第8話:黒瘴の森と、嘆きの竜

「(えええええ!? 喋った!? しかも『主』!?)」

俺は、頭に響いた直接的な「声(テレパシー)」に、本気でビビッて後ずさった。

(テイムしただけだぞ? 浄化したからって、いきなり忠誠度MAXなのか? それとも、あの《浄化の使徒》って称号のせいか?)

「(えー…と、まず、主、はやめてくれ。俺はヤマグチ・タケルだ。タケルと呼んでくれ)」

俺はテレパシーで恐る恐る返事をする。

(その前に、お前が何者なのか、知っておかないとな)

俺は《鑑定 Lv.1》を、目の前の母蜘蛛(銀色)に向けて発動した。

名前:なし

種族:アージェント・スパイダー

レベル:15

状態:瘴気汚染(重度)→ 解呪済み(契約者:ヤマグチ・タケル)

スキル:『銀糸 Lv.1』『眷属統率 Lv.2』『毒牙(瘴気による異常付与・消失)』

「(アージェント・スパイダー…銀の蜘蛛か。これが本来の姿だったのか)」

「(『瘴気汚染(しょうきおせん)』…? 読めるけど…『ショウキ』って何だ? とにかく、何かに『汚染』されてたのが『解呪された』ってことか? あの紫色の斑点と…この《毒牙》スキルは、その『ショウキ』ってやつのせいだったのか?)」

(『毒牙(消失)』ってことは、もう毒もない、と。よし、名前だ)

「(名前か…どうしよう。銀色だから『ギンコ』?…いや、安直すぎる。ペットじゃないんだ。さっきの種族名『アージェント』? そのままか…どうしようかな…あ、そうだ。森(Silva)と銀(Silver)で…『シルヴィ』。うん、響きも綺麗だし、悪くないな。よし)」

俺がそう念じた瞬間。

シルヴィ(母蜘蛛)の銀色の巨体が、淡い光を放ち始めた。

『…シルヴィ…! 素晴ラシイ名ヲ…感謝シマス…!』

テレパシーと共に、シルヴィの光が強まる。

《『名付け』により、アージェント・スパイダー(Lv.15)との絆が確立されました》

《テイミング対象『シルヴィ』との会話(言語)が可能になります》

「え…?」

光が収まると、さっきまで頭に響いていたテレパシーが消え、代わりに、洞窟内に直接「声」が響いた。

それは、鈴を転がすような、美しい女性の声だった。

「…感謝、いたします。我が主、タケル様」

「(うおっ! 本当に喋った! しかも、さっきより滑らかに!)」

俺はあまりの出来事に、声を出して返事をした。

「あ、ああ…。よろしくな、シルヴィ。…その『主』ってのは、やめて『タケル』って呼んでくれ」

シルヴィは、銀色の毛皮に覆われた頭(?)を恭しく下げた。

「…承知いたしました、タケル様」

「(結局『様』付けかよ! まあ、いいか…)」

俺は、初めての「仲間」との(普通の)会話に、どうにか一息ついた。

(よし、本題だ)

「シルヴィ、まず聞きたいことがある。…ここはどこだ? この森は何ていう場所で、何が危険なんだ? 俺がさっき飲んだ水や、食った肉がマズかったり、お前たちがあんな毒々しい紫色の姿で、俺を威嚇してきたのも、何か関係があるのか?」

シルヴィの声に、苦痛の色が混じる。

「はい。全ては…森の『呪い』…**『瘴気(しょうき)』**のせいです」

「(瘴気! やっぱりそうか! さっき鑑定で出た単語だ!)」

シルヴィは続ける。

「ここは**『大樹海の南西区』、通称『黒瘴の森』と呼ばれている区域です。森の奥深く…『竜の巣』にいる、森の『主』が吐き出す『毒の霧』…。あれを浴び続けると、心が苛立ち、常に飢えを感じるようになります。私たちだけでなく、森の動物も、水も、植物も…全てが『瘴気』**に蝕まれ、苦しんでいました」

「でも…タケル様の『聖なる煙(あのバ〇サン)』が、私たちの体の中に溜まっていた**『瘴気』**を、全て洗い流してくださいました…!」

「(聖なる煙て…ただのタバコ1000本なんだが…)」

俺は『浄化の使徒』という称号が、伊達じゃなかったことを知った。

「気分がイイ、ってことか?」

俺がそう尋ねると、シルヴィの声が弾んだ。

「はい…最高です! 心が…軽い! 本来の感覚が戻ってきました! あの時のような、無意味な飢餓感も、苛立ちもありません…!」

「タケル様は…私たちの『命の恩人』です!」

「(なるほど。俺がやったのは駆除じゃなく、マジで**『浄化』**だったのか)」

(…待てよ。煙が瘴気を浄化するなら…)

(森で最初に出会ったあのデカいクモはどうだ? あいつにも毒々しい紫の斑点があった。つまり『瘴気』に汚染されてたはずだ。なのに、なんで俺を襲わなかった? ただ一瞥して去っていった…)

「(……あ。)」

俺は、森に落ちて、状況を整理するために、最初の一服をしたことを思い出した。

「(…そうか。あいつに出会う、ほんの数分前、俺、この森で最初の一服、してたな)」

「(あの時、俺が吐いた煙を…あいつがたまたま吸い込んで、一瞬だけ『浄化』されてたのか? だから俺に興味を失った…? うわ、だとしたら俺、とんでもない幸運だったな…!)」

俺は、大量の子グモたちが、洞窟の天井で嬉しそうにカサカサと動き回っているのを見て、安堵した。

(だが、待てよ…)

俺は、シルヴィの言葉に、とんでもない単語が混じっていたのを思い出した。

「(今、サラッと『竜』って言わなかったか?)」

「シルヴィ、その『森の主』っていう『竜』は…」

俺が尋ねた瞬間、シルヴィの声に「恐怖」が走った。

「…はい。森の奥にいる、巨大な『黒竜』です」

「元は森の守り神だったと聞きます。しかし、今は『瘴気』に心を喰われ…苦しみ、ただ巣から瘴気を撒き散らしていると…」

「巣に近づくものには、苦しみから防衛本能で攻撃すると聞いています…」

「(ドラゴン…! マジかよ…)」

(そういえば、神様(仮)にもらったライター、『ドラゴンをも焼き尽す』とか言ってたな…)

(…どっちでもいい。ヤバい話は後回しだ。**ブラック企業のリスク管理(=ヤバい案件には近づかない)**が警報を鳴らしている。あの竜の巣とやらにだけは、絶対近づかないようにしよう)

「(それより大事なことがある)」

「なあ、シルヴィ。この森の外…『黒瘴の森』の外には、人間…俺みたいなヤツが住んでる場所(町とか村)はあるのか? ここから一番近い人里はどの方角だ?」

シルヴィの声が、申し訳なさそうに曇った。

「…お応えするのが困難です、タケル様。『瘴気』の影響で、私たちはこの森から出たことがありません…。ただ…」

「(ただ?)」

「人間たちが、外からこの森へ入ってくることはありました」

「(入ってくる?)」

「はい。彼らは武装し、明確な意思を持ってやってきます。おそらく…この森に生息する魔物の素材や、希少な鉱物を狙う**『狩人(冒険者)』たちかと」

「また、時折ですが、全身を鉄の鎧で固めた集団…『騎士』と思わしき者たちが、森の『偵察』や『討伐』**に来ることもありました」

「(冒険者に騎士団か! やっぱり、外にはそういうファンタジーな社会があるんだな!)」

俺は少し安堵した。文明はあるのだ。

「ですが、彼らのほとんどは森に入るとすぐに獣に襲われるか、濃すぎる『瘴気』に耐えきれず、狂い、息絶えてしまいます。…それゆえ、どの方角に『人里』があるのかは、私たちにも分からないのです」

「(…そうか。話を聞こうにも、出会った時には死んでるか、狂ってるか、ってことか)」

やはり、安易に人里を目指すのは危険か。俺は落胆しかけたが、シルヴィが続けて口を開いた。

「ですが、タケル様。**『東』**の方角であれば、希望があるかもしれません」

「(東?)」

「はい。この森の東側の境界…そこから先は、風に乗って流れてくる魔力が違います。瘴気ではなく、清浄な森の気配…。おそらく、**『森の民(エルフ)』**たちが住む領域かと思われます」

「(エルフだと!?)」

(東にはエルフの里がある、か…)

だが、俺は即座に「東へ行こう」とはならなかった。

(エルフがいるのは分かった。だが、そこまで無事にたどり着ける保証はないし、辿り着いたところで、言葉が通じるか、友好的かも分からない)

(下手に動いて野垂れ死ぬより、ここには水も食料(浄化済み)もある。快適な寝床(洞窟)もある。頼れる仲間(シルヴィたち)もいる)

俺は、腹を括った。

「分かった、ありがとうシルヴィ。だが、今は動かない」

「まずはこの洞窟を拠点に、しっかりと生活基盤を固める。この森で、何があっても生き抜ける準備をする。エルフに会いに行くのは、それからだ」

俺が方針を伝えると、シルヴィが嬉しそうに申し出てきた。

「タケル様! では、この洞窟を…私たちの『巣』として、主と共に暮らすことを、お許しください…!」

「ああ、もちろんそのつもりだ。ただ、今のままだとただの洞窟で、住み心地は良くないからな。これから俺が、ここを住みやすい『家』に改造していくつもりだ。よろしくな、シルヴィ、それにチビたち」

こうして俺は、正式に「クモとの共同生活」をスタートさせた。

8話完

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