虐待されていた双子魔族の父親になりました~娘らがゲームのラスボスとか言う奴まで現れたので、パパとして戦います~

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

第1話 見つけた宝物

「……覚悟を決めろ、俺」


 闇夜の冷たい壁だけが心地よかった。


 俺、ブルー・デイジーは『盗賊』としての初仕事を開始する。



 大貴族リボルとその一族は王都へ出向いており、広大な屋敷には警備兵と猟犬の魔物しかいない。スキル『索敵』にて警備兵たちの位置を俯瞰で確認しながら、その間を『気配遮断』ですり抜け屋敷へ侵入した。


「はぁ……はぁ……」


 漸く忍び込めた廊下の角で一気に脚から力が失せていく。侵入だけで体力と精神力の全てを使い切ってしまった。


 飛び出そうな心臓の鼓動さえ、警備達に悟られる物音に感じられて怖い。


「畜生、俺の計画は完璧なはずだ、完璧なはずだ、完璧なはずだ」


 と再三自らに言い聞かせても緊張は拭えない。


 警備に捕まったら、あるいは猟犬魔物に喰われたら在るのは確実な死。


 廊下の暗闇も手伝って、貧弱な精神が想像という名の怪物に蝕まれていく。


「……このままじゃ餓死だ。やらなきゃどっちにしろ死ぬ」


 震える脚を何とか抑え込む。罰を受ける覚悟ならとうに済ませてきた筈じゃないか。


 顔面を包むマントで汗を拭いながら『索敵』のスキルを作動させる。付近を巡回する生体反応や、屋敷の地図情報が頭に入ってくる。金目の物がありそうな場所も分かった。


 それにしても廊下だけでも芸術品が所狭しと飾られているな。大貴族リボルは庶民から巻き上げた重税で豪遊しているという噂は本当のようだ。


 生憎、悪政に対する憤りは一切湧き上がらない。俺はこの領地の人間ではないし、庶民へ金をばら撒くような義賊になる気もない。


 代わりに一生遊んで暮らせそうな金塊の一つでも奪っていく。


 盗賊関連のスキルしか取り柄の無いんだから、そうやって生きていくしかない。


「ん? ここに部屋?」


 廊下を進んでいる最中、異変に気付く。


 『索敵』で得た屋敷マップには存在しない部屋があった。しかも完全に壁に擬態していて注意深く観察しなければ気付かないような代物だ。施錠も魔術で厳重になされている。


 偶然俺が手を当て、返ってきた感覚に違和感を覚えなければ見つからなかったであろう部屋。


 ……もしかしてここ、宝物庫じゃないか?


 盗難防止のため、魔術師一族は宝物を隠し部屋に置く慣習がある。『索敵』対策も施すのが定石だ。


「……へ、へへ、こんな所に隠してやがるって訳か」


 すぐさま『解錠魔術』を発動し、扉を閉ざす知恵の輪を解いていく。流石は大魔術師でもあるリボルによって暗号化された複雑な魔術鍵だ。しかし生憎俺はこの方面の専売特許。唯一の取り柄だった『どんな鍵でも開ける素質』がこんなところで役に立つとは人生分からないものだ。


 開錠完了。


 ドアノブを握る手の感覚が無い。


 隠し扉を勢いよく開く。


 億万長者の部屋へ――。





「……………………………………………………………………………………へ?」


 結論から言えば、中には宝物は一切なかった。


 代わりにボロボロの衣服を纏った少女が二人、膝を抱えていた。


 顔立ちや髪質は殆ど見分けがつかない。精々9歳くらいの双子といった所だろうか。


 怯え切って抱き着いてくる妹を庇う素振りを見せながら、姉が俺を睨んでくる。


「あの、どなたでしょうか」


「……えっと」


「また父上に言われて、罰を与えに来たのでしょうか」


「ば、罰?」


「妹は体調が良くないんです。やるなら私にしてください」


 話が呑み込めない。というか魔族? 此処は宝物庫じゃなかったのか?


 ……マジか。魔族を隠しておくための部屋だったのか。


 鬼角は間違いなく魔族の証だ。


 彼女らは呪われた子。人から生まれた『間違い』。


 鬼角故に避けられている。


 極悪強大な能力故に恐れられている。


 魔族とは『断絶』なる災厄を齎すものと綴られた聖典故に禁忌とされている。


 俺も本物の魔族は初めて見た。


 つい鬼角以外に何か特異なところがないかと、無意識のうちに目で追ってしまう。


 ……傷。傷。傷。汚れ。傷。青痣。


「ちょっと待て」


 少女に似つかわしくない暴力の跡。それを見て、口元を隠していたマントを思わずずらしてしまう。


「君達、ここで?」


「わたしたちは呪われた悪い魔族なんです。だから父上の言うとおりにしてないといけないんです」


 姉に庇われ、すぐに後ろに追いやられた。


「あなたは悪くない、悪いのは――」


 姉も刃を首元に突きつけられたかの如く、言葉が詰まる。その続きを言うだけで崖から飛び降りる程の勇気がいるのだろう。


 しかし続きを言わなくても分かってしまう。


 悪いのは――彼女たちの父親。


 


「……生まれてからずっと、こんな狭い部屋に閉じ込められて、そして虐められてきたのか」


 屋敷はこんなにも広いのに、部屋はあまりにも狭い。

 廊下は装飾されているのに、部屋はあまりにもつまらない。

 絵の中で家族は身綺麗なのに、双子は体中が汚れていた。


 それが双子魔族のすべてに違いない。


 狭くてつまらなくて汚れた箱庭の中で、暴力で脅されながら辛うじて生にしがみ付いてきたのだろう。


 姉は張り詰めた糸のように妹を庇い、妹は壊れた笑顔を弱弱しく見せることしか出来なくなっていた。


「……」


 こんなの、どうすればいいんだ。


「――そこ!! 何者だ!?」


  

 ……それから先の事は、ほとんど覚えていない。


 ただ我武者羅に、遮二無二に警備の兵から逃げたことしか覚えていない。


 必死過ぎて、全力過ぎて、何も考えられない。


「はぁ、はぁ……」


 気付けば屋敷が一望できる程の丘まで逃げきっていた。あの厳戒な兵と魔物の包囲網から逃げ出せたのは奇跡と言っていい。一生分の運を使い切った。


 草の上にごろんと倒れ込む。鈴虫のざわめきと北風と、雲から垣間見える満月がただただいとおしい。


「畜生、明日からどう生きていきゃいいんだ。本当に馬鹿か俺は」


 隠し部屋に宝物が無いなら、何故次を探しに行かなかったんだ。


 魔族は確かに珍しかったさ。けれど金の方が優先順位高かった筈だ。


 後悔の波が繰り返す。警戒と萎縮を極限まで絞り出していた少女たちの顔が脳裏に浮かぶ。


 境遇に同情はする。だけど俺の明日の方が大事な筈だ。



「なのに、……」



 助けたつもりなんてない。

 逃げる事で頭がいっぱいだった。


 だからどうやら無意識だったらしい――一攫千金を夢見て空き巣に入った筈なのに、双子魔族を抱えて出たのは。

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