【速報】世界初の男性V、ガチの神(宇宙人)だった

しゃけびーむ

第1話 王子、未知の惑星へ

王族に課せられた「社会勉強」の慣習。

それは、我が星の王位継承権を持つ者に義務付けられた、齢十五にして星外の文化に触れ、見聞を広めるための儀式である。


「ユキト王子。こちらの『文明レベルG』に分類される惑星群はいかがでしょう。銀河連盟にも加入済みで、研修先としての実績も豊富にございます」

「……」


出発の朝。

母星の王宮、自室のコンソールに映し出される無数の候補惑星リストを眺めながら、私は侍従の退屈な推薦を耳に受け流していた。

私の身長は150cmに満たない。

この体躯と愛らしいと評される(自分ではそう思わないが)顔立ちのせいで、周囲は私を過保護に扱いがちだ。

だが、私とて王族の端くれ。

自分の研修先くらい、自分で決めさせてもらいたい。


「王子? もしや、こちらの『レベルD』、原始文明との接触をご希望で? しかし、それは条約で……」

「いいえ、アナ。あなたの心配はごもっともです。ですが、私は『実績』や『安全』のためだけに、この研修を行うつもりはありません」


私の指はリストの最下層、データの埃を被ったような一つの項目をタップしていた。


『惑星コード:F-7』 『分類:未分類(観測データ不足)』 『通称:地球(テラ)』


「ここだ」

「王子!? し、しかし、そこは観測データも希薄な辺境惑星です! いかなる危険が潜んでいるかも……」

「だからこそ、です」

私はコンソールを閉じ、アナに向き直った。

「アナ。危険とは、それを予測できないから危険なのです。データがないのなら、私が最初のデータとなれば良い。それに……」

私は窓の外に広がる母星の空を見上げた。

「偶然もまた、縁。きっと、良き学びがある。そう思いませんか?」

私の静かな笑みに、アナはそれ以上何も言えず、深く頭を下げるしかなかった。


かくして私の研修先は、銀河の片隅に浮かぶ、データ不足の青い惑星に決まったのだった。



亜空間航行のわずかな振動も、私の乗る専用の小型宇宙船『シルフィード』の居住区画までは伝わってこない。

私は、この船で一番気に入っている展望ラウンジのソファに深く身を沈め、母星から持ち込んだ茶葉で淹れた紅茶の香りを楽しんでいた。


「ふむ。この香り高さは、いつ味わっても私を落ち着かせてくれる」


カップをソーサーに戻し、私は窓の外を流れる亜光速の光の帯から、室内のメインスクリーンへと視線を移した。

金色の狐耳が、室内の微かな空調の音を拾って、ぴくりと動く。

身長150cmの私でもゆったりと足を伸ばせるこの空間は、私のプライベートな城だ。

王宮での堅苦しい礼装を脱ぎ、今は動きやすいが仕立ての良い、紳士的な私服(地球の文化で言えば、ベストとスラックスに近いだろうか)を身につけている。


『王子。あと30分で、通常空間に離脱。目標惑星『地球』の衛星軌道に到達します』


船の管制AIが、合成音声で報告する。

「ご苦労さま、AI。現在の研修状況は?」

『はい。これまでの航行で、銀河法、星間政治学、異文化接触論の基礎課程を修了。研修進捗率は12%です』

「結構。では、目標惑星の最新データをスクリーンに」

『承知いたしました』


スクリーンが切り替わり、青く美しい惑星『地球』の姿と、その社会に関する基礎データが並列表示される。


「なるほど……大気組成、重力、共に問題なし。知的生命体『ヒト』。ふむ、我々とよく似た二足歩行種ですね」

私はデータを読み進めながら、船のキッチンユニットに視線をやった。

「AI、この惑星の『食』に関するデータは?」

『現在解析中です。……王子、解析結果が出ました。この惑星の『ヒト』は、極めて多様な『食文化』を発展させている模様。調理法、食材、味付け、その組み合わせは天文学的数値に達します』

「……ほう」


私の口角が、無意識に吊り上がる。

そう、私は「美食家」なのだ。

王族としての教養は一通り叩き込まれたが、私が最も情熱を注げるのは、未知の味覚との出会い。

船内に搭載された最新の分子フードプリンターも優秀だが、やはり本物の食材と文化が育んだ「料理」には敵わない。


「AI。私の体組織データに基づき、現地食材の摂取シミュレーションを開始してください。アレルギー反応が出たら、研修どころではありませんからね」

『承知いたしました。……それにしても王子、随分と不安定な社会を築いているようですね、この『ヒト』という種は』

AIが読み上げるデータに、私は再びスクリーンに目を戻した。

「……確かに。地域紛争、環境汚染、そして……む?」

私の狐耳が、ある一点のデータを拾った。

「『極端な性別人口比の偏り』……? 全世界的に、女性の出生率が男性を圧倒? これは……」

「社会システムに多大な影響を与えている、と推測されます」

「……実に、興味深い」

不安定。

だからこそ、学び甲斐がある。

私の胸は、未知の文化と、未知の味覚への期待に高鳴っていた。



『通常空間に離脱。衛星軌道に到達しました。ステルスモードに移行します』

眼下に、息をのむほど美しい青の惑星が広がった。

「素晴らしい。データで見るのとは、まるで違いますね」

『王子。これより最終降下シークエンスに入ります。着陸地点の選定を開始』

AIが即座に地表のデータをスキャンしていく。

「条件は?」

『はい。王子からのご指示通り、「文明からの干渉が少なく、エネルギー反応が希薄な場所」を最優先に検索します』


スクリーンに地球の衛星画像が映し出され、候補地が次々と赤くマーキングされては消えていく。

都市部は論外。

軍事基地や研究施設も、たとえ辺鄙な場所にあってもノイズが多すぎる。


『……検索完了。推奨地点をロックオンします』

スクリーンが、日本列島の山間部を拡大していく。

『推奨地点:極東地域、山間の盆地。高い遮蔽率を誇る森林地帯。コードネーム『鎮守の森』。半径5キロメートル以内に大規模な文明施設、エネルギー反応、共に検知されません』

「鎮守の森……ですか。風流な響きだ。そこにしましょう。静かな場所は嫌いではありません」

『承知いたしました。最終降下シークエンス、開始します』


『シルフィード』は一切の音も光も発することなく、滑るように大気圏へと突入していく。

船体は日本の夜空を静かに横切り、山々を抜け、目標地点である深い森のその中心部へと吸い込まれていった。



着陸の衝撃はなかった。

『シルフィード』の重力制御システムは完璧に作動し、まるで羽毛が落ちるかのように、森の中の開けた場所に静かに降り立った。

ステルスモードは維持されたまま。

船体は周囲の風景に溶け込み、誰何されることもない。


『……着陸完了。大気圧、酸素濃度、共に船外活動に問題ありません』

「ご苦労さま、AI。素晴らしい操縦でした」

私はラウンジのソファから立ち上がり、船のハッチへと向かった。


プシュー……


圧縮された空気が抜ける、ごくわずかな音と共に、ハッチが外気へと開かれる。

私はゆっくりとタラップを降り、地球の地表に、その第一歩を記した。


湿り気を含んだ、濃密な空気。

母星のクリーンな(悪く言えば無味乾燥な)大気とは違う、むせ返るほどの土と植物の匂いが、私の鼻腔をくすぐった。


――ザワワ……、キィィ……、サラサラ……


その瞬間、私の狐耳が、これまで聞いたこともない音の奔流を拾い、ピンと立ち上がった。

風が木々を揺らす音。

無数の虫が奏でる夜の合唱。

遠くで聞こえる、清涼な水のせせらぎ。

生命の音が、この森には満ち溢れていた。


私は深く、深く、地球の空気を吸い込んだ。

体中の細胞が、この未知の環境に歓喜しているのが分かる。


「……ふむ。空気が、美味しい」


それは、美食家としての私にとっての最上の賛辞だった。


「これは、良い学び舎になりそうだ」


暗い森の向こう、かすかに人里の明かりが見える方角へ。

私は笑みを浮かべ、この星での「社会勉強」の始まりに、静かな期待を寄せるのだった。

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