛なる騎士の一人キソーよ…!」
「落ち着いて聞いてほしいんだけど…未来ってさ、いつも不確定なものじゃない?」
キソーのその言葉を耳にした赤髪の女は眼だけがいやに開かれたほぼ無表情で静止した
「そうか。…そうだったな」
それだけ言い残した女は、再び老紳士の隣へ戻ってしまった。その様子を見たウェイルとキソーがゆっくりと顔を見合わせた後…ウェイルは見合わせた彼女の肩を小突いたのだ
「お前なぁ…!余計なこと言ってくれんじゃねぇぞ落ち込んじまったじゃねぇか姫様…!どうしてくれんだ…!?」
「あたしに文句言われても困るんだけど。あんたしか悪くないんだし」
地面へ槍を突き刺した最も大柄な騎士は首を曲げ、二人へ鎧で隠された顔面を向けた
「我が王、いずれ王。」
「そうだよラヌツ!俺の言いたかったのはそういうことだ!」
大柄な騎士をラヌツと呼んだウェイルは彼の広大な胸板を軽く叩き、鼓膜をつくような鋭い音を響かせる
「ふっ、ラヌツとあんたは通じ合わないよ。あんたは間抜けだけどラヌツは真逆。賢いもの。」
「はっ、だったらなおさらラヌツと趣味合わないんじゃない?ねぇキソーちゃん?」
その一言を聞いたキソーは両手の指を組み合わせ、手首を曲げて骨を鳴らしたのだった
「…バカがあたしのことバカにしないでほしいんだけどな」
声色を低くしたキソーが鎧の奥からウェイルを睨みつけると、彼は彼女より高い背丈をもって見下すため…喉元を晒すように首を反らせた
「俺だってお前だけには馬鹿にされたかないよ?」
時間にしてもわずか数秒ほどの間…キソーとウェイルは睨み合い、そして二人が携えた武器に素早く手をかけたその瞬間だった。
「ウェイル。」
キソーが槌を振りぬこうと…ウェイルが抜刀の構えをとったその時、赤髪の女のその声で二人の行動は中断される。そして間もなく二人の視線は赤髪の女へと向けられたのだった
「刀を一つ、私に貸してくれ」
ほんのわずかの沈黙の後…ウェイルは女の足元へ跪いて視線は土へ向け頭を垂れ、両手で鞘に収まった一本の刀を差し出した
「承知」
「感謝する」
刀を受け取った女は再び老紳士を越えていき、木にもたれかかっている少年へと近づいた
「ちょっと王様…!?なにするつもり!?」
声色に困惑を浮かべるキソーは焦った様子で女へ尋ねる
「今度こそこの者を起こす。そしてこの者に問おうではないか」
鞘に収まったままの刀の切っ先を少年へ向け、女は活気に満ちた明るい声音でこう言った
「私が王たる者としてふさわしいか否か!」
その言葉を耳にした四人の騎士は女の背を見て唖然とし…ローフィはその両目を右手で覆っていた。
少年へ近づきながら、女は徐々に鞘からその刀身を引き出していく
「ちょっと待てよ姫様!」
ウェイルが女へ駆け寄ると、女は歩みを止めて彼の
「なんだウェイル…私は今、どんなにうまい冗談だろうと笑えるような気分ではないぞ」
「こっちの気分も冗談じゃないよ…俺の刀でそいつどうするつもり?まさか目玉くり抜こうとか考えてるわけじゃないよな?」
「ああ、少しばかりつつくだけだ。この鞘でな」
女が左手に持った鞘を振ってみせると、それを見たウェイルは瞬時に…背にした角度を持つ棍棒を女へ差し出した
「じゃあこっちにしといてくんない?」
「む?構わんが」
刀と鞘を返されたウェイルはそれを腰に戻して棍棒を女へ手渡す。
「悪いな、この鞘新品ちゃんなんだ」
先程腰に戻した刀を軽く叩いたウェイル。女はそれに微笑んで頷くと…受け取った角度を持つ棍棒を構え、慎重な足取りで少年へと近づいていく
「ツキラ。処理。」
ラヌツがその身体を向けてそう発した…剣をその背にした騎士、ツキラはラヌツへ顔を向けぬまま頷く。そしてその身を覆う鎧のうち、篭手などを触れずに動かして格納させ、右手を解放したのだった。
その視線の先には…棍棒の先で少年をつつく女の姿があった
「起きろぉ…!ほら起きろぉ…!これ!これぇ!これっ!」
木にもたれかかる少年の頭を一度つつくごとに、その声と掴んだ棍棒には力が込められていき…どんどんと増していく女の苛立ちの加速を表しいていた
「何故起きぬのだぁっ!何故…何故ぇ…何故だと思うローフィ?」
起きない少年の前から離れ…棍棒をウェイルへ投げ渡すと、俯く女はローフィの脇腹を拳で小突いた
「屍とはそういうものでございます。姫様」
「…姫ではない」
機嫌の悪そうな一言を吐いた女は今度は裏拳でローフィの脇腹を小突く
「姫様が手を差し伸べた彼はきっと…死後の国で感謝しているでしょう。気に病むことなどありません。あなたのこれまでになさったこと、これからなさること、そのすべてを誇ることのできる…気高く、誉れ高き王へとなりましょうぞ」
裏拳を押し付けたままの女の手へローフィは自らの手を添える。女は顔を上げ、唇を上向きに曲げたこらえる表情の顔をローフィへ向けた
「…わかった」
女の小さな一言を聞いたローフィは目を細めた笑顔で頷く。二人を見ていた四人の騎士たちは落ち着いた様子であり…ウェイルは胡座をかいて座り…ラヌツは引き抜いた槍を担いで静かに佇み、キソーもまた立ち上がってその巨大な身体に寄りかかっていた。そして剣の騎士ツキラは…右手を再び触れずに動かした鎧で覆ったのだった
「よしローフィ!私は今、なすべきことがわかったぞ!」
ローフィは白の手袋を整え、目をつむってゆっくり頷く。
「はい。我らが国へ戻りましょう」
しかしローフィがそう発している間に赤髪の女は早足で木にもたれかかった少年へ近づき、右足を後ろに引いた前屈立ちのような構えをとったのだった…
「なぁ、あれって冗談だよな…?」
立ち上がったウェイルはキソーの肩を叩き、ある方向を指差す。その指の先には…右足を前後に振って次の動作への準備を整えていた
「は?あれってどれのこと?」
「だからあれだよ」
肩を叩かれたキソーはウェイルを睨むのみで彼の指差すほうは見ようともしない。
そうしているうちに赤髪の女は準備を完了させて蹴りの構えをとっており…
「照準よぉし…!」
心の準備も完了させていたのだった
「姫様?」
ローフィが振り返った時には既に、女の右足は地面を踏んではいなかった
「ふうんっ!」
赤髪の女はこめられるだけの苛立ちと力を込めて…右足の蹴りを少年の腹へ叩き込んだ。そしてその瞬間、彼女を突然の衝撃が襲うことになる
「おがぁああっ!」
「ひぃいっ!うわっ!ああぁあ…!」
先程までの静かな表情とは一変…黒目が丸見えになるほど目を見開き、大口を開けて苦痛の叫びをあげた少年に…女は驚き尻もちをつき、じたばたとみっともなく後退ったのだった
「かっ、あがっ…おぉお……」
蹴られた腹を抑えて苦痛に呻く少年に向けられたのはラヌツの鋭く太い槍の先…そしてツキラの格納された鎧の内より現れた…熱された鋼のごとく赤き光を放つ右手であった。
その日がついてる一日か、ついてない一日かっていうのはもしかしたら…その日が終わるときになってやっと決まることなのかもしれない。
いやきっとそうだ。音楽聴きながら良い気分で歩いてたとしても肩に一発、鳥の糞でも食らえば一気に気分は最悪になってしまうのと同じように、悪くない一日はたった一つの出来事だけで最も気分の悪い一日にだってなりうる。今日、それを確信することになった。
「おおぅっ…はらがぁ……」
なぜならたった今、とんでもない痛みがこの腹を襲ってきていて…うずくまって唸ることしかできないからだ…
「いいっ、生きてる…!?この屍生きていたぞローフィ!」
「…どうやら屍ではなかったようです」
「蹴ったのが悪かったのか…!?お、おいそこの者!腹は!腹は大丈夫なのか!?」
聞こえてきた話し声のほうへ顔を上げると、白い髭に風格のある男が鋭い目つきでこっちを見ていて…その背後から顔を出す赤い髪の女は慌てたような表情にハリのある高い声で騒いでいた。
「うっ…げほえほっ」
顔を上げたはいいものの、すぐに咳き込んで自然に体が曲がってしまい…視界からその二人は消えてしまう
「おい!そこの兄ちゃん!」
今度は男のくぐもったような声がして、その方へ顔を向けると…背丈も鎧の形までそれぞれ異なる四人の騎士が並んで俺を見下ろしていて、一番近い騎士に至っては赤く光った右手を向けてきている…怪しいし正直に言って恐ろしい…
「まず質問一つ!俺の話してる言葉、わかるか?」
質問を投げかけてきた…刀を腰に下げた騎士に対して声が出せずになんとか頷くと、刀の騎士は一度手拍子するとすぐに続けた
「よしよし!なら続けるぞ〜…えーっとなぁ…」
刀の騎士が顎に手を当てて考えていると、一番背の低い…柄の長いハンマーを背負った騎士がため息をついて、彼の前へと歩み出た
「名前と出身、でしょ?」
「そう!その通りだ!言ってみろ」
「…ふっ」
刀の騎士に教えたのはいいものの、彼をすぐに鼻で笑い…いかにもお高く止まっていそうな印象を受けた。
それに加えて…ハンマーの騎士は声と身長だけで判断するなら、女らしい身なりをしていた。…性別までバラバラなのだろうか?
「名前は…諸星、光です」
そう言った後身体を起こそうと腕と手に力を入れたその瞬間だった
「おーっと動くんじゃないぞ!」
刀の騎士は警告して素早く刀を引き抜き、その先をこちらへ向けてきた。突然向けられた刀に寒気を感じ…言われたとおり動きを止めてしまう。刃物の先を向けられるなんて…生まれて初めてだった
「言い忘れてて悪かったがお前は地面に寝っ転がったままでいい…いや寝っ転がったままでいろ。」
「は…はい」
「ハイ?珍しい名前してんだなお前」
「へ、返事です」
「ヘンジ…?…あ、そういうことか。なら名前はなんなんだよ?」
声が小さくて聞き取れなかったのだろうか…?しかし…喉から背筋にかけてまで、つまりほぼ全身が緊張しきっていてうまく声が出せそうにない…
「その…も、諸星、光です…」
予想通り…怯えによる緊張のせいで、人に聞かせられるような声は喉から出せなかった
「モロボシヒカリ?ほぅ…まぁこの世に持ってて悪い名前なんてないよな」
「え、え…?」
一言一句間違えずに…俺の名前を聞き取ってみせた刀の騎士はこっちに向けていた刀の先を学生がスクールバッグを担ぐようにして背後に向けると、首をこちらに顎が向くよう傾けて短く口笛を吹いた
「俺の耳に垢がつまってなくて助かったな、兄ちゃん」
刀を鞘へ戻してこちらに近づき、かがんで顔を近づけてきた彼は…鎧でわからないが恐らく口に当たるであろう場所に手をやって小さな声で語りかけてくる
「あのチビか姫様なら…腹から声を出せっ!とか言ってその腹にもう一発蹴り入れてただろうからな…ははっ…!」
「は、はぁ…」
彼が刀を引っ込めたことと…そのフランクな口調にわずかながら安心感を覚え、苦笑いながらも頷くことはできた
「ちょっとウェイル?なにしてるの?」
背後からハンマーの騎士の声がすると、刀の騎士はやれやれとでも言いたげに首をゆっくり左右に振りつつ…ため息を吐きながら振り返った
「尋問に決まってるだろ?今色々聞き出してるんだから邪魔すんな」
「そんな怪しい奴に近づいてないで!…離れてでも尋問なんて簡単でしょ?弱そうな奴だって何してくるかは知れたものじゃないんだから」
「ただいま俺もこの兄ちゃんも説教は受け付けておりません」
おちゃらけた台詞を一つだけハンマーの騎士へ吐き、再びこちらへ顔を向けてきた彼は…なんとこちらへ手を差し伸べて…
「ほれ…握手だ…!」
声に出して握手を求めてきた。
…どうすればいいんだ?もし手を握ったとして…後ろの剣の騎士のように赤く光る手でどうにかされるのかもしれないし…どうなるかはわからないけど。
それにもし握らなかったとしたら、腰の刀で頭切り飛ばされるかもしれない…
「どうした…!?こうしないと多分まずいぞ…!あのチビ短気だからな…!…握手はわかるよな?」
刀の騎士は急かしてくるが…今は混乱しきってしまってそれどころじゃない…!落ち着いて考えてみたら今の俺ってどういう状況なんだ!?夕飯の弁当買って公園に寄り道してそこで…白い女の子に会って、その子に弁当やって、その子が持ってたステッキを渡されたら…たしか…俺の身体にステッキが埋まって…
「屍は平気そうか?」
「だから今調べてるん…」
頭の中でごちゃごちゃした記憶を思い出して考えをこねくり回しているうちに…頭上で女の声がして顔を上げた。そこにいたのは赤い髪の……遠目では大人びているように見えたが近くで見るその顔には幼さが残っていて…17の俺が言うのもなんだけど…思ったより若々しい感じの、女の子だった
「ちょっとローフィさん!姫様近づけちゃいけないでしょ!?まだ尋問途中なんだよ!?」
刀の騎士は振り返って立ち上がり、白い髭の男をおちゃらけつつも責める言葉を放つが…眉を八の字にした白髭は軽く礼をしたのみだった。そしてその様子を見ていた俺の視界に勢いよく飛び込んできたのは…
「う〜〜むぅ…」
赤い髪を揺らしたかの少女であった。
正面衝突した視線の先にある…黄色を越した黄金色の瞳はこちらの顔を鏡のごとく映し、水晶のように淀みなく輝いていた。眉と口は山なりに曲げていた…いかにも不思議そうな顔をして、恥ずかしくなるくらいじっくりと俺の顔を見つめていた
「無事なようでよかったぞ、屍!」
そしてにっこりとした無邪気な笑顔で、矛盾したような台詞を明るく元気な声音で発してみせたのだった。
「ありがとうございます…ですけどその、一つだけいいですか?」
「ああいいとも!」
彼女は屈んだ姿勢のまま誇らしげな表情で二度深く頷き、再び目をじっと見つめてくる
「僕、生きてますよ…?」
「そんなことはわかっている。現に私と目を合わせているうえこうして言葉も交わしているではないか」
…何故か会話が噛み合わない。屍って倒れている人間のことをいうんだったっけ…?たしか死体のことだったと思ったのだが…
「それよりだ屍!重要たるはそなたの出身よ!」
未だに屍と呼んできていたが、彼女の勢いに流されてしまって指摘すらできなかった…
「日本です…」
「ん…?んん〜…?」
質問に答えたのはいいものの、彼女は立ち上がって腕組し…うなり始めてしまった
「ウェイル、ニホンという…村?に聞き覚えはあるか?」
「ニホン?…聞いたことないな」
すぐ隣に立つ刀の騎士へ彼女は訪ねたが…彼も聞き覚えのない様子で答えたのだった。
「ローフィ聞いてくれ!この屍、私もウェイルも知らぬ国より来たようなのだ!」
彼女が白い髭の男のほうへ駆け寄っていったのをきっかけに…他の三人の騎士がこちらへ迫ってくる
「どういうことよウェイル?私もニホンなんて聞いたことないけどさ…」
ハンマーの騎士がそう言うと、槍を担いだ騎士はその言葉に同じくといった感じで頷いた。一方、俺に光る右手を向けていた…剣を背にした騎士は二人の騎士よりも前に、刀の騎士に並ぶように歩み出てきた
「気狂いのようにも見えん」
「ああ…そうなんだけどよ」
剣の騎士の体温を感じさせない冷たいほどの落ち着きを持った声に…刀の騎士は頷いた。
日本を一度も聞いたことがない…?日本の公園にいるやつがそんなこと言うものなのか?
…しかし本当に不思議なのは、首を動かすだけで見渡せる範囲だけで判断しても明らかに…俺が公園の噴水広場からは移動していたということだ。
周りを囲む木々は生えている密度も高さも公園の広場で見たものとはまったく違っている。それに…
「お洒落好きのキソーちゃんならこの兄ちゃんの着てる服、見たことあったりしない?」
「しないし…あまり惹かれないかな」
四人の騎士がこちらに顔を向けていないので少しだけ身体を起こしてみたが…さっきのように騎士が武器を向けてくるようなことはない。
よくよく考えてみれば恐らくあの武器たちも、光沢があって重厚感もあるが…本物ではないだろうし怯えすぎることもないか…
「あの、すいませんちょっといいですか…?」
「ん?ああ!悪かったな兄ちゃん、転がってるのが嫌だったら座っててくれ。たぶん…あとちょっとで用は済むからさ」
刀の騎士はこっちへ振り向き、顔のあたりで人差し指を立ててそう言った
「そ、そうじゃなくて」
屈んだような姿勢のまま…刀の騎士に向けて手を横に振った否定のジェスチャーをすると…彼は腰に左手を腰に当てて右手を空へ向ける、こちらに手を差し伸べるようなポーズをとった。
恐らく…話していいぞという許可のジェスチャーだろう
「近くにいたはずの人がいないんです…名前はわからないんですけど…白い髪に白い肌で、革ジャン着ててダメージジーンズ履いてる、たぶん女の子です」
鎧の奥で見えないが、俺の視線と刀の騎士の視線は恐らく…なぞって線として描いたなら、その二つの先端は衝突しているだろう。
「見てませんか…?僕が長い時間寝てなかったら…近くにいると思うんです」
「う、うん?つまり…兄ちゃんには特殊なお洒落したツレの子がいて、今はその子が見当たらないと…こういうことでいいのかな?」
二回ほど、彼の問いかけに対して頷く。
…ツレの子と言う言葉の意味は知らなかったが、そこまでの問題じゃないだろう
「落ち込まないで聞いてほしいんだけどな兄ちゃん…そりゃたぶん、フラれたんだと思うぜ」
「…はい?」
フラれた?俺…あの子に告白したんだっけ?…してないよな。
…ツレってもしかして彼女とかそういう意味!?
「挑戦ってのは悪いことじゃないぞ。名前も覚えてないような関係の女をこんな…ちょっと道それたら森の中みたいなとこでなんて、勝算薄いと」
「ウェイルそこまで!こっち来て!」
他の二人の騎士と集うハンマーの騎士の声がすると、刀の騎士は口を閉じたのか一旦言葉を途切れさせた。
そして彼は軽くため息をつくと…
「ま、勝算のある賭けをしろってことだな」
「ちょっと待ってください!その…に白い女の子は見て」
「悪いが、見てない」
言い切る前に食い気味で言葉を遮られ…思わず口を閉じてしまった。
「悪いな」
「…いえ、ありがとうございます」
頷いたのか、刀の騎士は首を前へ傾けると…三人の騎士のもとへ歩いていった。そして仲間たちの輪に入った刀の騎士とすれ違うように、赤い髪の少女が早足でこちらへ駆け寄ってきた。
「なぁ屍よ…そこの紳士、我が従者ローフィの広く深き知識を持ってしても…ニホンという村に関しては一切知っていることは無かったぞ」
「…そうですか」
もうどうなってるのかさっぱりだ。俺の生まれた国をこの人たちは誰も知らないしここは俺のいたはずの場所の面影すらない…ましてや目の前にいたはずの人までどこかへ消えた。
…しかしだ。この一見整合性のかけらもないような状況すべてに納得できる唯一の条件がある。
今、俺の目にしている景色や人間が…みな夢であればすべてに説明がつけられるし納得がいく。
そうだ!俺は今あの公園で寝てるんだ!あの白い子の手品にはきっと催眠術のような効果も含まれていたんだろう…いやきっとそうだ!それにしてもとんでもないことしてくれたなあの子…!謝罪の一つはしてもらわないと割に合わないくらいだよ…全く!
「だがただ落ち込んでいても仕方あるまい?であるからして…立つのだ屍よ!」
腰に左手を当て胸を張り、右手を俺に向けて突き出し…差し伸べてきた彼女。名乗ってないとはいえ…未だに屍と呼ぶのをやめないのはわざとなのか?
「ああそんな…!お待ちください姫様!」
「今度はなんだローフィ!?いい加減しつこいぞ!」
素早く駆け寄ってきて目の前の彼女の隣に立った…ローフィと呼ばれた整った白髭の男は焦った表情で視線を合わせてきた
「姫様、空ゆりかごは覚えておりますか?」
「ああっ!あれはもうとっても楽しかった!大好きだぞ!恐らく今でも…!」
白髭の男の顔を見て目を輝かせ、興奮気味に頷いて赤い髪を揺らす彼女。白髭の男はそれに優しく微笑んで頷いていたが…ほんの一瞬、こちらに向けられた鋭い視線が、彼の俺に対する警戒を意識させた。恐怖を覚えるほどに
「今でも恐らくできますよ。試してみますか?」
「今か!?でも今は屍が目の前に…」
「では参ります」
「なっ!ローフィいっ!?」
髭の男は彼女の腰を両手で持つと…先程までその背後だった位置へ彼女を持ち上げ、足を浮かせて移動させた。
そして、その瞬間にしたであろう俺のたった一回の瞬きの隙に…俺の額にはなにか武器であろう物が向けられていた
「……え?」
向けられた武器の奥を見るとそこにはあの鋭い目が…あの白髭の男がこちらにその視線を向けていた。
全身へ一気に緊張が走って冷や汗がにじみ出てくると…俺は本能的ながら降伏の証明に、震える両手を上げていたのだった。
しかしそれでも白髭の男は俺に鋭い視線を向け続け、また握った武器を下ろす気配はなく…
「ほ、本当にごめんなさい!まっ、待たせてる家族がいるんです…!どうか殺さないでくださいいのっ、命だけはどうか助けてぇ…!」
涙の粒を目から零れさせながら…震える両手のひらを合わせ、震えた声での命乞いしか、怯えた俺にできることはなかった
「…失礼しました」
俺の命乞いを聞き届けてくれたのか…白髭の男はこちらへ向けていた武器を下げ、懐へしまい込んだ
「姫様、この者に攻撃の意思はありません。ご安心ください」
「そんなことひと目でわかるわ!」
そう叫んだ赤い髪の女は白髭の男の腕を引っ張って自分の後方へ引きずり、離れた位置へと追いやった
「ローフィ…何度も言ったであろう?私はもう姫様などではないと。もしそこの屍がいかなる力を、いかなる啓示を受けし者であろうとこの私の太陽の力さえあれば!」
彼女が白髭の男へ手のひらが空を向くよう握った拳を向け、力に震えさせたそれを開いたその瞬間…落雷に伴うフラッシュのごとく、あたりへ眩き光と目のくらむような熱波が放たれ…思わず俺は顔を覆い、彼女のほうへ背を向けてうずくまった。
「ただ黒き灰と化すのみなのだ」
先程までの熱さを感じなくなって…顔は恐る恐る彼女と白髭の男のほうを見ると、もう光は放たれていなかったうえに…彼女の手は既に降ろされていた
「つまりな…私もそこまで世話を焼かれるようだと、もう恥ずかしいということだ…わかってくれ」
「私の思慮不足でした…誠に申し訳ありません、姫様。どうかお許しを」
再び姫様と呼ばれた彼女はほっぺたを真っ赤にして歯ぎしりしつつ、いかにもイライラしている感じで地団駄踏んでいた。
気に入らないことがあると怒り出して、力で人を黙らせようとする…嫌な幼さの残り方してる性格してるんだな、この子…
「さすがに今のはやりすぎだぞ姫様、ありゃ兄ちゃんだって怖かったよなぁ?」
「うえっ!?」
気づけば隣には再び刀の騎士が屈んでおり、俺はビビって転んで尻もちついてしまった…
「ほれ見たことか」
刀の騎士が一度手拍子すると、赤い髪の彼女はしかめていた眉の端を下げた申し訳なさそうな顔をしてこちらの目の前まで歩み寄ってきた。俺は結局、二人ともにビビっていたんだけど…
「驚かせて悪かった…屍。認めたくはないが、私も未だ若く未熟なものでな。故に娘や……姫などと、呼ばれても仕方のないような容姿と品格しか持ち得ていないのだ」
先程より穏やかな表情でこちらへ手を差し伸べてきた少女。しかしその手は俺を急かしているのか振られており…
「…なぜ私の手をとろうとしないのだ屍?…私の謝罪など受け入れる気は無いというのか!?」
「いっ、いえいえ、こちらこそすみませんでした…!」
再び機嫌を損ないそうな彼女の手を慌てて右手で握って謝罪したが、彼女は…気分の良さそうな顔をしてはいなかった。さっきのあんなに熱いのを…もしこのままもう一度やられたら…俺は間違いなく丸焼きだ…
「謝るな屍!それにだ…この私の前で腑抜けた態度は誰であろうと絶対に許さん!張れ!張るのだ胸を!」
「はい…」
握った手を離そうとしたが…彼女に握り返されて離すことができず、とりあえず立ち上がった。
「私を見下すでない」
見下すだなんて…嫌な言い方する子だな。こっちのほうが少し背が高いだけなのに…
仕方ないので彼女よりも目線が下になるよう少し屈んでみせると、これも彼女はお気に召さなかったようで
「…そんな姿勢で見上げられるのも気分が悪いな」
直ちに屈んだせいで、両膝を曲げただけの状態だったので…今度は片膝を立てて跪いてみせた。
少しお高く止まっていそうな子なので、見立てどおりにうまく行けばいいのだが…
「おお…!今度の姿勢は素晴らしい。称賛に価するぞ屍!」
「あ、ありがとうございます」
彼女は俺の右手を握った手と、空いていた手で包んで笑顔で何度も頷いてくる。
まっすぐこちらの目を見つめてくる熱い視線のせいか…彼女の両手で加熱された右手か、全身の体温まで上がったかのような感覚に襲われていた
さっきの熱も光も、この手から出てきたんだよな…?
「ところでだ…?いやこの使い方はおかしいか…?いやこんなところでの!お前との出会いはきっと、我らが天の思し召しであろう。そこで是非…一つの問いに答えてほしい」
彼女は俺の手を離した後少々悩んだ様子を見せて…続いて有り余っていそうな元気のこもった声でなんだか運命的なセリフを発した後、真剣な眼差しをこちらの目玉に突き刺した。
そして釘付けにされた俺の目玉もまた…彼女の瞳の奥に惹かれていたのだった
「なんでしょう…?」
目の前の彼女にそう尋ねてみると、彼女は腕組みして深く頷き…自らの胸へ音が立つほどの力で手を当てた
「屍よ。お前のその眼に、私はどう映る?」
真剣な眼差しに声色でそう述べた彼女だったが…
「どう…ですか?」
「そうだ」
「そうじゃなくて、どういう風に答えれば…いいんでしょうか…?」
俺がこんな質問を挟んでしまったせいで、彼女は眉間にしわをよせてしまった。けどこんな質問パッとすぐに答えられたほうがおかしいだろう…?
「では屍ぇ…私は一体っ、何に見えるぅ…?」
さっきよりも真剣以上に鋭い視線を向けてくる彼女は、まるで急かしているかのように…組んでいた腕の右手の人差し指で左腕の上腕を何度も小刻みに叩いていた
「見た目の話ですかね…?」
今度は至って短調に、彼女は俺の言葉に頷いた
「すごく、素晴らしいと思います…!いわゆる…美人?麗人?とか、そんな感じで」
「ふぅ〜ん?ふむふむ…そうかそうか」
眉間のしわをきれいさっぱり広げきり、口の端を吊り上げながら…軽く首を揺らすかのように頷く彼女。
少し…機嫌は良くなったらしい。安心に緊張が緩み、思わず軽く息を吐き出していると…
「どうした屍」
「なんですか…?」
「続けよ、続けるのだ」
彼女は耳の後ろへ指を伸ばした手を当てた後、手首を曲げてその手のひらを向けてきた。
ずいぶんお上品なハンドサインだった。
「じゃあ…えっと、もう少し修飾させていただきますね」
そうは言ったものの、すぐさま調子に乗った景気の良いような言葉が出てくるほど俺の口は上手くなかった。そのうえ舌も…たぶんザラザラしてる。熱い飲み物も食べ物にも強くないし…つまり、あまり滑りがよくないということだ。
「期待している」
いかにも上機嫌そうな笑顔で続く言葉を待つ赤い髪の彼女…その色も相まってか、なんだかその瞳や髪さえ輝いているように見えてきた。
例えてみるとしたら…お天道様?
「やるじゃん兄ちゃん、おだて上手ね」
さっきまで隣にいた刀の騎士は少し離れたところで胡座をかいて座り、小さく拍手していた
「ウェイル。せっかく考えてるのに気が散るでしょ、こっちに来なさい」
ハンマーの騎士が刀の騎士へ呼びかけた。ウェイル…聞いたことがない名前だけど、なるほど…外国人の方だったのか。向こうの人はいろいろ、熱量と時間とをチームで注ぎ込むって聞く。ヒーロー映画なんて日本じゃ考えられないほどお金かかってそうだし…そう考えると着ている甲冑などの造りが素人目にでも秀でて見えるのは当然か。
「はいはい」
立ち上がったウェイル…さんは俺の肩軽く叩く。そのわずかな衝撃に、俺は思わず曲げた膝をぐらつかせてしまった。…この姿勢は楽じゃなかった。
恐らく…俺より歳上だろうウェイルさんは俺に顔を向けないまま親指を立てて見せ、騎士たちのもとへ歩いていった
「…まだか屍よ」
「あっ、はい…!お待たせしてすみません…」
「では、言ってみせよ」
咄嗟にお待たせだなんて言ってしまったがよそ見のせいでもちろん何も思いついていなかった。
しかし、幸いなことに恐らくの段階だが…言わゆるNGワードだろうものは把握できていた。
「姫様」だ。白髭の男にもこう呼ばれて機嫌を損ねたのだろうし…今思い返せば、ウェイルさんと話すときは常に眉をしかめていた。これでちょっとした理由にはなるだろう。
そして次なる問題は…
「…どうした屍、お前が私の目をどれだけ見つめていようとお前の心、意思は私には伝わらぬ…なぁ、本当にどうしたのだ…?いいか、意思は口で述べるのだぞ!口でな!?」
目の前の彼女のお気に召す言葉を俺が思いつけるかどうかだ。ちょっと怖くて目玉と股間のアレから液体が垂れて来たりしないか心配だけど…
「アレなに?もしかして…王様にメロメロで釘付けな感じなの?…きもちわるっ」
たぶん一番背の低い騎士の心無い言葉にも今は構っている暇はない…そう、今の俺には選択肢が少なすぎるんだ。
従って心の余裕も器も普段のおよそ9割減で小さい。
ああもう泣きそう泣きたいよ…!
「感じわるっ!俺って陰口でいいことをわざわざ相手に聴こえるような声で言う女大っキライっ」
「はぁ!?目につくような気持ち悪い行動をとるような人に問題があるだけでしょ?あたしを容赦のない冷たくて酷い女みたいに言わないで!」
怒り気味なハンマーの騎士の抗議に対してただただ頷くだけのウェイルさん。
「違うから!今のはちょっと配慮が行き届かなかっただけだから、それにあたし、身内じゃなくても冷たくしないし、ちゃんと思慮深いタイプだから」
ハンマーの騎士がそう述べた後、一番背が高く巨大な騎士が動いたのが視界に入った。背中にまさしく…空すら貫けそうな巨大な槍を携えた騎士だ…
身体の大きさももちろんなのだが…纏った寡黙な威圧感と風格も相まって…俺の目には一番強そうに、恐ろしくも見えている。
「その通り。キソー」
俺が今まで聞いたことも無いような、がさつきを持ってしわがれた…表現するならごく低音の声を発した槍の騎士を見上げたハンマーの騎士は、嬉しそうに鼻でふふっといった感じで笑ったのだった。
「はぁ…やっぱり一番最初にわかってくれるのはいつでもラヌツね。きっとそこらの、間抜けに刀ぶら下げてるようなのとは見る目が違うんでしょうねぇ」
左右の腰のあたりを両手で軽くはたきながら…嫌味のこもった声音でそう言ったハンマーの騎士。
そんな二人のおちょくり合いを見ていると突然…こめかみの辺りを何かで挟まれ、素早く顔の向きを正されてしまった。
…いかにも腹が立っていそうな顔をした、紅の髪の彼女のほうへ。
「屍よ、私はいつまで待てばいい…?」
「こっ、小一時間ほど…?」
「何だとぉ…!?」
親指でこちらのこめかみへ指圧をかけてくる彼女は左頬の口角を吊り上げ…歯を見せた笑顔を見せていた…
まずいよこの子、力加減がよく分かってないタイプだ。
「いだあががっ…」
「ふふあははは!その程よい軽口は気に入った。しかしだ!そんなものは私の問いに対する答えではないだろう?」
「おっしゃる通りです…女王様」
「え?はっ!?…ああんっ!?」
流石にふざけすぎた発言だったか…!?たしかに失礼だし、ちょっと気持ち悪かった気は…するけど…
「お、お気に召しませんでしたよね…!?すみませんっ!」
正座の姿勢をとって土下座とまではいかないものの…深く頭を下げて謝罪した。
「何をしている面をあげよ!」
言われたとおり顔を上げ…片膝を立てたもとの姿勢へ戻ると…彼女は何やら満足げな、慈愛に満ちた微笑みをこちらに見せながら…優しく肩へ手を置いてきた。
いきなりそんな顔されても逆に怖い…ビンタでもされるのかな…
そんな心配をして目をつむり歯を食いしばっていると…
「ローフィよ!我が騎士たちよ!こちらへ寄るのだ!」
彼女が腕を振り上げ、張り上げた声で発した号令を俺が耳にした直後…騎士たちはいつの間にかこちらへ近づいており、彼女が突き出した右手の下に跪いていた
「お前たちに是非、いや否が応でも!聞かせておきたい言葉を、覚えさせておくべき言葉を!今からここの屍が述べる!」
俺を指差しつつ…強気な笑みを浮かべた彼女はそよ風に赤き髪を揺らめかせ、こちらへ手を差し伸べた
「さぁ立つのだ」
手を貸してもらって立ち上がったものの…彼女は不機嫌そうな顔で俺の顎を小突いてきた。
舌は噛まずにすんだ…よかったとは言いたくない
「頭の高い奴め」
そう言った彼女へ目を細め、眉間にしわをよせた顔を見せると…彼女はその口元を緩ませてかすかに笑ったのだった。
愉快な人物ではあると思うのだが…やはり感情の起伏が激しそうなのと、表情が豊かなのは別物であってほしいな…前者が面倒すぎるしいろいろ困るから…
「屍よ!先程私を呼ぶのに用いた言葉をもう一度述べてみせよ。この者たちに聴こえるようにな」
「え!?その…ちょっといいですか?」
彼女は文字通りこちらに耳を傾け、その後ろに手を当ててみせた…ひそひそ話のポーズだよな?
「何て言えばいいんでしょうか…?」
「は、はぁっ!?」
彼女が驚きと呆れの混ざった声で驚くと…跪いていた騎士たちが一斉に立ち上がりある騎士は武器を構え、今にもこちらへ飛びかかってきそうな体勢をとっていた。
もし彼らが兜を被っていなかったら…たぶんアイスピックぐらいには鋭い視線が俺に向いてるのがわかったと思う。それくらいの威圧感?圧迫感?みたいなのが…とにかく怖かった。
「ああ待て待てお前たち!武器は戻せ、屍は何もしていない!私の出してしまった声が大きすぎただけだ」
俺を背後にしてかばってくれている彼女はまるで…超大作恐竜映画の正統続編でクロス・プラントが彼を囲むラプトルの制止を試みていた時のような、両手を前に出した体勢で騎士たちを宥めようとしている。ちなみに…青い鎧の騎士はいなかった。
「だってよキソーちゃん」
胡座をかいたウェイルさんがハンマーの騎士へそう言うと…ハンマーの騎士は手にした武器をその背に収めたのだった
「ならいいけどさ、なるべく早くしてね王様。あたしちょっとソイツ気に食わないかも」
「おおこわ」
ウェイルさんの言うとおり本当に怖い…たぶんハンマーの人はアレだ、きっと世間的に男らしくないと言われる男は人としても扱おうとしないタイプだ多分…
「キソーもああ言っている…!さぁ早く言ってみせるのだ屍よ!」
赤い髪の彼女はそう言うと、実に強気な笑みの浮かぶ顔をして、俺の胸の真ん中を人差し指で突いてきた。
なので彼女へ向けて少し深めに頷くと…若干目を細めて頷き返してくれた。
騎士たちのほうを見ると…やっぱり表情が一切見えないせいなのか、余計に緊張した。
緊張した気分を少しでも和らげるため、深くひと呼吸置いて咳払いしたつもりだったのだが…
「ごほんっ、うっ…!げほげほっ!えほっ…」
払うのではなく咳込んでしまった。人のいないほう、地面へ顔を向けてはいたものの…収まった時に…
「貴様もしや病人か…!?肺が痛むのなら我が国へ急ごう!みな目と腕は確かな者たちだ、その程度なら案ずることはないぞ」
赤い髪の彼女は心配の視線を向けてきていたものの、その後は自信満々な様子でそう告げてきたのだった。
「王様!そんな汚いやつに触らないで!どんな穢れを持ってるかわかったものじゃないでしょ?」
俺へ手にした武器を向けたハンマーの騎士は…苛立ちの抑えられない様子で騎士たちの中から歩み出てきた
「静まれキソー、私が他を評する指針は心構えと貫く自我だと教えたはず。それにこの屍はな、物怖じこそすれど一応の礼節は弁えていたぞ」
俺が背中を二回ほど叩かれて反射的に背筋を伸ばすと、叩いてきた彼女は満足げな顔で頷いた。
その表情を見ていると、なんだかすごく安心する。もしこれまでの人生で頼れる先輩とかに会えてたら、こんな感覚経験できてたのかな…
「それにだ…この距離でも、屍は特に臭ったりしていない。服はだ…ん?作りも柄も、繊維までも珍妙だ…雷の国のものか?」
赤い髪の彼女は俺の服をつまんで柄などを不思議そうに見ものしていた。世間的に言えば恐らく安物だと思うし…珍しくもないとも思うのだが…
それにシャワー浴びてきたし臭わないのは当然だろうけど…実際、彼女がそう言ってくれてよかった。まぁ?まだ加齢による…公害じみたスメルハラスメントを発生させてしまうような年でもない…当然だったな
「よし、些細なことたちはもう十分だろう!我が騎士たちよ耳を傾けるのだ!そして屍…我がふさわしき座の名を述べてみせよ。」
張り上げられた彼女の号令の声とともに騎士たちはその身体をこちらに向ける。彼らの見えない視線は俺の背筋を強張らせ、心の蔵を緊張させてその躍動を加速させる。
…次こそ、彼女の言うとおり述べてみせないと…罵倒の言葉か数多の武器や拳や足が飛んできそうだ。つまり、俺の命が危ういということ…!
今度こそ咳き込むことのないように…縫い合わされたかのように開きたがらない唇を開き、喉の奥から濁ったぬるい空気を吐き出す。そして木々の葉たちが清らかにした涼しい風を吸い込んだ。
「は、はい…!えっと、女王様と…言いました」
「声が小さい!」
「はっ、はい女王様!」
彼女に叱られ…背中を叩かれた勢いで大きな声が出てきたものの、それがあまりに情けない発音だったせいかその表情はいかにも不機嫌そうで…眉間にしわをよせ、口をへの字に曲げていた。
しかしそんな…俺からしたら重苦しいわずかな沈黙の時は、ウェイルさんの間隔の細かい拍手によって幕を閉じることになった
「やるじゃねぇか兄ちゃん!はははははっ!お前の運が実力の内だとしたらよ?王の座だって夢じゃないくらいだぜ!」
小馬鹿にした感じで笑いながらそう言ってくるウェイルさんに対し…白髭の男は白い手袋に包んだ手で口を覆って驚いて目を丸くしている。そして一番背の高い槍の騎士はその武器を地面に突き刺し腕組みしており、剣の騎士は地面に突き立てた大剣の柄の末端に両手を置いた…風格のあるポーズで沈黙していた。
「まぁ…見る目はありそうだし、今までの愚行には目をつむってあげる」
どういう仕組みなのか…ハンマーの騎士はその武器の長い持ち手を、片手用の金槌ほどまで縮めさせた。
なぜか叩く部分はそのままだったが…それを腰にぶら下げると槍の騎士と同じく腕組みしたのだった。
それを目にした赤髪の彼女は深く頷き、白髭の男に掌底を空に向けた手を伸ばした
「ローフィ!紙と印だ、紙と印を持て」
「…よろしいのですか?」
重苦しい印象を含んだ表情と声音で再確認を求める白髭の男に、彼女はほとんどノータイムで頷き返した
「仰せの通りに」
白髭の男は頭上へ上げた左腕の袖口を指で引っ張って広げると、袖口を地面へ向けた。すると結んだ紐で丸められた一枚の書状のようなものと…金属の光沢をもった…凸の形をした物体がその隙間からすり抜けて落ち、男はそれを掴み取ってすぐに彼女へ手渡した
「屍よ、血は出せるか?」
「え?どういうことです…?」
書状と印を手にした彼女は書状の文字をこちらへ見せながらそう尋ねてきた…血が必要…?どう見ても献血の団体じゃないし。…アレかな?血で印を押せってことかな…?
「ローフィ、屍に短剣を」
彼女の指示に応じた白髭の男はこっちに歩み寄って来て…
「両手をお出しください」
そう言って腕を伸ばしてきたものの…彼の俺より随分と高く見える上背と、たたずまいの風格から放たれる威圧感に怯え後退ってしまった…
「先程は申し訳ありませんでした。あのような無礼は二度とはたらかないと誓います。どうかお許しを」
白髭の…男じゃ失礼だよな…このひ、この方には…老紳士の丁寧な謝罪の言葉と深く頭を下げているその様子を見て、なんだかどうしようもなく申し訳なくなってしまい…
「い、いえ…!そんなとんでもない…」
結果…老紳士にペコペコ頭をさけながら情けなく歩み寄り、両の手のひらを差し出し、鞘?じゃないんだろうけど、革の袋に刃を包まれた短剣を受け取った。
…彼の紳士服の袖口から。それにこれたぶんナイフだよな…?
「それではこの書状をようく読め!理解の及ばぬ所があるならば遠慮せず私に尋ねてよいぞ」
彼女に渡された書状に、もらったナイフを右手にもったまま…言われたとおり目を通そうとはしたものの…書状に書かれていた文字はいままでに見たことがないものだった。もちろん読めないしどこの国の言語なのかすらもわからない…
「しかめっ面すんなよ兄ちゃん、質問が要るほど難解なことは書いてねぇだろ」
俺の肩に手を置いて、ウェイルさんは呆れた口調にそう言ってきた。顔に出てたかな…
「そうなんですか…?」
「ああ、その紙に血で指紋つけりゃいいだけだよ。紙、俺が持っとくか」
書状をウェイルさんへ手渡すと…鋭利なナイフの先端を左手の人差し指、指紋の中心へ刺して少しの血を垂らすと、親指でその血を塗り広げた。
「すいません、ちょっといいですか…?」
「ん、なんだ?」
「これってなにかの契約書なんですか?もしかしてお金かかったりします…?」
そもそも…この書状の内容を把握していなかったことに気づき、ウェイルさんへ質問した
「あ〜…今すぐって意味なら金はかかんないし、こんなかに金がかかることは書かれてないんだけどな…」
ウェイルさんは手を頭に置き、困ったような様子を見せて続ける
「こいつが使える…我らが国に着くのには時間も旅費も恐らくなかなかかかっちまう。ちなみに、国民証って言うらしいぜ」
「そうなんですか…えっと、ありがとうございます」
どこに押せばいいのかウェイルさんに教えてもらって…書状の右端に血で指紋をつけた
するとウェイルさんは書状を老紳士へ手渡すと、俺の隣に並んできた…それで初めてウェイルさんと俺との
身長差に気づいた。たぶん見上げないと視線は合わないくらいの差だった。…二メートル、あるかな…?
「ようしローフィ、印を焼き付けるとしよう」
左腕の袖を捲り、右手に印を持った赤い髪の彼女。
すると再び、先程とは少々異なり目の眩む光は放たれなかったものの…熱源は近距離であろう熱波を浴びた。もちろん彼女の捲られた腕は…さっきと同じで炎と蜃気楼を揺らめきかせ、それらを渦巻くかのようにして纏わせていた
「承知しました」
老紳士が両手で書状を広げると、彼女は右手の印をとても熱そうな左腕に押し付けた。腕に触れた印は黒い煙をあげ、そこから離された時に見えたその面は弱かったものの…赤い光を放っていた。
印は書状に触れると…こちらは普通に灰色の煙をあげて、たぶん…文字を焼き付けたのだった。すると老紳士はその書状を丸めて束ね、袖から出した縦長の箱へそれをしまい…赤い髪の彼女へ手渡した。
そうして俺に手渡してくれるのかと思いきや…彼女は顎に人差し指を当てて、全身を…おそらくこちらの服装を確認するため見ていたのだった。
「…ローフィ!鞄も出してくれ」
彼女がそう言うと、老紳士は上着の内側に手を突っ込み…恐らく革で作られた鞄を取り出し、彼女へ手渡した。
「無くされても困るのでくれてやる。それと言っておくがな、私は安物は贈らん主義なのだ」
彼女は書状を鞄に入れながらこちらへ歩み寄り、それを俺へ渡してきた
「うわぁ……ありがとうございます」
「ん、まだ血が出ているな」
彼女は俺の指を見ると服の袖を捲り、その腕をこちらへ向けてきた。
「焼くか?」
「お、お気持ちはありがたいんですけど…」
「ではなんだ?」
「黒焦げになっちゃいそうなので」
「ふふ…面白い」
表情の柔らかい優しい笑顔を見せた後、彼女は騎士たちのもとへ戻って行く
「我らが国へ戻ろうぞ!」
「はっ!」
彼女の呼びかけに声で応じたのはハンマーの騎士のみだったが…すでに剣の騎士は背中へ剣を槍の騎士は槍を担いでいた。
「じゃ、運が良けりゃあ…またなだな」
ウェイルさんは俺の肩を叩き、その手でそのまま俺に手を振り、背を向けたかと思えば…
「…あ〜」
再びこちらを振り返ってきた。
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