白星さんは雪中花に気付いてない に
──これは私が高校生だったと時のことです。
私には双子の幼馴染がいました。
絶世の、という枕言葉が付くようなそれはそれは綺麗な双子でした。
『立てば
見た目だけではありません。頭も良く、運動能力も高かったのです。
そんな彼女達を見て、天から祝福を受けたようだと言う人もいました。
実際、今日び物語の登場人物ですら見ないような完璧な双子でしたから。そう思うのも仕方がないのでしょう。
生まれ持った美貌に才能、溢れ落ちる程のカリスマ。学年どころか学校の中心になるのは必然でした。
二年生になる頃には、学校の中で彼女達を知らない人は居ないほど。
他校生はおろか、先生方ですら彼女達に魅了されていました。
今考えると一種の
例えば、彼女達が廊下を通るとそれを観に行く生徒がいたり。彼女達と少しでも関わろうと、必死に勉学や運動に励む生徒がいたり。私の友人達もそうでした。
それ以外にも彼女達の写真を携帯して拝んだり。お金を貢いだりする人もいました。
双子は小さい頃からそれが常態化していましたから、何一つ疑っていません。
ここまでは良いことばかりです。
友人というには狂った関係ですが、害はありませんし本人達は幸せですから。親ならば兎も角、他人の私が言うことなんてありませんよ。
ですが、過ぎたるは毒と言いますか。宗教は軋轢を産むことがありますから。
有り体に言えば、彼女達に見てもらいたい、振り向いてもらいたいと思うあまり、犯罪を起こす人出てきたんです。まさに
ふふ、ええ。お客様が言う通りです。狂っていたんです。あの双子も、学校も、生徒も全部。
私? 私も狂っていたと思います。ですが、幼馴染ですから特にそういった感情を抱いたことはありません。
そう。私は幼馴染でした。
その事実を知った人から陰口を叩かれたりすることがありました。が、彼女達に失望されたくないと実害を加えられることはなかったので平気ですよ。
矛盾ですよね。彼女達の存在が私を傷付けるのに、彼女達の存在が私を守るんですから。
すみません、少々本題からそれてしまいましたね。
そんな二物も三物も与えられた双子の差なんて、どちらが先に取り出されたか、ぐらいでした。
実の両親ですら間違えるほどに見た目も能力もそっくりな彼女達。
傍から見ると
ですが、自分を自分として見てくれない周りが、環境が嫌だったのでしょう。
そして、たった数秒早く生まれたからと何かと優先される姉が妬ましかったのでしょう。
妹の方は時折、憎悪を籠めた瞳で姉を見つめることがありました。
ある日、妹の方に呼び出されました。確かバレンタインが近かったと思います。
「私、貴方のことが好きなの。私だけの特別になって、私だけを特別にして」
と言われました。
きっと、幼馴染が故に双子を平等に扱っていたからでしょう。私が好きというよりも、どちらも特別だとしていないから。
そんな私に選ばれることで姉よりも勝る所があるとしたかったのだと思います。
ですが私はその時誰とも付き合う気はありませんでした。なので丁重に断りました。
「お姉ちゃんと付き合わないなら。お姉ちゃんを選ばないなら」
そう言って渋々ですが、納得して引き下がってくれました。
様子が
まず、私が姉の方と付き合っているという噂が立てられました。
次に、姉の方を振り妹の方と付き合い始めたと。
姉と、妹と、いや姉と、いやいや妹と……。姉の方と付き合わされたと思ったら、次の日には妹の方と付き合っていることにされる。
双子の両親もその噂知っているらしく、困ったように笑いながら、
「お姉ちゃん/妹をよろしくね」
なんて言ってきました。
可笑しいでしょう? どう考えても違和感しかない。その上、私は
それに、もしその噂が本当だとすると、私は姉妹を取っ替え引っ替えする最低な人間ということになります。
流石にそんな事はしませんし、第一私は妹の方を振っています。この事を友人達は知っていました。
でもね、この時誰も違和感を抱いていなかったんです。
私も、この時点では何も可笑しいとは思わず。噂流されるの困るな、とか。双子に迷惑がかかる、とか。そんな事を考えていました。
噂は噂を呼び、最初は反対していた人達も徐々に祝福し始めて。
ええ。人為的に流される噂は段々と外堀を埋めていきました。
噂が広がり発展するのはとてもはやいんですね。ある日、言われたんです。友人と遊んだ放課後でした。友人はおもむろに、照れたように頬を掻いて。
「白星お前さ〜、結婚式には呼べよ?」
って。その言葉に私は立ち止まりました。
「いくら照れくさいからって黙ってるのは違うだろ。白星」
「え、結婚……? だ、れが。山田が?」
「俺じゃねえよ。だからお前だろって。あの双子の片割れと」
愕然とし、そして思い至りました。ああ、あの
取り敢えず友人には必死に訂正をしました。友人は照れ隠しだと思ったようですが。それでも訂正を繰り返し、どうにか理解してもらえました。
ね、やっぱり可笑しいでしょう? だって私達はまだ学生で結婚なんて出来なかったですし。
それに、双子の片割れとは言われましたが姉と妹どちらとも言われていないんです。何度尋ねても片割れとだけ言われました。
それでも友人はそれに違和感を抱くどころか祝福してきて。
お客様ならどう思いますか。
知らないうちに結婚していることにされ、周りの人はそれを可笑しいとは思わない。
それどころか祝福され、さらに外堀を埋められる。
私は怖かったと思います。
思いますなんて他人事過ぎる……? でも、結構前のことなので他人事です。思います、なんですよ。
昨日までは普通だった周囲が、一夜明けると全く変わっていて。自分だけが別世界に迷い込んでしまったような気分だったのでしょう。
私はそれ以来、双子を避けるようになりました。そして今まで以上にしっかりと噂を否定するようになりました。
それでもその否定は双子の言葉に潰され、消され。
前日までは信じてくれていた友人も次の日には、
「白星さ、いくら照れくさいからって彼女さん大切にしないのは違うだろ」
少し軟派でも、周囲に気を配れる委員長も
「白星っちの彼女ちゃん悲しんでたよ〜? あんな美人で人気者な彼女ゲットしといて大切にしないのは違うっしょ」
真面目で恋愛に厳しかった生徒会長も
「白星くん、わたしみたいな外野がとやかく言うのは駄目だろうけど。結婚も控えてるのだから彼女ちゃんの気を引くために変な事言うのは違うと思うわ」
皆みんな、口を揃えて私に「違う」と言ってきました。もがけばもがくほど噂は過激になっていく。まるで底なし沼に嵌ってしまったような、そんな日々でした。
そして今回の本題、バレンタインがやってきたんです。前置きが長くなりすぎましたね。
バレンタイン当日、私は双子に呼び出されました。
最初、妹の方に声をかけられたんです。沢山の人がいる所で。
出来る限り避けていたんですがね。双子がチョコレートを配っている所に友人が引っ張っていったんです。
そこで妹の方が私に駆け寄ってきて、
「今日の放課後、校舎裏に来てくれない?」
と言ってきました。
「何故ですか」
「バレンタインだから、だよ。言わせないでって。折角のバレンタインだよ? 二人でいちゃいちゃしようよ」
意味がわかりません。そも、私は告白を断りましたし、彼女もいません。なのにあたかも、私達が恋人同士だと誤認させる言葉に恐怖を覚えました。
恐怖から二の句を継げずにいると、突然姉の方が割り込んできました。
「何言ってんのよ。私と一緒に過ごすのよ。バレンタインだからね」
妹の目つきが剣呑になりました。ですがそれも一瞬のこと。すぐに取り繕い、双子は
「「じゃあ放課後、校舎裏に」」
と、私の返事も聞かずに去っていきました。
関わりたくなかったけれど、周囲の人にはその様子を見られていて。放課後になると会う人会う人に「校舎裏には行ったのか」と聞かれました。
校舎全てに監視の目がありましたから、私も行くしかなくなります。
校舎裏に行くと双子が立っていました。私の姿を確認すると双子は私を壁際に追いやると、間髪入れず告白してきました。
「この間言ったけど、私貴方のことが好き。私だけを特別にして。私だけの特別になって。私だけをみていて」
「ずっとずっと好きよ。小学生の頃からず〜っと。貴方には私だけをみていてほしい。特別にしてほしいの、お願い」
きっと迷うだろうから、返事はホワイトデーに聞く。そう言って、チョコレートの入った箱を押し付けるとやっぱり双子は去っていきました。
家に帰り箱を開けると全く同じ内容のチョコレート。箱の色の差しかない、ここまでもそっくり同じでした。
まるでお店に売っているような完成度で、チョコレートまでもが完璧なんだと思ったのを覚えています。
それでも私はそのチョコレートを捨てました。箱はちゃんと取っておきましたよ。
ああ、言葉が足りませんでしたね。私いくつかアレルギーがありまして、彼女達の作ったチョコレートにはアレルゲンが入っていて。ええ。それで食べられなかったんです。
普段そういったものを食べてくれる父も、
そのチョコレートが入ったゴミ袋を出した日の夜のことです。不意に玄関のチャイムがなりました。
ドアスコープから外を見ると双子が立っていました。全く同じ笑顔を浮かべた双子が、ソコにいました。
怪しく思いましたが、相手は女性です。夜は危ないですから私は扉を開けました。
扉を開けてはっきり見えた双子の姿に絶句しました。
だって、いつも綺麗に整えられている髪はぐちゃぐちゃで。胸に詰まるほど甘い香水の香りも鼻を突く異臭に変わり。制服も汚れ、至る所に染みが出来ていましたから。
そして一番は
「「なんで捨てたの?」」
双子が手に持っていたチョコレート。双子は、私が捨てたはずのチョコレートを持っていました。
冬場とはいえ数日放置していたから形が歪んでしまったチョコレートを持っていました。
外から見えないようキッチンペーパーに包んであったはずなのに。そもそも双子には美味しかったと嘘をついたのに、何故。
私の頭には何故という言葉ばかり浮かんでは消えました。
言葉は浮かんでいました。きっと、アレルギーだったからとか、捨てたくて捨てた訳では無いとか言おうとしていたんだと思います。
双子は素早い動きで私の顔を掴むとソレラを口にねじ込んできました。
グチャリとした、溶けかけのザラリとした、泥のような触感。
口に広がる苦みと酸っぱい味。
鼻を抜ける生臭く甘酸っぱい嫌な臭い。
飛び出したラズベリージャムの色の鮮烈さ。
粉々のドライフルーツの、まるで千切れゆく蝶の翅のような音。
ええ。今でも鮮明に覚えていますよ。生涯忘れることはないでしょう。忘れたくても、忘れられませんから。
私は座り込みえづきました。その間も双子は何かを言っていました。それでも一刻も早くこの不快感を取り除きたかったから。
涙で揺らぐ視界では、双子が心底幸せそうにわらっていました。そして双子はまた走り去りました。
一通り吐き出し、私はソレラの
ゴミにしたら、また来るかもしれない。コレを食べさせられるかもしれない。今度は飲み込むまで押さえつけられるかもしれない。そう思ったから、私は一心不乱に埋めました。
次の日以来、双子を見ないように会わないように、細心の注意を払いました。噂は広まっていくばかりでしたが、否定は悪手だとそのままにしました。
そしてホワイトデー。私は色違いのグミに水仙の花を添えお返ししました。お返しをしなければどうなるかわからないから。
と言っても、あの時の私はまだまだ子供でしたから意趣返しの思いも込めていましたが。
次の日、双子が亡くなったと聞かされました。
双子のお別れ会には沢山の人が押しかけましたが、クラスメイトと担任、校長と幼馴染である私だけが出席しました。
双子はやはり偶像だったのか、双子が亡くなった事実に絶望して後を追う人もいました。後追いに失敗し、精神病院に入院する人もね。やっぱり狂っていますね。
ええ。あの代は本当に狂っていました。
え? ああ、死因は知りません。棺桶はきっちりと閉められていたそうですし、ご両親も口を閉ざしていましたから。
でも、葬式にもお別れ会にも出席していた親戚達の噂では、双子はボロボロの血だらけの状態で見つかったそうです。辺りには割れたグミの瓶が転がっていたとか。朽ちて
それが本当ならば少々悪いことをしたとなと。だって、手頃な
これにて私の体験した不思議なバレンタインは終了……あ、そういえば。
これは直接関係するかはわかりませんが。
チョコレートを埋めた柿の木、翌年から蟲が生るようになりました。
一見普通の柿ですが、中にびっしりと蟲が詰まっているんです。どれをとっても、年を跨いでも。
一応お祓いもしたんですが効果はなく。結局柿の木を根っこごと引っこ抜いて焼却処分しました。
たまたまでしょうか。
ホワイトデーの次の日に、双子が同時に亡くなったのは。
チョコレートを埋めた柿の木が、呪われたかのようになったのは。
柿の実に蝶々や蛾が詰まっていたのは。
あの日食べさせられそうになったチョコレートに、蟲が、蝶が入っていたのは。
これで本当におしまいです。聞いていただきありがとうございます。
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双子に供えた雪中花
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