第2話 虐待された双子魔族を助ける理由

 いい具合に廃屋があったので俺達三人はそこに場所を移す。住むには余りにも傷んでいるが、一晩明かす程度なら問題は無いだろう。


 最中、名前だけは聞き出すことは出来た。姉の名はトピ、妹の名はスイ。


 年齢は……知らないらしい。教えてもらった事も祝ってもらった事もないようだ。陽光と月光を知らぬ部屋に生まれた時から閉じ込められたのなら無理もない。


 魔族と言えど成長の仕方は人間と同じはずだ。外見年齢通り10歳程度と考えてよいだろう。


 廃屋に入るなり月光さえ届かない片隅に二人で縮こまり始めた。満月の灯よりも薄闇の方が落ち着くのだろうか。特にスイの方は姉にしがみ付いたまま、挙動不審に辺りを見渡している。


「マジどーすんのコレ……」


 笑っちまった。暗闇の廃屋で頭抱えるしかない。


 この子達を抱えて飛び出したのは無意識だ。極限状態まで追い詰められたが故の異常行動だ。何よりも金も誇りもない俺じゃ、この子達を養える気がしない。


「……帰らなきゃ」


 とスイが呟く。


 そうだ家に送り返そう。子供がこんな時間に外を出歩いてちゃいけない。


 幸いこの丘からリボルの屋敷は真夜中でも良く見える。泥棒騒動で部屋中に灯が付いたのも僥倖だ。


 よし、こう言えばいい。『連れ出してごめんな、家に帰ろうぜ?』と。


 ……言葉が出ない。喉が詰まる。何故か帰宅を催促できない。


「おにいさん。私達をこのまま連れ出して」


「だ、だめだよお姉ちゃん。はやく父上のところに帰ろう?」


 暗闇から恐る恐るといったトピの声がした。抱き着くスイを制したまま、俺の方へ近づいてくる。


「あそこに居たら死んじゃう」


「死んじゃうって……君達の父親だろう」


「私たちはアイツを父親だと思った事ないし、アイツも私達のことを魔術媒介としか思ってない」


 10歳の割には流暢に回る口。その目線は静かな殺意に満ちていた。


「魔術媒介? まさか、君達を魔術研究の材料にしているのか」


「明日、『つながり』の能力を突き詰める為に、酷い魔術研究を施される予定だった」


 家庭教師から教わった内容を思い出してきたぞ。


 神話の中で魔族は魔王へと昇華し、災厄を引き起こして危うく世界を滅ぼしかけた。その災厄を呼び起こす魔族特有の2大スキルの内、一つが『つながり』――魔族同士の魔力を融合してシナジーを引き起こし、単独ではありえない超絶破壊の魔術を使えるとか何とか。


 魔族と魔族の間でしか起こらない『つながり』を、無理矢理魔族と人間とで起こそうとする一大魔術学派がいると聞いたが……まさかそれにリボルが関わってるって言うのか。


 リボルは邪知な貴族でありながら、王宮内でも右に出る者はいないとされる大魔術師でもあり、かなり際どい禁術にも手を染めていると聞いたことがある。トピの話には信憑性があり過ぎる。


 貴族としては魔族たる娘を忌み嫌っているが、大魔術師としては魔族たる娘を活用としている。


 ……待て。つまりリボルは血眼になって俺を探してくるじゃねえか!


「マズい、マズいぞ」


 勿論未遂とはいえ空き巣してる時点でリボルから敵認定されるのは分かってる。だが貴族にとって邪魔な魔族しか浚っていないのなら、寧ろそこまで捜査の手は及ばないと思っていた。


 けれど超貴重な魔術研究材料を盗んだとあっては話が違う。空き巣相手なんかよりも途方もない熱量で俺を探し出すに違いない。


 見つかった日にはタダじゃ死ねない。心臓と脳だけを再生しながら拷問の限りを尽くされる。


「あの、逃がしてくれたら……なんでもする。おにいさんが望むこと、なんでも」


「待て、待ってくれ」


 なんでもって、そういう事だよな。年上好きもあり10歳の子供相手に欲情はしないけれど、明らかに虚無に満ちたトピの瞳は『そういうこと』を見据えている。


 二人を連れ出して逃げ切れる自信なんて無い。俺は盗賊用の魔術とスキルしか持ち合わせていない。単独じゃ魔物一匹さえ倒せない。


 ……いや待て。さっきからなんで双子魔族をこのまま連れ出す事前提なんだ? 

 

 俺が欲しかったのは一生遊んで暮らせる金だ。


 可哀想な子供を連れ出す事ではなかった。


 二人の面倒を看る義理も理由も、俺には無いはずだ。


 あのまま置いていった彼女たちの行く末を連想したってか?


 可哀想な境遇に同情してつい魔が差したってか?


 いや、それはない。


 二人を助けて得られるものなんて何もない。

 人助けの栄誉など一銭にもなりはしない。

 金に換えられないものに価値はない。


 ――だから助ける価値なんて無い。


 狭い隠し部屋で虐待を受け続けようが知った事じゃない。

 骨と皮だけになった双子の姿を想像しても心は痛まない。

 救いの手なく双子が夭逝したとて一切の後悔は無い。


 ――だから助ける義理なんて無い。


 大体にしろ、子供を助けるなんて思い上がりも甚だしい。

 俺はただの落ちこぼれで、一銭も盗めなかった盗賊だ。

 そんな俺に一体何が出来ると言うのか。


 ――だから助ける資格なんて無い。


「あ」


 助ける理由、思い出した。


 王国は魔族を欲しがっている。売れば一生遊んで暮らせる金になる。

 下手すればリボルの資産全てを足しても届かない金額になるかも!


 間違いない! これしかない!

 無意識で最適解を選んでいたんだ。天才か俺は!

 ! 


 トピとスイを売り莫大な資金を得て、リボルの手が届かない外国で豪遊する。完璧すぎる計画だ。その為なら俺は二人を誘拐できる。


「いいだろう。お前たち二人をリボルから遠ざけてやる」


 可哀想な子供を助けるって? 笑わせる。


 俺が信じてるのは金と、生き残る本能だけだ。


 ……そう思わなきゃやっていられないんだ。もう。

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