第1話
ある日の早朝。
「〈手紙、リシャン様に手紙だよ!〉」
どこからか「リシャンに手紙が届いた」と伝える。
早朝。家の裏手にあるガラス張りの温室で、薬草の選別をしていた私と師匠はこの迷いの森。リィーネの森に珍しい、来訪者が来たと手を止めて外へと出た。
「え? 青い鳥?」
空には、キラキラと光る青い鳥が「手紙」「手紙だよ」と円を書くように飛んでいる。リシャン師匠はその鳥を見て、小さく呟いた。
「あれは伝書鳥か? なんと珍しい」
「伝書鳥?」
首を傾げる私に。
「ん? そうか、シャーリーは伝書鳥を見るのは初めてだね。あの伝書鳥は魔女にだけ手紙を届ける魔鳥だ。おーい! 伝書鳥よ、私がリシャンだ」
師匠は空を飛ぶ鳥に大きく手を振った。
伝書鳥は空から降りて来て「〈リシャン様、手紙だよ〉」と肩にかけた小さなカバンから、どうやって入っていたのかと思うほど立派な、蜜蝋で封じられた人間サイズの手紙を嘴で取り出し、師匠に渡した。
「伝書鳥よ、ありがとう。手紙を届けてくれた、お礼のキキの実だ」
「〈どうも、どうも〉」
伝書鳥は師匠が魔法で出した赤い実が実る枝を咥え、バサバサと、どこかの森へと飛んでいく。空を見上げ、師匠と私はその青い伝書鳥を見送った。
いま師匠に伝書鳥が運んできた手紙は、受け取り人しか読めない、魔法で封じ込められた封書。師匠は指先に魔力を込めて封を解き、手紙の内容を読むなり、目をきらきら輝かせた。
「なに、ほんとうか? こうしてはいられない!」
師匠は届いた手紙をぎゅっと握り締めて、家の方へと走っていく。
「え、師匠!? リシャン師匠?」
「シャーリー、すまない。急用だ」
「きゅ、急用? でも、今日までにルルーカ街の冒険者ギルドから依頼を受けた、シモクの薬草の選別が終わっていません。本日中に届けるんじゃなかったのですか?」
「あ、そうだったね」
リシャン師匠は足を止めて、しばらく黙も、すぐ「ああ、大丈夫」だと私を見た。
「その仕事はわたしの弟子、シャーリーに任せる。頼むよ、シャーリー。今すぐ旅支度をしないと、迎えの“クジラ雲”に間に合わない!」
「はぁ? ク、クジラ雲?」
「そう、クジラ雲! もう、この森の近くまで来ている」
そう言い残して、家へ入ってしまう。
私はそんな師匠の後を「待ってください!」と追った。
⭐︎
私の目の前で、師匠の旅支度が進む。
それを止めようと声を上げる、
「師匠、話を聞いてください。リシャン師匠ってば!」
「聞いてるよ。大丈夫、シャーリーなら出来る」
と言うだけ。
師匠はローブや衣類、魔法を込めたスクロール、研究を書いた魔導書にお気に入りの小物まで、次々とアイテムボックスにしまっている。
「そうだ、あれも持っていくか」
「ちょっ、師匠?」
リシャン師匠は愛用の枕をしまい、こっちを振り向いた。
「悪いね、シャーリー。わたしはどうしても、明日から開催される魔女の集会、魔女会に行きたいんだ。お願い!」
「あ、明日? ま、魔女会?」
「そう! 世界中の魔女が集まって、恋の話、新種の薬草、美味しい食べ物、失敗談まで何でも語り合う。なんといっても珍しいお酒も出し、“魔女御用達の料理人”が作る、レタス料理が絶品!」
「お酒と、絶品レタス料理……」
いつもは厳しく、真面目な王家付きの薬師。だけど、いまの姿はまるで、遠足に行く子供のように荷物をらアイテムボックス放り込む師匠の姿に、自分も行きたくなる。
「なんだか、魔女会って楽しそう。私も行きたいです」
そんな私に、師匠は眉をひそめた。
「ごめんね、シャーリー。あなたを私の娘として、みんなに紹介したいけど……魔女会に出れるのは、魔女歴百歳以上しか参加できないんだ」
「ま、魔女歴百歳以上⁉︎ ……えーっと。私は魔女歴八年だから無理ですね。ひじょーに残念です。魔女会に行きたかった」
「大丈夫、シャーリー。あっ、という間に百年なんて過ぎる」
簡単に言う師匠。
「はぁ……。師匠、私が魔女会に行けないのはわかりました。それで、帰りはいつ頃になるんですか?」
「んー、魔女会がいつ終わるかなんて難しい話しだ。そればかりは、わたしにもわからない。ただ言えるのは、魔女会に集まった魔女が満足するまで、宴は何ヶ月でも、何年でも続く」
と言った。
「な、な、何ヶ月? 何年? ……ひぇえええ!?」
私は慌てて家の外に出ると、お気に入りの場所で昼寝中の師匠の使い魔、フェンリルのキョンを大声で叫んだ。
「ち、父、キョン父、た、た、大変です! リシャン母が、何ヶ月、何年と、お出かけしてしまいます。お願いです、父。母を止めてください!」
私の慌てた声に、のんびり目を開けるキョン父。父は頬をぽりぽり爪で掻き、のほほんと答える。
「うるさいぞ、シャーリー。たかが、何ヶ月、何百年だろう? ワシは気にしてない。ここで待っていれば、いつかリシャンは帰ってくる」
「いつか帰ってくるって。父は母がいなくても、寂しくないのですか?」
「そうだな、別に寂しくはないな」
そう言い、父はお昼寝に戻ってしまう。
私は笑うしかない。
「ハハ……。そ、そうですか。父が許すなら、私に母は止められませんよぉ〜」
さすが、魔女と同じく長命のフェンリル。数ヶ月、数年と母がいなくても、寂しくないみたい。
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