王道の佐藤くんと逆張りの鈴木さん ~リレー小説真剣勝負!~

小憶良肝油(おおくらかんゆ)

王道の佐藤くんVS逆張りの鈴木さん

(つまんないハッピーエンドは私がねじ曲げてあげよう)


 そんな思いと共に、「逆張りの鈴木すずき」はパソコンのキーボードをたたいていた。

 逆張りの鈴木さんは、王道とは相反あいはんする逆張ぎゃくばり展開が大好きな高校生の女子である。逆張りの結果、髪がめちゃくちゃ長くなっている。立っている状態でも、かかとに毛先が届くくらいだ。


(ハッピーエンド? くそくらえー。ありきたりじゃ満足できないよー)


 書き上げた小説をネットに投稿する。

 逆張りの鈴木さんが小説投稿サイトで作品を公開していることは、クラスのみんなが知っている。



 翌日、学校の教室で「三つ編みの女子」が逆張りの鈴木さんに声をかけた。


「鈴木さん、おっはよ! 最新話の逆張り展開も最高だったよ! まさか主人公の『愛してる』発言がまったくのウソだったなんて読めなかった~」

「けっ」


 ここで、とある男子がくちはさむ。


「実力のないヤツに限って逆張り展開をやりたがるんだよなー。真っ正面から王道を書いたら内容がペラッペラなことがハッキリしちまうからなー」

「それは聞き捨てならないね……佐藤」


 逆張りの鈴木さんは、前の席に座る男子――「王道の佐藤」をにらみつける。

 王道の佐藤くんは王道を愛する男子。髪にも制服にもホコリや乱れはなく清潔そのもの。


 そんな王道の佐藤くんに、逆張りの鈴木さんは言い返す。


「王道なんて使い古されたマニュアル。それに従うことは創作活動の放棄ほうきに等しい……」

「なにい? 王道のほうがいいに決まってんだろ。最後にヒーローが勝つ! そういうのでいいんだよ」

「なにをー。逆張りのよさが分からないのかー。別に悪役が無双したっていいじゃないかー」


 王道の佐藤くんと逆張りの鈴木さんが、バチバチにらみ合っている。


 それを見ていた三つ編みの女子は、あわわと焦っている。

 ここで三つ編みの女子は手をたたいて二人に提案した。


「そうだ、二人とも『リレー小説』で決着つけてみたら? ほら、交互に小説を書いていくアレね。それで、より物語を面白くできたほうが勝ちってことにするの」


 これは、いい提案かもしれない。

 王道の佐藤くんも逆張りの鈴木さんと同じく小説をネットで公開しているが、互いの作品を見せ合うだけでは議論は平行線になる。

 だから強制的に同じ土俵どひょうに上がり、ぶつかり合おうというわけだ。


「乗った。覚悟しろよ、鈴木」

「受けて立とう、づらかかせてやるー」


 こうして王道の佐藤くんと逆張りの鈴木さんのリレー小説が始まった。


* *


 昼休みにノートを広げ、机をひっつける。

 二人の男女――「王道の佐藤」と「逆張りの鈴木」が向かい合う。


 立会人として、リレー小説を提案した「三つ編みの女子」が同席する。


「じゃあ佐藤くん、鈴木さん。リレー小説を始めるね」


 三つ編みの女子が、ルール説明をおこなう。


「これから二人には、物語を二つ作ってもらうよ。ただし、それぞれ違う題材にすること。一つ目の物語は佐藤くんから書く。鈴木さんはその続きを書いて完結させて。だけど公平を期すために二つ目の物語は逆の順番で作成する。そして自分のターンの持ち時間は五分。一度に使用できる文字数は二百字程度ってことで」


 さらに三つ編みの女子が手をたたく。


「はい、開始!」

「うっし、俺からだな」


 王道の佐藤くんがノートを引き寄せ、シャープペンシルをクルッと回す。


「さて、どういう王道にすっかなー」



♢♢♢

 僕には好きな女子がいる。幼稚園からの幼なじみだ。


 高校でも同じクラスになった。でも最近、頻繁に告白されるらしい。

 全部ことわっているみたいだけど、僕は焦りを覚え始めていた。


 だから意を決して「付き合ってほしい」と告白した。すると彼女は笑顔で僕の思いを受け入れてくれた。


 それからは幸せな毎日だ。一緒に勉強したり、映画を見に行ったりする。

 ありふれたカップルだ。だけど、それでいいのだと思う。それが一番だと思う。

♢♢♢



「ま、物語の前半部分としては、こんなもんか。あ~いいね~」


 恍惚こうこつの表情で、王道の佐藤くんが逆張りの鈴木さんにノートを渡す。


「さすがの鈴木も、こんな幸せな日常を壊すことはできねえだろ」

「ふーん……」


 逆張りの鈴木さんは王道の佐藤くんの書いたものを一読し、自分のシャープペンシルを手に取った。


「なるほどね、……じゃ、ねじ曲げてあげるよ」



♢♢♢

 そう、幸せな毎日だった。あの日までは。

 彼女の誕生日、僕はケーキを買ってその家を訪れた。完全にサプライズである。


 しかし僕は彼女の家の前で、信じられないものを見た。

 彼女は自分の口に右手を突っ込み、そこから鍵を出したのだ。家のドアをけたあとは、鍵を口の中に押し戻した。


 僕は数分固まったのちにドアをたたき、家に上がった。

 彼女は喜んでくれた。僕は誕生日を祝い、笑顔で切り出した。


「別れよう!」

♢♢♢



「うひゃあ……幸せが壊れる展開、ゾクゾクする~」

「てめ、鈴木。ふざけんじゃねええ!」


 王道の佐藤くんは逆張りの鈴木さんからノートを受け取り、机をパチパチたたいた。


「こんなん最後は結婚しかありえねーだろ! たとえ口から鍵を出し入れするのだとしても、彼氏だったらそんな彼女も受け入れてもっといい雰囲気になるところだろうがあ!」

「やれやれ、佐藤は分かってないなー」


 両手を小さく挙げて、逆張りの鈴木さんがかぶりを振る。


「読者は意外性を求めてるんだよー。ラブラブだったのが幸せになる? そんな既定路線、予想どおりで読む価値ないじゃん」

「その王道の幸せを味わいたくて、読者は小説を読みに来るんだよ!」


 逆張りの鈴木さんと王道の佐藤くんが、またもにらみ合う。

 ここで見守っていた三つ編みの女子が、慌てて口をひらく。


「と、とりあえず二回戦! 次は鈴木さんから始めて」

「よし、今度はファンタジーにしよう」


 逆張りの鈴木さんは王道の佐藤くんからノートを返してもらい、ちょっと考えてからペンを動かす。



♢♢♢

 彼氏と別れたショックで意識が朦朧もうろうとしていた私は階段から転げ落ちた。


 目を覚ますと、そこは恐竜たちの住む世界だった。

 どうやら転生したらしい。恐竜たちが人間の言葉を話しているところから、ここが異世界であることが分かる。


 私はプテラノドンと仲良くなった。彼は鍵を渡してくれた。

 鍵を彼の口に突っ込んで回すと、その背中がパカリといた。


 なんと恐竜は巨大なロボットだったのだ!

 私は中に乗り込み、操縦かんを握った。

♢♢♢



「恐竜の世界に転生したと思ったら、ロボットだった! これぞ逆張りの極みー」

「これ、ファンタジーというかSFじゃね?」


 王道の佐藤くんが、目をパチクリさせてノートを見る。


「こんな王道を外した設定だったら第一話の途中でブラバされんぞ……。俺がフォローしてやらあ」



♢♢♢

 私はプテラノドンを操縦し、巨悪と戦うことになった。


 仲間を集め、ティラノサウルス軍団と激突する。

 激闘の中で敵も味方も撃墜されていった。


 そして自爆しようとするティラノサウルスにプテラノドンが突っ込む。私を安全な場所に置き去りにして。


 しかし世界が平和になったあと、私の前に青年が現れた。彼こそ、プテラノドンの元々のパイロットだったのだ。


 そして恐竜を操縦していた人々が集う。

 敵味方の垣根かきねを越え、私たちは新たな世界を作っていく。

♢♢♢



「恐竜がロボットだからこそ、ガチバトルと、中で操縦しているヤツの安全を両立できる! 燃え展開にハッピーエンド! これで読者は満足だな!」

「はあ~? 佐藤、なにこれー」


 逆張りの鈴木さんが、ほっぺたをふくらませる。


「結局、誰も死んでないんでしょー、ティラノサウルスの搭乗員もさあ~。ガワだけがぶっ壊れたって感じで。ぬっる~。途中で本物の恐竜が参戦して人間どもを蹂躙じゅうりんし始めるとか、そういうスパイスもないわけー?」

「それ、収拾つかなくなるだろ……」


 王道の佐藤くんが、軽く鼻を鳴らす。


「王道ってのは、読みやすいんだっつーの! 作者の思い付きで横道にれまくったら、読者はついていけなくなるだろうが」

「そんな手垢てあかのついた小説に飽き飽きして、読者はいつもとは違う物語を探しに来るんだってばー」


 逆張りの鈴木さんと王道の佐藤くんは、互いに一歩も引かず持論を展開し合う。

 三つ編みの女子は二人に挟まれ、あわわわと漏らすしかなかった。


 しかしここで、王道の佐藤くんがにこやかに笑った。


「ま、リレー小説自体は悪くなかったけどな」

「だねえ、楽しかった」


 逆張りの鈴木さんも同意する。

 三つ編みの女子は、ほっと胸をなで下ろした。


(そっか……二人とも、勝ち負けを超えて大切なことに気づいたんだね。互いの立場を尊重することが一番なんだよ)


 ――と思ったのもつかの間。

 逆張りの鈴木さんが付け加える。


「ありきたりでつまんない王道をねじ曲げられるところが気持ちよすぎ!」

「同感だ」


 王道の佐藤くんは、にやりとしてうなずく。


「気をてらっているだけで鼻につく逆張りをぶっ壊せるところが最高!」


(気づいてない! 二人とも一番大切なことに気づいてないよお!)


 ……三つ編みの女子は、もはや呆れるしかなかった。とはいえリレー小説を提案したのは彼女自身なので文句を口に出すことは、はばかられる。

 しかも二人が質問してくる。


「で結局、より物語を面白くできたのは鈴木じゃなくて俺のほうだよな」

「ど、どうだろ……」


「いやいや私のほうが佐藤よりも面白かったはず。オチも設定も」

「あ、あたしからはなんとも。甲乙つけがたいというか」


 三つ編み女子は、言葉をにごす。

 どうすればーと思い、とっさに言った。


「じゃ、じゃあ決着つくまでリレー小説を続けたら?」

「へっ、望むところだぜ。王道が一番だってことをじっくり分からせてやらあ!」


 王道の佐藤くんが、逆張りの鈴木さんを挑発的に見つめる。

 対する逆張りの鈴木さんも、負けじと鋭い視線を返す。


「イキっていられるのも今の内だしー。逆張りが至高だということをじわじわと刷り込んであげよう」



 まあ、こんなわけで。

 王道の佐藤くんと逆張りの鈴木さんによる、リレー小説対決の幕が上がったのだった!


* *


 そして三つ編み女子が、二人にほほえみかける。


「いやあー、なんだかんだで佐藤くんと鈴木さんって仲いいねー」


 当の二人の反応は――。


「まあ、ある意味そうかもな……逆張り人間ではあっても、鈴木はちゃんと努力してるし」

「はあ? 佐藤みたいな王道野郎、もっとまともなヤツと付き合っちゃえばいいんだよー」

「あ、てめ。そういうツンデレ、現実ではウケねえっての」

「出たー。都合のいい解釈」


(あれ……? いったいあたしはなにを見せられているんだ)


 三つ編み女子は真顔になった。

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王道の佐藤くんと逆張りの鈴木さん ~リレー小説真剣勝負!~ 小憶良肝油(おおくらかんゆ) @Kannyu_Ookura

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